10 事件のフラグ
「よう、子猫ちゃん。来てやったぜ」
「なんだい、あんたも休暇だろ?あたしほどとは言わないけど、もう少し装いなっての」
「あら、これはこれで趣味がいいと思いますよ。どなたかに用意していただいたのかしら」
「あの、突然で驚きましたよね?ジェフったら、驚かせてやるつもりだから絶対言うなよって意地悪なことを言うので、黙っていてごめんなさいね」
「ようこそ、デルシーへ。お客様方はお飲み物はいかがですか?」
咄嗟にデルシー職員的対応をしてしまうくらいには驚いた。
迫力美女を三人連れてきたジェフ博士には、あの奥手なじじいがよくぞここまでと感動するくらいだが、取りあえず事情聴取は必要だ。
大ラウンジの中心で他の客たちと交流している美女たちはそのままに、じじいだけ連れてカウンターに移動したが、どういうことだ?
「言っとくが、儂の提案じゃなくて、ベルタとポーラだぞ。ユレスが二人に着飾って交流して回れとか取引条件呑ませたんだろ?ベルタが一度くらいは見てもらわないとねって言いだして、子猫ちゃんがいるデルシーの交流場に行くことになったんだ。ここの支配人から聞いてないのか?」
「聞いてないし、支配人はあえて黙っていたな。300年越えとばかり付き合わずに新人とか若いのとも付き合えとか言いながら」
「それはそれで配慮してるんだろうが、どっちにもな。素直に両方と交流しとけ。あとカクテルは儂はいつもので、アリアはなるべく刺激が少ないので頼む」
「分かった。よく宿泊予約取れたなと思うが、博士には無意味な疑問か。遺跡の管理協力者としても来れるし」
デルシー海洋遺跡の管理は旧世界管理局職員しかできないが、正当に運用されていることの確認のために、定期的に他の局や遺跡や遺物に詳しい研究者の査察が入る。ジェフ博士はよく頼まれているので、デルシーに馴染みが深い。
「儂は毎年デルシーに招待されてるし、宿泊権利を誰かに譲ることも多いが、今回は自分で使わせて貰っただけだ。アリアも招待されてたぞ。花王選考委員会に協力して、占拠事件にも巻き込まれた詫びも含まれた褒賞だ。儂も招待されてるからと気を利かせて予約可能期間を合わせて来たんだろな。知ってる奴は儂らの結婚を知ってるからな」
「知っていていいはずの隣人が知らないという、まさかの事態だったが」
「それは言ってくれるな、子猫ちゃん。だが、あの件があったからこそ、ポーラとも結構話せるようになったし、アリアがポーラとかなり仲良くなったな。儂もアリアを一人で置いておくより、ポーラが見に来てくれる方が安心できる」
「なるほど、それで二人の宿泊権利を使って、あの二人を連れて来たのか」
「ベルタも自前で宿泊権利を持ってるし、やろうと思えばデルシーの警備側として来ることもできる。今回は普通に宿泊権利使ったはずだ。デルシーは不測の事態に備えてある程度は空き部屋確保してるから、ねじ込めると言ってたが」
「遺跡で緊急事態とか、警備を増員する必要がある客がくるとかそういう事態に備えて確保してあるわけだが、警備局長が来るとそれだけで防犯効果があるから支配人も了承したんだろうな」
「だろうな。そんなわけで、ベルタがポーラを同伴して、儂がアリアを同伴して来たわけだ。でもって、アリアの宿泊権利は譲ったんだよ。お、来たな」
誰かと思ったら、また目立つ人が来た。
大ラウンジにいる人たちも気付いて、歓声とまでは言わないが、歓迎の声があちこちから上がったが、姉たちに軽く挨拶してからこっちに来た。
博士はオレが作ったカクテルを持ってさっさと去って行ったが、妻の弟も連れて行けばいいのに。
「ようこそ、デルシーへ。お客様のお好みのカクテルをおつくりしますので、ご要望があればどうぞ」
「あの……もしかして怒っていますか?」
「驚いたことは驚いたので、つい職員的対応をしただけだ。それで、何か飲むなら作るが?」
