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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第一章 英雄と黒猫
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4 酒と食事とゲスト


 抵抗虚しく、<菩提樹>の特別区画に連れ込まれたら、すぐに前局長であり<菩提樹>の管理者であるボーディが出迎えに来た段階で理解した。


 これは確実に面倒ごとだ。


「よく来ましたね。ユレスは大変お久しぶりですね?」


「お元気なのが分かってるからだ、ボーディ。ローゼスがうるさく報告してくれる」


「ちょっとぉ、ご無沙汰なのをアタシのせいにしようとしてない?取りあえず、果実酒飲みましょうよ!あんたにとってはお久しぶりだし、気分よくお話した方がいいでしょ!」


 酒の知識は旧世界の遺物から得られた情報だ。

 一応は恩恵に該当するが、当初は危険視されていた名残から、酒を提供する交流場は世界管理局に申請して承認を得ることになっている。


 旧世界では酒を摂取し過ぎて酔うという身体異常の状態になって、暴力や性犯罪に走ったり、摂取しすぎて毒性のせいで死亡することもあったようだ。

 それが社会に広く周知されているにも関わらず、旧世界の人々が酒を愛飲していたのは、適量であれば、身体を活性化させ、気分を向上させる作用があるからであり、活発に交流がなされる場において提供されるものだった。


 治療局と世界研究局が酒の毒性についての研究を行った結果、再構成された今の世界の人の身体にとってはほとんど無害であり、身体の活性化と気分の高揚作用はそのまま保持されていることが判明した。

 安全性が確認された今では、酒は広く親しまれている嗜好飲料であり、個人活動で酒を製造している人もいるし、交流場と看板を掲げる場のほとんどで酒類が提供されている。


 だが、オレとしては酒より茶の方が好みだし、これは旧世界でも安全な飲料として親しまれていたために、自由に楽しむことができる。


「オレはいつもの青茶を」


「最初の一杯くらいは付き合いなさいよ」


「そうですよ、今回はとてもいい出来なのですから。お食事も、最近公開されたばかりの新作レシピから用意します」


「あれ、かなりいけてるでしょ。遺物管理局でも大好評だったから、早めに公開に至って嬉しいわ」


 食事は人々が個人の自由時間を多く費やす機会でもある。


 単に体を維持するだけならば、胃の中で完全に消化吸収されて必要な栄養素すべてを賄える小さな固形の完全栄養食を摂取すればいいが、大半の人は、しっかりとした食事を摂る。


 旧世界の人の体は、食事をして消化する際に多くの残渣が発生し、排せつという行為が必要だったようだが、再構成されたこの世界の体は、よほどのことが無ければ、ほとんどのものが胃で分解される。

 ときに毒性があったり、分解しきれないこともあるが、食事の際に消化補助薬を飲んでおけば、食事で害を受けることはほぼ無い。


 食事は安全な娯楽であり、体を維持する栄養を補給するという重要な活動であり、共に食事をすることで交流を円滑に進めるための機会ともなる。

 生活物資の支給として食事の提供を受けることができるのはもちろん、食材として提供を受けることも可能なので、食材を用いて自分で調理して食事を作ることを楽しんでいる人々も多い。


 独自に作り上げた料理は個人の創意工夫の経験を高め、その人を表現するともされている。

 そのため、個人が開発した独自レシピは公開されず、その人が招待した場で料理として提供されるのを楽しむのが一般的だ。


 独自に開発せずとも多くの公開レシピがあるので、誰でも料理を楽しめるが、新しいレシピが公開されると話題になる。

 旧世界の遺物による恩恵の最たるものは飲食物のレシピだと言われることもあるくらいに、旧世界のレシピは多様で無数にある。


 新たに発見された遺物情報でレシピがあると分かると、期待の目が旧世界管理局に向けられることになる。

 レシピ情報は大抵が安全で社会に良い影響をもたらすものがほとんどであるとされているので、審査基準もゆるく社会に提供されるのも早い。



 ボーディが一番お気に入りの美しい花を咲かせる木の下に用意された宴席に座らされたら、目の前に最近よく見ていた料理が次々に並べられていくが、見るべきはそこではなかった。


 オレたちの対面に分かりやすく二人分の席が用意されている。


「……ボーディ、いつから仲人を始めたんだ?」


「おや、仲人の方がよかったのですか?ならば候補は幾人かいるのですよ。ただ、ユレスだけでなく、ローゼスもとなるとすぐには場を整えられません」


「むしろ、すぐでなければ整えられるっていう自信がすごいわよ。男の身体に乙女の心のアタシと、頑固一徹未分化型を貫く姿勢のユレスとお見合いだなんて、人生捨ててかかっているか、相当の特殊性癖だわ」


「それを自分で言うか。それから、ボーディ、まさかと思うが、あの人を紹介してくれるつもりなら、オレは帰る」


 一瞬目を疑ったくらいに、<菩提樹>に用があるとは思えないし、用があって欲しくない姿が見えた。しかもこちらに案内されてくる。


「そのつもりですが、短気を起こしてはいけませんよ。あの方のお連れの方とは話が合うかもしれないでしょう?」


「ボーディったら、いくらアタシでも、あれが一緒にいるだけで、気分が盛り下がるわよ。あーら、お久しぶりだこと、アーデル捜査官。お忙しいあなたがなんでまたこんなところにいらっしゃるのか、アタシ、とーっても謎だけど、ごきげんよう。いつもながら、苦々しいつぶれそうなお顔ですこと」


「貴様も元気そうで何よりだな、相も変わらずふざけた言動で何よりだ、見るだけで自然に顔が歪んでしまう」


 世界管理機構警備局捜査課所属の優秀な捜査官は、ローゼスと大変相性が悪く、両者が出会うと、その人なりの美を表現しているはずの両者の顔が見る影もなくなると周囲に大評判だ。


 そんな二人が揃う現場にいて楽しいわけがないし、巻き添えになるのを回避するためには即時撤退が推奨される。

 だが、さすが前局長はしっかりとオレの服を踏みつけて、肩に手を置いて逃走を防いでいた。


「ユレス、アーデル捜査官はあなたの力を借りたいと自ら申し出たのですよ?それなのに、あなたが帰ってどうするのですか」


「は?天敵と公言しているローゼスよりもオレのことをさらに目の敵にしているのに?何の冗談?」


「そうよ!ボーディったら酷いわ!素敵なゲストがいるってアタシを釣りだしつつ、まさかのこれだなんて!アーデル捜査官が遺物管理局全体を敵視してるのは今さらだけど、一番嫌ってる一番と二番の座をアタシたちが譲ることはないのよ!?」


「譲るつもりが無いような言い方をしないのですよ、ローゼス。遺物管理局になど頭を下げたくないにも関わらず、耐え忍んでこちらにいらっしゃっているのですから」


「それに感じ入ったわけでなく、面白くなってきたと思ってボーディは招待したのだろうが、オレまで事情説明もなしに巻き添えにするほどのことなのか?」


「さあ、どうでしょうか、本日のゲストに聞いてみた方が早いですよ」


 ボーディの視線が指し示す方向に、長身の男が案内されてくるのが見えた。

 人目を惹く華やかな容貌は、ここ最近の時事情報放送で何度も流れていたため、オレですら分かる。


「ご招待に感謝いたします。アレク・ノース・サンディです」


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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