12 会場外の事件
治療局長を部屋の外に追い出して、警備局製防音装置を作動させたところで、まずはアレク捜査官が口を開いた。
「現在の任務より優先される緊急任務が発生しましたか?」
「現在の任務が緊急任務になってるだけさ。にしても可愛くできたね、この女装。胸に何詰めてるのさ」
「猫」
「どうやって誤魔化したのかと思えば、ここに詰めたのかい。なかなか考えたね。それでだ、話に入る前に、まず褒めとくよ。よくやった。具体的にはこの大猿をよくぞ確保したってことだけど、どこから見抜いてた?」
「保険かけたくらいで、ほとんど分かっていない。会場外の状況と関係するか?」
「するよ。じゃあ、外の状況から話すけど、ユレスの女装を見に来た旧世界管理局の連中が、見るもの見たし帰るかと撤収し始めたときに、クレア捜査官が気づいちまったんだよ。極上の獲物の匂いがすると。あの女はセクサロイド案件に関しては驚異の実力っていうか鼻が利くからね。だから、旧世界管理局長がクレアの首輪掴んだまま、他の連中に緊急指令出して、周辺散って情報集めろと指示した」
「始まりから突っ込んで悪いが、局長以下馬鹿が多すぎることに地味に衝撃を受けている」
「実は前局長も潜んでたさ。現局長がデートに連れ出すネタとして、あんたの女装を餌にしたら、<菩提樹>から基本的に出たがらないボーディ前局長がほいほいついて来たんだと」
「……オレは人間不信になるかもしれない。だが、ボーディがいたから、局長は正気を疑うような指示ができたのか。うちの職員動員するとか、事件が起きる予感しかしなかったが」
「ボーディはあのまま局長続けてくれた方が、あたしも楽だったよ。ボーディからあたしのところに緊急通報が来て、禁制品の遺物を取引していたのを三人捕まえたけど、まだ他にもたくさんいるから、警備局の予備人員全員集めろと要求された時には正気を疑ったけど、捕まえた連中がセクサロイド型の眼球を所持していたってなら、話は別だ。緊急動員かけつつ現場に急行したら、気絶した男一人と男女一組が縛り上げられていたさ。
旧世界管理局の連中が情報収集のために散らばってすぐくらいに、黒猫がふしゃーと伝えて来たらしく、現場に急行して取引中だった三人をまとめて押えたそうだ。ユレスの指示、ってわけでもなさそうだね」
オレにそんな覚えはないが、割とよくあることでもある。
ベルタ局長はオレの相棒に詳しいから察してくれるが、アレクは知らないので説明しておいた方がいいか。
「オレの相棒のワトスンは、旧世界AIの中でも稀な特性がある。普通のAIはマスターの指示がないと行動しないが、ワトスンはマスターの指示がなくても行動できる。AIがマスターの統制なく勝手に行動できてしまうので、本当は危険な特性なんだが、封印されていない理由が一応ある。
ワトスンは子守用のAIだった可能性が高く、子どもの危機的状況を察知して回避させることが行動原理に組み込まれているようだ。子どもであるマスターの指示を待って行動しては間に合わないから、自律行動が可能になるように作られていると考えられている。子守以外のことには怠惰な猫なので、注意と監視が必要であるが危険度は低いと判定された」
「警備局にも報告されてるし、警備局長のあたしも問題ないと判定して許可が下りてるわけさ。黒猫はもっと勤勉に働いてもらいたいと思うくらいだけど、基本的に子どもっていうか、登録されたマスターの危機のときくらいしか働かないよ。ユレスが気づいていなくても、ワトスンが危険を感知したら、ユレスでなく他のAIに状況伝えることもあるよ。今回はそれさね」
「つまり、ワトスンはユレスが危機的状況にあると判断したということですか?」
難しい顔をしたが、アレクが一緒にいたのにと気にかけているのか?