「では、あなたの好きなカクテルをお願いします。今は勤務中ではないんですよね。一緒に飲みませんか?」
「勤務中ではないが、今は職員の新人研修中で他の職員も忙しいから、カウンターに入っている。何か話があるならここでいいか?」
「はい。ここでは話せない件は、別途お時間いただきたいですが」
<天使>関連のことで質問があるのか、それともまた事件なのか、潜入捜査が必要なのか。
じじいは休暇で来たという態度でいるが、ヘンリーの件で忙しいはずの警備局長とアレク捜査官が揃って休暇というのは、胡散臭いにも程がある。
デルシーに来る前にローゼスとした会話がどうしても蘇ってくる。
フラグだ。
オレとアレク捜査官と、捜査官が二人も風光明媚な観光地の宿泊施設にいるとなれば、旧世界の小説の展開だと、事件が起こるのがもはや必然である。
口にした瞬間に確定するに違いないので、オレはその不吉な予測から目を逸らしたが、警戒は欠かさないようにしよう。
そう決意したのだが、かえって不審だったのか、優雅にカクテルを飲みながら、アレク捜査官が尋問して来た。
「何か、警戒していませんか?」
「……気のせいだ」
「その言い方からして、絶対に違いますよね?いえ、例のあの男のこともありますから、警戒心を持っていただくのはいいですが、私のことを警戒していませんか?」
「そんなことは無い。たぶん」
「私のことを警戒しているんですね?いえ、警戒されないよりはいいですけど、私が大ラウンジに来たときはただ驚いただけのようでしたが、先ほどから唐突に警戒され始めると、気になります。私が何かしてしまったのでしたら、教えてください」
警戒されないよりいいなら、いいのではないかと思ったが、笑顔で圧力をかけられて微妙に怖かったので、覚悟を決めて言うことにした。
「知らない方が良かったと後悔するぞ」
「あなたに関しては、知らないでいる方が絶対に後悔すると思います」
「言ったな。ならば、覚悟を決めて事件に突入してもらう」
「え?……事件、ですか?まさか、また何かに気づいたんですか?いえ、その前にこの場でそういう話は」
アレクが慌てて周囲を見回したが、ちょうど、ベルタ警備局長がカクテルを注文するためにこっちに来た。耳ざとく事件と聞きつけたらしい。
「なんだい、あんたたち、こういうとこで事件の話するなら、防音装置起動してからにしな!それから、今は休暇中なんだから、事件の話なんかするんじゃないよ!」
「どっちなんだ、ばばあ。オレも事件なんか起こって欲しくないんだが、起こる確率が上がったという話だ。
いいか、ここは海中の観光も楽しめる休暇向きの優雅な宿泊施設だ。にもかかわらず、捜査官が二人もいるんだぞ。ついでに、警備局長までいる。旧世界の小説の展開だと、こういう場合は必ず事件が起こるんだ。旧世界用語でいうところのフラグだ。
それを口にしなければ確定しなかったはずなんだが、優秀な捜査官に尋問されて言ってしまったから、おそらく」
「そこまでにしな!あんたの祖父さんみたいなことを言うんじゃないよ、本当に事件が起こるだろ。あたしゃ、休暇なんだよ。この話は無かったことにして、海に沈めな。それよりカクテル頼むよ」
ばばあの乱入によって、フラグはうやむやになったかもしれない。そう願う。警備局長は祖父さんとも長い付き合いだから、旧世界で言うところのフラグの折り方も心得ているはずだ。
アレク捜査官は失態と思ったのか、旧世界的迷信のようなオレの発言に悩んでいるのか、片手で顔を覆っていたが、上司がカクテルを持って去っていったところで、ようやくオレに視線を向けて来た。
「局長がおっしゃるとおり、事件は海に沈めて休暇を楽しみましょう」
うん、分かっているから、怖い笑顔を向けるな。
オレの代わりに、オレの肩の上で大人しくしていた監視猫がにゃあと鳴いて同意した。
ここまで読んでくれてありがとうございました。




