3 デルシー海洋遺跡
デルシーに転送装置で移動すると、その瞬間から驚くことになる。
同行した新人の多くは初めてだったらしく歓声が上がったが、転送装置の部屋は海中にある。
デルシーに続く扉以外は全面透明な耐圧素材による保護壁でできているし、毎日点検を欠かさないので安全精度は逆に高いくらいだが、恐いと感じる人もいる。
暗時間になっているとなおさらだ。
周囲は別の光源で照らされていてむしろ明るいくらいだが、少し先は真っ暗になってるので、幻想的と感じるか何が出て来るか分からない未知の恐怖を感じるかに別れるようだ。
オレはもう見慣れているので何とも思わないが。
デルシーの転送装置は使用頻度が高いのでさっさと転送装置の部屋を出たが、海の中はデルシーにいる限りいくらでも見ることができるので、そっちで楽しんでもらいたい。
ボーディが連絡したのか、転送装置の部屋を出て職員用の扉を認証して開けたら支配人が待っていた。
警備局の担当者も呼ばれていたので、警備局職員はそちらに引率されて行ったし、旧世界管理局の新人たちもデルシー専属職員に連れられて行ったが、オレは支配人室に連れ込まれた。
「さて、まずはユレスの着任を歓迎します。このまま専属職員になりませんかな?」
「このやりとり何回目だ?オレはそれもいいかと思うときがあるんだが、局長に聞いてくれ」
「駄目だと却下されるのが分かっていて言わないでほしいものですな。ところで早速ですが、今回はいかほど勤務日程を詰めてよろしいですかな?」
「今回は職務外にさっきの新人たちをご案内する予定があるので、その日程も含めて調整してくれ」
「おや珍しい。ローゼスが言いそうなことですが」
「ローゼスから連絡でもあったのか?その通りだ」
これだけはどうしてもお願いしたいというご案内当番だけでも、旧世界管理局規定の勤務時間を大幅にというか倍以上超えていた。
「いつも思うんだが、オレはここに休暇ではなく、働かせに送り込まれるよな?」
「通常勤務の捜査官日誌が二行か三行で終わることと、釣り合いをとっているものとお考えなさい」
支配人も当然旧世界管理局の職員で役職者だし、遺跡管理者も兼務している。
局長直下の扱いなので、職員の人事とか勤務体制も確認して意見して配分する権限があるし、オレの捜査官日誌も閲覧可能だ。
「旧世界管理局捜査官日誌は、少なければ少ないほどいいと先人が言っていたんだが」
「存じていますし、ユレス捜査官が働いていないとは思いません。ただ、何故か、本職の範疇でない事件ばかりを解決するのが問題ですな」
「オレは自分から首突っ込んだりはしていないぞ」
「ベルタ警備局長と懇意にし過ぎている弊害だと思いますがな。そちらに割く時間があるならば、個人活動でデルシーにお越しになればいいものを」
「結局、オレは働かされるだけだろ」
「人権倫理委員会に追及されないよう、個人活動時間も確保して日程調整をさせていただきますので、ご安心を」
限界まで勤務予定を入れると言ってるようにしか聞こえない。
支配人の日程調整の腕前は実に見事なので、新人研修のために遺跡内部を案内する予定を調整して、警備局と合同にして、オレがご案内することにして、オレが約束を果たしたかのような状況を作り上げた。
デルシー勤務開始日の朝には午後の日程として確定していたので、オレは粛々と従うのみだ。
オレが調整の仕事を投げたミヤリは、何もできなかったと落ち込みつつも支配人の素晴らしい手腕に感動しているが、これは限界までオレの時間を確保して無駄遣いさせないためであることは、新人のうちは知らないでいい。
午後になってデルシー海洋遺跡をご案内するために集合したら、支配人もいた。遺跡管理者として遺跡についての解説や注意点、職員としての立ち振る舞いについて講義するために同行するそうだ。
オレがご案内することになっていたはずだが、結局オレは何もしないで同行するだけになりそうだ。旧世界遺跡の案内人として一番重要な仕事は同行することだから、それでもいいのかもしれないが。
旧世界遺跡は旧世界のAIを相棒にしている旧世界管理局職員しか正式なゲストと認識しない。
旧世界管理局職員が集団の中に一人いれば、それ以外の人はゲストの連れとして扱ってくれるが、そうでない場合は遺跡の防衛機能が起動して侵入者として排除する。
だから旧世界の遺跡も遺物も危険だとしつこいくらいに周知されるし、公開されている遺跡は、防衛機能が起動したとしても殺傷性が低いものに限られる。
デルシー海洋遺跡の場合は、侵入者と判定されると緊急脱出用の球形船の中に入れられて、海中にある排出口から海に吐き出されて海上に浮かんでくる。
本来は遺跡内で事故が発生したときにゲストが緊急避難するために用意されたもので、旧世界管理局の職員が乗っている場合は、海上に出た後で推進装置が起動して船として動かすことができる。
だから緊急脱出用の球形船というのが正式名称だが、いままでの稼働記録を見ると、大半が侵入者排除のためだったようだ。