「あくまでワトスン的判断だし、ワトスン基準の行動だ。旧世界でも子どもがセクサロイド型人工物の相手をするのはまずいという倫理判断があったから、ワトスンはオレにセクサロイド型人工物を近づけたくないんだよ。
だが、子守役がマスター登録された子どもにそれを警告したところで、自力で回避か排除するのは不可能だ。だから周囲の成人かAIに警告して、追い払ってもらうようにする。捕まった三人はどこかでオレとすれ違ったか接近したときにワトスンが感知したのだと思う」
「男女二人組は遺物展示交換会の客さ。交換会の受付の報告じゃ、あんたたちとほぼ入れ違いで会場から出て来たようだね。男がこの大猿を出品した発明家で、女はヘンリーの娘だよ。ティアラのとはまた別のね。セクサロイド型の眼球を持っていたのは女の方で、探査を妨害できる小箱に入れていたから、旧世界管理局の連中でも探知できなかったかもね」
「ワトスンは感知したのではありませんか?」
「危険を感知することに関しては、群を抜いて優秀な猫なのさ。旧世界管理局の連中の推測を言えば、ユレスとすれ違ったときにワトスンは感知しただろうが、ユレスが会場内のセクサロイド型の探査を命じたときにヘンリーの娘がすでに会場を離れていた場合は、ユレスに報告しないだろうってさ。会場内に無いのは確かだし、黒猫としちゃセクサロイド型がマスターに近づかないならそれでいいのさ。
ただ、周辺を広域探査して、マスターがいる遺物展示交換会の会場周辺にセクサロイド型の反応を感知したら、何とかしてくれとマスター以外に訴えに来るだろうってね」
「そうなんだろうな。AIへの指示は条件設定するのが一番難しいが、気まぐれ猫は指示していないこともするから、オレが把握していないことも多い。ワトスン」
腕輪から呼び出したら、飛び出て来るように立体映像を構成したが、仕事したぞと主張している態度なので、仕事したのだろう。
「他のAIにセクサロイド型を追い払えと頼んで回ったのか?」
子守役の猫がにゃあと鳴いて、腕輪に飛び込んだ。立体映像も巧みに構成するが、そういう機能より説明機能を優先して欲しかった。
「ワトスンは会場内のことはオレに報告したが、それ以外は自律判断で行動したのだと思う。周囲に旧世界管理局の職員が多く来ていたし、その相棒のAIたちは大体が猫に甘いから、ワトスンが感知したセクサロイド型の反応を教えて回ったのだろうな。
猫のことはこれくらいにして話を戻そう。大猿の出品者がいないと思ったら、捕縛されていたのか。アレクのところに来た報告では行方不明だったが」
「捕まえたのは旧世界管理局の連中だし、あたしが現場に急行して話を聞いて、伏せておくことにしたんだよ。最初に捕まえた三人は、捕まったことにするより、行方不明でいてくれた方がやりやすかったわけ。
ヘンリーの娘が持っていたセクサロイド型眼球は、セクサロイド型人工物をばらばらにしたものの一つだよ。
200年前の人形関係の事件のどさくさのときに、人形師が参考にしたいって世界管理機構に要望して貸し出されていたセクサロイドが一体行方不明になったんだよ。あたしゃヘンリーが掠め取ったんじゃないかと思ってたけど、やっぱやつが隠し持っていたとはね。当時のあたしは課長でも局長でないから強権もなかなか行使できなくて追いきれなかった。
行方不明になったセクサロイド型人工物は機能不全で破損したものだったから、旧世界管理局が手放すときに、中枢部分は徹底的に取り除いた外観だけのものらしい。それでも遺物だし、しかも取り扱い間違えると人権問題になる人型人工物だ。個人所有は認められないが、人工であるがゆえに、とんでもなく美形だから、芸術の参考にしたいって要望多数の品だった。
丸ごと取引しようとしたら、確実にどこかで情報漏れるだろうし、今まで隠匿して密かに楽しんできたんだろうけど、何があったのか手放すことにして、各部品に解体して、それを200人以上いる自分の子どもたちから特に信頼できる子たちに託して、ばらばらに分散した取引場所で落ち合った取引相手に渡すという計画だったのさ。今のとこ21人捕まえたよ、警備局の隔離房は今、ヘンリー一族で一杯さ」
「……そこまでいくとすごいな。ヘンリーは裏切らない配下が欲しくて、ヘンリー王国の国民全員を自分の子孫で賄おうとでも考えたのだろうか」
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