17 <天使>
監視猫のにゃあのおかげで、アレク捜査官の緊張感も削がれたらしい。複雑な顔をして笑った。
「申し訳ありません、ワトスン。もしかして痛かったですか?」
「監視猫に痛覚は無いが、オレ以外と長時間接触していると、警戒機能が起動する。監視役なので、監視対象から引き離されるわけにはいかないからな」
「なるほど、警戒されてしまいましたか。こっちのワトスンもAIのワトスンもあなたを守っているのですね」
「監視は職員の安全のためでもある。相棒の方も子守猫としてそういう性格設定だから、助かることも多い。さっきは実はものすごく危険な状況だったんだが、子守猫のワトスンが悪影響からオレたちを守った。
現場にいた以上、巻き添えになった関係者だし説明責任を果たすつもりはあるが、これから話すことは特級の危険情報だと思って欲しい。アレク捜査官には情報開示の許可が出たが、一般人相手には誤魔化す案件だ」
「分かりました、秘密は守ります。あの不審者は、自分の言うことに相手が従って当然という態度でしたし、そういう道具、いえ、遺物でも持っていたのかと推測していたのですが」
「その通りだ。旧世界の遺物の中には、人の精神に干渉して操り、意志に反して強制させることができるものが存在する。
特級危険物であり、見つけ次第即座に封印が必要な禁制品だ。あれは言語を介して発動するものだから、<天使の歌声>と登録されているものだと推定した。一例をあげれば、質問したことを、意志に反して答えさせることができる。
音響を介して精神体に干渉しているようだが、出力調整ができて、出力を上げると干渉力も当然高まるが、精神に対する影響度が高くなるので、下手すれば精神体が壊れてしまう。悪くて死亡、良くても精神に異常をきたす。
あの不審者は、出力を最低で使用していたようだし、ワトスンが効果発動前に影響を消去したが、それでも気分がいい話ではないし、何か不調でもあったらすぐに言ってくれ」
「分かりました。ありがとうございます、ワトスン」
肩の上で丸くなりながら、監視猫がにゃあと鳴いた。
「一応言っておくが、こっちではなくAIの方の仕事だ。多分、不審者が入って来るか、その前から感知して警戒していたと思う。子守猫にとってはセクサロイド型も特級危険物も等しく排除対象になる。
姉御が極上品とか言っているという情報が回って来たときから、嫌な予感がしていたが、姉御が極上品と言うのは天使型人工物のことなんだ。旧世界の技術の極みであり、人型人工物より機能も性能も高く、旧世界崩壊の原因の一つでもある。<天使の歌声>は天使型人工物の部品の一つで、人で言えば声帯にあたるものだ。ただの部品ですら特級の危険物なんだよ。
姉御はセクサロイド型も大好物なので、極上品を追いかけつつも、セクサロイド型の部品を持っているヘンリー一族も捕まえていたようだが、姉御の標的はあくまでも極上品だった。特級危険物だと思うからあたしだけ行くわと言って離脱して行方不明になったから、さすがにまずいとオレに緊急連絡が来た。ワトスンは精神干渉してくる効果を打ち消せるから、特級危険物はオレが相手するのが最善だからだ」
追加情報が続々と来るので、一息ついた。アレク捜査官の方にも通信がひっきりなしに来ているようで忙しいな。さっさと説明を終わらせた方がいいか。
「姉御は建物の屋根の上を走ったり、塀を飛び越えたりと相当やらかしているようだが、幸いと言うべきか、映画機材担いだうちの連中があちこちにいたので、映画撮影だと何とか誤魔化せそうだと連絡が来てる。不審者の映像も一部取得できたから警備局にも情報回すらしいが、追いきれない気がするな。
姉御から事情聴取したローゼスの報告では、姉御は獲物を追いかけて遺物展示交換会の会場近くまで来たところで見失ったので、オレと合流して探すことにした。それで、遺物展示交換会の関係者出入り口に行ったら、会場警備の人がどうぞこちらへと言うのでついて行って、示された建物に入ったら探していた獲物がいたので、不意打ち喰らわすべく忍び寄ったそうだ。そういう指示をしていたのか?」
「クレア捜査官を見つけ次第、私のところにご案内するよう依頼しておいたので、そうなったのだと思います。あの不審者はお招きした覚えがありません。非常に邪魔でした」
「不審者はご案内されずに勝手に来ただけだろ。<天使の歌声>には、周囲の音を相殺させて消すとか、自分の発する音を消すとか、つまり潜伏向きの機能があるんだ。精神体ではなく物質の方に干渉するから危険度は低い方だし、潜入目的で<天使の歌声>を持っていたのかもしれない。
精神体に干渉する方は使用者にもある程度影響があるので、不審者もあまり使っていないと期待したい。質問内容も選んでいるくらいには賢明な相手だ。答えやすい質問ほど精神抵抗がゆるいし、出力あげなくても回答が得られるからな。
例えば、警備局長の居場所を問われたら拒絶が激しいが、単なる物品の大猿はどこにある?だったらうっかり答えやすくなる。どちらも同じ場所だとしてもな」
「つまり、あれは局長の居場所を聞いていたのですか?」
「それか、ヘンリーの居場所かもしれない。もしくは、素直に大猿が欲しかっただけかもしれない。ヘンリーとアレクに競われた挙句に、治療局長と警備局長に取り合われた大猿だぞ?不審者が欲しがってもいいような気がしてきた」
「その結論は受け入れたくありません。大猿ではなく、せめて中身を欲しがったことにしてほしいです。……あの不審者が欲しがるものによっては、私も黙っていられなくなるかもしれませんね」
一瞬ぞっとするくらい怖い気配になったが、アレクはあの不審者と相性が悪いのか、ものすごく反発しているようだな。だが、危険なので言っておくことにした。
「<天使の歌声>なんてものを持っていた危険な不審者だ。また<天使>系の遺物を持ち出してこないとも限らない。あれの相手をするならオレが適」
「駄目です。クレア捜査官と私はあの不審者に対応できますが、あなたは即座に捕まるだけです」
う……はっきり言うな。だがその通りだ。
「あなたとワトスンの助力が不要だと言っていません。あなたにはなるべく関わって欲しくないと思っているのは確かですが、どうしてもあの不審者に対峙する必要があるときは、必ず私を呼んでください。いいですね?」
「特級危険物も禁制品だし、取り締まりも警備局の仕事だから、オレが越権行為するつもりはない。ただ、特級危険物が出て来たらオレをすぐに呼べと言いたかったんだが……確かにあの不審者相手に荒事になると考えると、オレは実力不足なのはわかるし、姉御を呼んでくれた方が」
「いえ、その場合はあなたに連絡して相談します。クレア捜査官に暴走されても困りますから」
う……おっしゃる通りだな。
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