デルシーとひとまとめに括られることが多いが、デルシー海洋遺跡は旧世界の遺跡であり、遺跡に海中通路で繋がっている宿泊施設デルシーは、今の世界の技術で建設された建物だ。
宿泊施設デルシーは半分が陸上、半分が海中にある構造で、元々はデルシー海洋遺跡の研究拠点兼研究者の宿泊施設として設置された。
遺跡調査が終わって安全確認もされた後は、各方面から強い要望もあって、デルシー海洋遺跡の観光のための宿泊施設となったが、遺跡管理のための拠点でもあるので、通常の宿泊施設とは違う点が多い。
安全性は確認されたとはいえ、機能している旧世界遺跡では何が起こるか分からない。
だから、宿泊施設デルシーから遺跡に繋がる海中通路に至るまで、幾重にも扉があって、そこで遺跡に入るにあたっての注意事項や危険性についてしつこく話をしてから先に進むよう決められている。
旧世界管理職員が同行していない場合は、それ以上先に進ませないための措置でもある。
デルシー海洋遺跡の入り口に到着したら、自動的に侵入者判定がなされるので、海中通路に入る前の扉はかなり強固に作ってあるし、案内役の職員だけでなくデルシーの管理室の許可がないと開けられない仕様だ。
海中通路に入ったら、全面透明な強化防壁を通して海の中が良く見えるし、デルシー海洋遺跡まで海中散歩のような観光が始まる。
滅多に見られない美しい光景なので、デルシー観光が人気の理由の一つである。そして、支配人が海中生物について解説しているところで、デルシー観光が人気である一番の理由が、来た。
「おや、もう来ましたか。ご無沙汰でしたからな。こちらがこの海洋近辺に生息する自然動物であるドルフィーです。とても賢くて愛嬌があるので、デルシーに来る方たちには大人気なのですが、相手は自然な動物ですので、無理やり接近することは禁じられています。
ですが好奇心の強い動物なので、自然に近づいてくる場合は、節度を守っての交流を許されております。ただ、ここまで近づいて来てくれるのはかなり珍しいのです。
デルシー海洋遺跡はドルフィーに会える可能性が一番高い場所としても有名ですが、絶対ではありませんし、期待してお越しになってもがっかりなさる方も多いのですが……特定の職員がいると確実に会えます」
「確実は言い過ぎだと思うが」
「わたくしどもの統計記録では脅威の100%となっております。なお、この現象に関しては研究局の博士が検証に乗り出し、報告書も作成されていますが、ユレスの相棒のAIのおかげのようですね。ユレス?」
「ワトスン」
ワトスンが腕輪から立体映像で飛び出して来て、にゃあと鳴いた。
透明な耐圧防壁の向うでドルフィーたちが挨拶するように鳴いているのが分かりやすい。
「ドルフィーたちは旧世界の遺物波長をある程度感知でき、旧世界AIと意思疎通のようなことが可能なのではないかと推測されています。
動物型のAIを相棒にしている職員がいると、ドルフィー出現率が高いという統計もありますが、それでも精々42%です。ドルフィーたちは子ども好きらしく、子どもが多くいると寄って来てくれやすいという統計もありますが、その効果があってもせいぜい50%越えと言ったところでしょう」
「オレの子ども効果が高いような言い方はやめてくれ。ワトスンは子どものお守用のAIだから、子どもがいる、遊んであげてくれと周囲のドルフィーたちにメッセージを送っているのではないかと、研究局の博士が報告書にまとめていた。ドルフィーたちは結構遊び好きだから、付き合ってくれるぞ。こんなふうに」
オレが手を動かすと、ドルフィーたちがオレの手の動きに沿って周囲を泳ぎ出した。
新人だからか皆素直に挑戦していたりするが、そう上手くはいかないな。
「オレだけができるわけではないが、人によるしドルフィーたちの気分にもよる。成人の成功率は低いからあまり頑張りすぎるな。デルシー海洋遺跡からも海中が見えるし、ドルフィーが覗きに来たりするので、取りあえず遺跡に入る。支配人、解説の続きを」
「職務のご案内ではきちんと解説するようになさい。今回は新人研修としてわたくしが解説しますが……」
海中通路を抜けて遺跡に入った後、案内順路通りに遺跡内を巡って、周囲の海中をぐるりと見回せる広い展望室で休憩となったが、ここはオレがいるときは見るのではなく見られる部屋と言われたりもする。
ドルフィーたちが覗きに来るからな。
半円形でかなり広い部屋なのだが、海中に見えるドルフィーの数からオレのいる位置が分かるとまで言われるくらいにオレについて来るので、こんなに広いのに、何故か皆でオレの周囲で休憩するという狭苦しい状況になる。
ミヤリが色々と理解した顔で言った。
「先輩が驚くぞと言った理由がよく分かりました。まるで、生まれたばかりの赤ん坊を覗きにくる親族一同のようですね」
「ときどきそう言われるが、さすがに赤ん坊はやめてくれ」
「子守役が必要であるあたり、さして変わりませんぞ」
支配人の言葉に、肩の上の黒猫がにゃあと鳴いた。
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