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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第一章 英雄と黒猫
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5 ヨーカーン大劇場占拠事件


 本日のゲストは、少なくとも礼儀を守るつもりはありそうで、丁重に一礼して名乗ってくれたが、オレは帰りたくなった。


 だが、肩の上の黒猫が膝に飛び降りてうろうろし始めたので、席を立てない。

 警備局なら旧世界管理局職員の監視役のことくらい知っているだろうが、監視猫だとしても見た目の可愛らしさは有効なのか、微笑みかけて来た。


 ローゼスは筋肉質な体を派手な女物にしか見えない服装に包み、結い上げた髪には監視役の巨大な蝶を止まらせている、人目を引きすぎる姿だ。

 猫よりそっちの方が派手に目立つし目が行くと思うのだが、本日のゲストは見事に流して、ローゼスに軽く会釈だけした。大物である。その態度が気に入ったのか、ローゼスは割と友好的に挨拶することにしたらしい。


「きゃあっ!噂の英雄様にお会いできて光栄ですわ!アタシ、遺物管理局の管理官のローゼス・ヴィラ・ルージュよ。こっちは捜査官のユレス・フォル・エイレ。どうぞよろしくね!でもぉ、どう見てもアタシたちと交流したくて来たわけじゃないわよねぇ?

 アーデル捜査官がアタシたちに会いにくるのに制服じゃなくて私服の方が多大に違和感だから、そこは流してたけど、さすがにアレク班長まで制服姿っていうのは突っ込んだ方がいいかと思っちゃうわ。でもアタシたち、警備局特務課特務班長に尋問される覚えが全く無いんだけどぉ」


「オレたちでなく、ボーディに身に覚えがあるんじゃないか?」


「ご招待した覚えはありますが、さすがに制服でと指定した覚えはありません。職務上の相談はできないから、個人的に場を設けて欲しいと言われましたが、これはさすがに残念です」


「不作法をお詫びします。言い訳のような真似をしたくはないのですが、警備局長より、こちらを預かっております」


 アレク班長が腕輪で承認したものがボーディの腕輪に転送されたようで、ボーディはそれを即座に展開してオレたちにも見せて来た。

 交流場は毎年、警備局が立ち入り検査して、問題なく運営されていると確認を受ける必要があるが、その検査終了証だ。……なるほど。


「なんだ、アーデル捜査官ではなく、警備局長の依頼だったのか」


「正確にはわたしがアーデル捜査官のことを門前払いしたので、警備局長に泣きついて、警備局長がわたしに借りを作ってこの場を設定したところです。今期の警備局立ち入り検査の終了証くらいでは、釣り合いませんよ」


「でも一日無駄に過ごす手間は省けてよかったんじゃないかしらぁ。なるほどね、二人は今日は立ち入り検査の名目でやってきたことにするつもりだから、制服なのね。でも、そんな回りくどいことする意味って何よー、不穏だし、さすがのアタシも嫌よ。面倒事になるとしか思えないもの」


 オレを無理やり連れて来たのは、ローゼスだろうに。


 納得いかない気分であるが、ここで何か言うと、問答無用で面倒事に巻き添えになるので、黙っていることにした。


「わたしもこの場を設定する以上のことはするつもりがないと、警備局長にしっかり伝えていますよ。それだけでも、ユレスに噛みつかれることを覚悟の上ですから、この終了証は迷惑料代わりのつもりでしょうね。ですが、警備局長の言い方では、ユレスは話を聞いた方が自分のためだとのことでした。

 そういうわけで、ここからは、警備局のお二人とユレスでお話する方がよろしいです。わたしとローゼスはお食事に同席しますが、それ以上は関わらないということで」


「えー、でも話には巻き添えでしょ?まあいいわ、つまりそういう面倒事の代わりに、色々ご馳走してくれるってことだし、見合わないと思ったら追加で秘蔵のお酒を要求するわよ!」


 完全にオレに投げて来たな。仕方ないので、口を開いた。


「オレはすでに話も聞かずに帰りたい気分なんだが……何故アレク班長がここに来たのかを確認した方がいいのか?アーデル捜査官と組んで立ち入り検査する予定だったからという答えを期待したいが」


「立ち入り検査は警備局職員全員が割り振られて行うものですが、<菩提樹>にアーデル捜査官と私が派遣された理由としては、私は旧世界管理局の方たちと馴染みが無いので、一番厳しい目を向ける捜査官と共にご挨拶がてらお邪魔したというものです。ですが、私がここに来た理由をあなたは察していませんか?黒猫さん」


 膝の上の黒い子猫がにゃあと鳴いた。


「やっだ、意味深ね。んん?あー、アタシ、分かっちゃったかも。英雄は実はもう1人いたってことかしらぁ?」


「英雄は一人でいい。そんなこと今さら蒸し返されても迷惑だ」


「私も、英雄などと勝手に祭り上げられて迷惑ですが?」


「あらあ、結構はっきり言うのね。アタシ、そういう方が好みよ。いいわ、ユレスの代わりにアタシが事情を聞いてあげるわよ。んふふふふ、ちょっと面白そうね、ボーディ」


「誘ってあげてよかったでしょう?」


「ええ、いいことにしてあげる。じゃあ、ヨーカーン大劇場占拠事件のおさらいからした方がいいかしら」



 ヨーカーン大劇場占拠事件とは、十日ほど前に起こった大事件である。


 ヨーカーン大劇場は演劇、演奏会、講演会などの芸術活動の披露の場として、新しく建設されたばかりの施設だ。

 旧世界の大劇場の設計図を忠実に再現し、最高の音響環境を実現したものでもある。


 四大祭の一つである祝花祭で一般にお披露目される予定であり、先駆けて、祝花祭の主役である花王役の選考がヨーカーン大劇場で開催された。

 いや、される予定だったのだが、世界管理機構から独立した独自王国の設立を目指す政治団体である復古会の一部過激派が、ヨーカーン大劇場のホールを封鎖して占拠した。


 大劇場は警備局が警備していたが、選考会の邪魔にならないようホールの外での警備にあたっていた隙を突かれたことにより、警備対象と分断され、大劇場ホール内に立てこもった復古会過激派に選考会参加者たちを人質に取られることとなった。

 復古会過激派は無理難題に等しい要求を世界管理機構に突き付け、要求を呑まないと、一定時間ごとに人質に苦痛を与えて、それを公開することを宣言した。


 警備局が強行突入しようとする動きも察知し、予定時刻ではないが見せしめを行うと宣言したところで、単独で潜入していたアレク班長が制圧、人質は無事に解放され、ヨーカーン大劇場占拠事件は想定されうる限り最短かつ最善の解決がなされたものである。


 事件当時、アレク班長は親族の付き添いのために現場におり、私用のため、護身用武装しか携帯していない状況での立ち回りとなった。

 無謀な行動で人質を危険にさらしたとの声もあるが、人質が危害を加えられる寸前のことであり、人質からも危険な目に晒されかけたところを救ってくれた英雄との声が多数上がったことから、勤務時間外であっても警備局職員としての使命感から行動した勇敢な行為と讃える者がほとんどである。


 世界管理機構からも、その勇敢なる行動に対して褒賞が用意される予定である。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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