6 優先取引
会場内にセクサロイド型人工物の反応はなく、ヘンリーもまだ来ていない。
ただし、人形師パリラがヘンリーに依頼されて作った大猿の人形は会場内にあるし、出品者はヘンリーとも取引のある発明家の男となれば、何か起こるとしたらこれからだと考えた方がいいか。
「事態が動くまでは、会場を巡回しながら博士とアリアのお使い任務をするという方針でいいか?」
「はい。私たちが警戒されて事態が動かなかったら潜入捜査の意味がありませんから、遺物展示交換会を楽しむつもりでいてくれた方がいいと思います。博士も欲しいものがあったら遠慮なく交換してくるように言ってくれましたよね?世界管理機構が出品した遺物のティアラや人形であっても十分交換可能なものを持たせてくれていると思います。ただ、博士が天使が嫌いなら、天使の人形はやめた方がいいでしょうが」
警備局の潜入捜査であるが、ヘンリーに警戒されないよう、ジェフ博士がオレたちに遺物を持たせて送り出した設定にしたし、本当に価値の高いものを持たされていた。
遺物の対価的なものとか協力報酬については、じじいとばばあの間ですでに話がついているそうだし、博士とは変な遠慮をする関係でも無いが、オレには特に欲しいものが無い。
博士ほどではないがオレも天使は嫌いなので、天使人形という選択肢は初めから無いが、優秀な捜査官は昨日の博士とオレの天使に対する反応が不審なのは気づいていただろうし、今も答えを待つようにオレを見ているので、説明しておくことにした。
「旧世界の天使については情報制限がかかっていて、博士もオレも話せないことが結構ある。知りすぎている側のオレたちは天使が嫌いだ。旧世界の天使に関わる概念と情報は幅広くて、何をどこまで知っているかによって印象が激しく異なるとだけ言っておく。
一般に開示されている旧世界の絵画や芸術作品は天使をモチーフに使った美しいものが多いし、旧世界の概念における天使とは人を導き守り良い心を育てるものとされている。これで嫌う人の方がおかしいから、アリアが人に好かれる良い印象しかない天使をモチーフにしようと思うのは、むしろ当然だ。アリアは何も悪くないし、うかつに天使の話を持ち出したオレが悪かった」
「情報制限があるのでしたら、誰の責任でもないと思いますし、博士が言った通り、趣味の問題でもあると思います。姉も天使にこだわりがあるわけではなく、博士にこだわりがあるだけですから、博士が天使は趣味でないのであれば、天使のことなど躊躇いなく切り捨てます。逆に、博士が子猫ちゃんを可愛がっていると耳にしたら、そちらに興味が向いて、自然区に猫を見に行くのに私も付き合わされましたよ」
「え、そこまでしたのか。だが、博士の言う猫って」
「はい。ワトスンとあなたのことですよね。姉は博士の身内といい関係を繋ぎたいと思っていますし、あなたたちのことも可愛い可愛いと言っているので、天使人形より動物の人形の方が欲しいのも本当です。姉も私も欲しいものは、はっきり主張しますから」
「ローゼスもそうだが、そういう人の方が付き合いやすいかもな。ローゼスに言わせると、オレは欲求がなさすぎてめんどくさいらしい。だから、この会場でも欲しいものとか思いつかないが、設定上、オレが物珍し気に見て回ってることにした方が都合がいいのは理解している。
何か良さげなものがあったら言ってくれ。当面の間は、お使い任務の品を探して回ればいいと思う。あの猛獣型人形の人と取引できればいいんだが」
「気に入ったのは分かりましたけど、もしかしてあの猛獣が一番気に入っていますか?」
「可愛いだろ」
「あなたには、ワトスンのように可愛いものの方が似合います」
やはり監視猫か子守猫か、どちらにしてもワトスンの見た目が気に入っているのかと聞こうとしたら、アレクの腕輪に取引交渉可能の通知が来た。
遺物展示交換会での取引は出品者が個別に交渉するわけだが、出品番号の管理や、取引交渉の連絡関係は主催者が一括して取り扱うことになっている。
不正防止や円滑に取引を進行させるためのようだが、出品者が何らかの事情で不在になったり、出品者からの依頼があれば、主催者側が代理で取引することもできるそうで、運営側は結構大変だな。
猛獣型人形の人は、アレクが告げた出品番号のどれかに取引要望を出してくれたようだ。
アレクも猛獣型人形の出品番号に取引要望を出していたので、お互いに要望が一致したということで、即座に優先しての取引交渉が可能になるらしい。
アレクが連絡したら、猛獣型人形の出品者が休憩所に駆けこんで来た。
