7 取引要望
アレクの盾役の任務までこなすつもりはないが、強制任務の潜入捜査はこなすつもりはあることを主張するために、話題を変えることにした。
「ところで、あの大猿と発明家についての追加情報はあるか?」
「発明家は大猿を出品した後、会場を出ました。それ以上の情報はまだありません。どうも別件で何か起こったようで、支援班も手が足りていないそうで、私たちはこのまま任務続行するようにと局長からの指示があったことだけは伝えてきました。それから、ヘンリーもまだ来ていません」
「そうか。……なら、大猿に取引要望を出してくれ。保険だ」
「保険?」
「あ、悪いな、旧世界用語を使ってしまった。万が一の事態が発生したときに備えて、無駄かもしれないと分かっていつつ、先払いするような感じの意味合いで使われていたらしい。
旧世界管理局では結構頻繁に使われている。危険度が高い遺物を相手にするときは保険をかけるのが基本だ。大猿は遺物では無いが、危険度は不明だから念のためだ」
「構いませんが……証拠物件として押さえるつもりですか?こちらの出品物と対価が釣り合わな過ぎて、取引成立はかなり難しいと思います」
「そうなのか?」
「残りの二点は宝飾品の腕輪のような旧世界時計ですから、価値も人気も高いです。現時点でもあの二点に対して多くの取引要望が出ていますよ。優先取引であれば、あの大猿と取引成立できると思いますが、それでも、あまりにも釣り合わない内容の場合、主催者側から確認が入りますし、他の取引要望者から横やりが入らないとも言い切れません」
互いに納得の上交換できるのであれば、部外者から見て釣り合わなくてもいいと思うのだが、そう簡単なものでもないのは、猛獣型人形の人との取引交渉を見ていて何となくは理解した。
あまりにもバランスが取れない取引内容の場合、別の不正取引を疑われたり、社会的信用が落ちるようだな。猛獣型人形の人は職人だし、正当に評価されたいという思いもあって、対価が釣り合う取引をしたがっていた。
互いに要望が一致して行う優先取引の場合は、多少釣り合わなくても問題視されないようだが、今のアレクの言い方だと、大猿の評価は問題視されかねないほどに低い見積もりということだろうか。
優先取引が成立する場合は、その品に取引要望をしていた人がいても、あくまでも両者の要望が一致した取引が優先されて、横やりを入れるのは不作法とされる。
だが、優先取引が成立する件数は意外に少ないらしい。
お互いに欲しいものが一致しないと優先取引にならないから当然のことだが、優先取引が成立しない場合は、出品物に取引要望を出して来た人の出品物の中から一番気に入ったものか、価値が釣り合うものを選んで取引交渉する流れだ。
ただ、その交渉には、他の取引要望者が横やりを入れて、出品物に追加の対価をつけて参入することができる。
遺物展示交換会は取引より交流を楽しむ企画なので、出品は最大三点までとされているが、対価がぴったり釣り合う事例は少ないので、調整用の品や追加の取引材料を持ち込むことは可能となっている。
それで交渉して、恋人や妻なり、連れの望むものを手に入れるべく競うのもこのイベントの楽しみ方の一つらしい。
取引交渉能力を披露する機会となるので、ここで活躍すると個人の評価があがるし、出品物にしても、これだけのものを出品できるというのも、実力として評価されるのだろう。
博士はこれを持って行けば、大抵のものと交換できるはずだと遺物を選んでくれたわけだが、勢い余り過ぎたのは理解した。
「博士がもっと適当な品をくれていたら良かったということか。だが、出品してしまった以上は仕方がない。取引要望しておけば、大猿の人がこちらに取引要望しなくても、横やり入れて競うのに参加できるよな?」
「できますが、私はあれを競いたくありません」
「任務と思って割り切れ、アレク捜査官。人形師パリラが製作した証拠物件だぞ」
アレク捜査官が妙に抵抗したが、先輩捜査官として断固としてやらせた。断じて女装して強制任務させられている腹いせではない。
意趣返しのつもりか、オレは黙っているだけでいいが、勝手に盾役として使わせて貰うと宣言されたが。
「潜入捜査中なので、ユレス捜査官とは呼べません。あなたのことは、今から小さなレディとお呼びしますね」
反論を許さない圧力が怖くて、ただ頷くしかなかった。
手を引かれて休憩所出たところで早速声をかけられたが、どうやら今までは様子見されていたようだ。
休憩所に入るまでは、アレクは軽く挨拶されたり、ちょっと雑談するくらいだったが、オレたちが休憩所にいる間に、アレクはオレのお守役として来ていることが会場中に広まったのだと思われる。
出品物の物色では無く、相手の物色をしに来た人は結構多いのだなと思うくらいに、多くの人たちがアレクのところに群がってきた。
オレの感想としては、大変だなの一言しかない。アレクは宣言通り、黙ったままのオレという非常に使えない盾を華麗に駆使して、自力で自由行動を確保していた。さすがの実力だと思う。
完全に役立たずのオレは、せめて博士のお使い任務くらいはこなすことにしたのだが、なかなか小鳥的なものが見当たらない。
なので、ようやく見つけたときには、盾に使うためか、はぐれないためにか、ずっと捕まえられたままだったアレクの手を握って引いてしまった。
アレクは割と長く話しかけられていたが、それをきっかけにして切り上げてオレを連れて移動したが、実は困っていたのかこっそり囁いて来た。
「助かりました。……いえ、もしかして分かっていなかったですか?まあいいです、後で説明します。それで、何を見つけましたか?」
「小鳥」
お使い任務を忘れてもらっては困る。
ただ、オレが見つけたのは宝飾品の髪飾りの小鳥で、髪を結いあげたところに飾る凝った細工でアリアには似合いそうだが、からくり時計には向かない。
だが、そこは新人とはいえ実力派の捜査官、聞き込みして、小鳥の細工物の見本として作ったという木彫りの小鳥たちを出させた。実にいい感じにからくり時計にはまりそうなので、まとめて全部欲しい。
今回の小鳥の宝飾職人は、アレクが宝飾品の旧世界時計の出品者であることを知っていたし、取引要望もしたらしい。
猛獣型人形の人が優先取引した話もあっという間に伝わったらしく、運が良ければと思って出品作品のところに待機していたそうだが、オレたちのお使い任務を知っていたかのような見事な読みだ。
もちろん知っていたわけはないので、アレクがその場で取引要望を出してすぐに休憩所で取引に入ったが、その間中、え、本当に、いいの?と繰り返していた。
今回もまた釣り合わないとかいう話になったが、アレクが後日宝飾品を注文して釣り合うようにすることで合意に達した。
宝飾職人は、色々まとめて梱包すると言って去っていったので、ちょうどいいから、休憩所でまた情報交換してから、会場に戻るか。
ここまで読んでくれてありがとうございました。




