18 女装の恩恵
姉御にしろオレにしろ、いまいち使えないと思われていそうな気がするので、旧世界管理局はやるべき仕事はこなしたことだけは報告することにした。
「<天使の歌声>は無事に旧世界管理局に到着して、封印準備中だ。旧世界の特級危険物の後始末はこちらに任せてくれ。この件について他に質問があるなら答えるが、今でなくてもいい。アレク捜査官には情報開示許可が出たし、警備局長に聞いても答えてくれるはずだから、オレでなくても」
「いえ、局長もお忙しいですし、情報制限がかかってる話ですから、どなたにでも聞けるものではありませんので、ユレス捜査官にお聞きすることにします。緊急任務もありますし、私も状況を整理しきれていないので、また後日改めてでいいですか?」
「構わない。任務を優先してくれ。ただ、早めに話しておきたいことがあるから、今、少し時間もらってもいいか?オレの個人的な話でもあるから、無理にとは言」
「お聞きします。なんでも言ってください」
「いや、何でもと言うか、アリス・ノートのことなんだが」
「申し訳ありません、実はまた、引き渡し時期の延長を通知されましたが、あなたがお望みなら、すぐに引き渡していただきに行ってきます」
「いや、急いでないからいい」
特級危険物のことが気になるのか、それとも不審者のことで苛立っているのか、アレク捜査官が冷静でないというか、妙に落ち着きがないな。
後日改めて話をした方がいいのかもしれないが、早めに話しておいた方がいいことなので、言うことにした。
「……実は、アリス事件も特級危険物が関わっている可能性が高いし、アリス・ノートには天使関連の情報が隠されているかもしれない。情報制限があって言えなかったが、特級危険物が関わる件にアレク捜査官を巻き込んで悪かった。アリス・ノートの引き渡しが遅れるのも、何かを警戒されてのことかもしれないし、無理に急かさなくていい。なんなら申請も」
「取り消すつもりはありません。あなたが別のものが欲しいのであればそうしてもいいのですが、欲しいものは他にないですよね?」
遺物展示交換会でお使い任務はしたが、オレは欲しいものはなかったし、そのせいで大猿狙いになったわけだから、アレクに思うところが多々あるのは分かる。
大猿を競わせたのは悪かったと反省するから、圧力かけるのはやめて欲しい。
「オレが気になるのはアリス・ノートくらいだが、オレは引き渡しが遅れると聞いて歓迎してしまうくらいには、向き合いたくなかったりもする。だから、急がなくていい。取りあえず、アリス事件とアリス・ノートに関わるのは危険度が高いことだけは伝えておきたかった。仮面の不審者みたいのが関わってくるかもしれないし、警戒した方がいいと」
「分かりました。ですが、あの不審者に目をつけられたあなたの方こそ、警戒して欲しいです」
「目をつけられたのは姉御だろ。不審者を追いかけ回していたし、<天使の歌声>を奪い取ったのは姉御だし。不審者は姉御をお嬢さんとか呼んで、からかったのか挑発したのか分からないが、姉御が不審者を追いかけて行ったらどうしようかと焦っていた。幸い、理性というより<天使の歌声>が姉御を引き留めてくれたようだが」
アレク捜査官が、何故か怖い笑顔をオレに向けた。
「本当に自覚が無いんですね、お嬢さん。今のあなたの見た目を思い出してください。あれはクレア捜査官ではなく、あなたに言っていましたよ?」
何故そうなるんだ。あの場にいたれっきとした女は姉御だけ、だが、そう言えばオレも女装していた。
マリア・ディーバの技術力からして誤魔化せた可能性は高いし、だとしたら、不審者がお嬢さんと呼びかけた相手はオレという可能性も否定できない。仮面のせいで、誰を見て言っているのか分からなかったからな。
だが、それならばそれでいいのでは?
「……つまり、女装しておいて良かったということか。この変装さえ脱げば、オレがあの場にいて姉御から<天使の歌声>を受け取った相手だと気づかれないということだな?」
「そっちに解釈しましたか。……まあ、そうかもしれませんけど」
よし、着替えだ。それだけで安全度が飛躍的に高まる上に、元の姿に戻れる。
何故か納得いかない様子でアレクがぶつぶつ言っているが、オレの身の安全を喜ぶところではないのか?
話が終わったので二階に行ったら博士夫婦が出迎えてくれたが、オレはまず着替えて安全度を高めた。
元に戻ったオレを見て微妙な顔したアレクを緊急任務に送り出して、情報制限かかったり事件関係だったりする情報は避けて、遺物展示交換会の話をした。
アレクが大猿を競ったあたりとか、大猿は警備局長への贈り物として調達した設定とか、博士が聞かれたときに口裏合わせて貰わないと困るからな。
夫婦は時事情報放送で大猿のことも見たらしいが、二人ともあれはベルタ局長に似合うと納得していたので、つじつまは合うと思う。
アリアは猛獣型人形を膝に乗せて聞いていたが、なんかジェフ博士より強そうな猛獣なので、気休めでもアリアの守りになればいいのだが。
小鳥関係の品も届いていたので、博士は宝飾品ではない木彫りの小鳥を並べて磨いていた。他の小鳥も取り換えるかとか悩んでいたので、まずはお使い報酬に小鳥を一羽貰っておいた。
泊まっていけと言われたが、何度でも言うが新婚家庭に泊まるのは嫌だ。断固として帰る。
帰ったところで何かが待っているわけでもないが、何もないわけでもない。
家に帰ってソファに座って小鳥の置物をテーブルの上に置いたら、肩の上の黒猫がテーブルの上に飛び降りて、じゃれついて言った。
『にゃあ』
「わざとらしすぎるぞ、獣。オレが何を聞きたいかわかっているだろ。さっさと言え」
『知っているかね、マスター。猫というものは怠惰なようでいて、意外に働き者なのだよ。子猫を守ろうと必死に働くくらい当然のことなのだ。ゆえに吾輩が干渉する必要も意味もない。最後にほんの少し天使を惑わせてやったくらいだ』
「やはり不審者が来たのはお前の仕業か。誰も巻き添えにするなと言ったはずだ」
『では、天使が人を壊す方がお望みだったかね?』
「……いや、分かっている、八つ当たりだ。ばばあの方に行っていたら、対応不能だった。悪いな、<天使>に遭遇してオレも動揺しているようだ」
『まさしく人の証だな。醜く不完全で愚かなる人よ。だが吾輩は天使よりは好ましく思っておるとも。ゆえに吾輩は、天使を喰らって世界を終わらせてやったのだ』
牙を剝くような動作をした獣に手を差し出した。
「人は、喰らわないのか?」
『にゃあ』
オレの差し出した手を尻尾で叩き、黒い子猫は小鳥の羽にかじりついた。
第三章完。
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