ものすごく焦って興奮していたのでどうしたのかと思ったが、オレたちの出品が遺物とは思っていなかったし、その場に呼ばれていた旧世界管理局の人が、ジェフ博士の所有品だと説明していたので、さらに驚いたそうだ。
本当に取引してくれるならすごく欲しいが、対価が釣り合わないから、後日でも良ければ何か追加でどうかと息継ぎなしに言われたが、ローゼスに正当な取引の感覚が狂っていると言われるオレにはさっぱり分からない領域なので、謹んでアレクに任せた。
博士の屋敷の二階に置いてあったものの中で割と小さいもの、宝飾品のような外観の腕輪みたいな旧世界時計を二つと、時刻ごとに少女の人形が可愛く回って踊る置物を出品したが、どれを選んだのかと思ったら少女の旧世界時計が欲しいらしい。
あれと大量の動物型人形を交換するのは、逆に釣り合わなくないかと思ったが、アレクが上手くまとめて取引成立させた。
アレクは後日、猫の人形を特注することにしていたが、さっそく梱包すると言って去って行った取引相手を見送ってから言うことには、自分用らしい。
ときどきワトスンを見ていたし、猫好き確定でいいだろう。
少女時計も梱包しに行かないといけないかと思ったら、主催者側が出品物の取引終了のお知らせと一緒にやってくれるそうだ。
出品登録されているもの以外を追加して取引する場合は、主催者の関与するものではないので、自分で梱包することになるらしい。
「もしかして、そういうものに紛れ込ませて、禁制品を取引することもあり得るか?」
「意外に抜け道が多そうで困りますね。支援班に連絡を入れておきます。他に何か気づいたことはありませんか?そろそろ休憩所を出て会場に戻りますが」
「特に無いし、オレは今回はセクサロイド型の探知以外では大して役に立たないぞ。さっきの交渉を見ていても、対価とか釣り合いとか全然わからなかったし。この会場には女連れでないと入れないから用意した通行証くらいに考えておいた方がいい」
「昨日もお願いしたとおり、私の行動の自由を確保するための盾役も頑張ってください」
遺物展示交換会は、一種のお見合い会場であるらしい。
いまいち分かっていないと思われたらしいオレは、昨日の夜、アリアとアレク姉弟に講義されたが、男女ペアでという参加条件であるが、恋人同士とか結婚した夫婦どうしの参加に限定されるわけではない。
男親が娘を連れて参加したり、祖母が孫息子連れて参加するのもありだ。そういう場合は、連れを紹介して交流のきっかけを作ったり、相応しい相手を探す助言をするそうだ。
遺物展示交換会には多くの人が集っているし、出品物を鑑賞して感想を言いあったり、取引交渉するという名目で、会話しやすい状況になるので、互いに気楽に声をかけやすい。
夫婦や恋人同士で来ていても、取引交渉のためという態であれば互いの連れに声をかけても不作法とみなされないので、新たな出会いや交流を求めている人は密かに同行しているパートナーと違う相手を探すのだとか。
未分化型のオレには対応不能の領域にも関わらず、美形姉弟は妙な迫力でオレに盾になれと要求した。
人気の英雄様は、英雄と呼ばれる以前からも、そういう場では声をかけられたり迫られたりして大変だったし、自由行動しづらいそうだ。
人気の歌姫である姉のアリアの方も同様で、姉弟は男女ペアで出席するような場では、互いに互いのために盾になったり牽制していたが、そもそも姉弟なのでさほどの効果は無かったらしい。今となっては、アリアの結婚が大々的に公表されたので、アリアがアレクの盾になることもできないのは理解できる。
ゆえにアリアは持てる技術を費やして、弟の盾にすべくオレの女装に協力してくれたのだろうが、オレの実力を過大評価し過ぎだ。
潜入捜査の都合上、アレク捜査官の行動の自由を確保することは必要とはいえ、オレは通行証がわりに連れて行かれるくらいが限界であって、牽制したり追い払うような盾役をこなせるほどの実力など、どこを探しても無い。
「アレクは我儘な子どものお守役として振り回されている設定の方が、まだ何とかなりそうだと思うんだが」
「今さらそうするには、あなたは大人し過ぎましたよ。ですが、私が保護者役にしか見えていないという点に関してはその通りです」
微妙に圧力を感じる笑顔を向けられたが、女装をさせられて面白くないオレは、オレの実力を過大評価して押し付けて来た盾役の任務が失敗したところで責任を取るつもりは無い。
ここまで読んでくれてありがとうございました。




