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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第一章 英雄と黒猫
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3 <菩提樹>


 旧世界管理局は人工湖の直下にあって、人工湖のほとりにある優美な形状の受付館にある出入り口以外からは、出入りできないようになっている。

 人工湖のある一帯は立ち入り禁止で、警備局が厳重な警備体制を敷いているが、それだけ旧世界の遺物は危険物扱いされているわけだ。


 ゆえに、受付館に設置されている空間型転送装置に登録された転送先も限定されている。

 少なくとも各職員の生活拠点から職場まで直接移動してくることはできず、世界管理機構の警備局の警備下にあるいずれかの施設を経由して職場に来ることになる。


 にも関わらず<菩提樹>は受付館からの転送先に登録されているのだが、これは<菩提樹>が前の旧世界管理局長の生活拠点であり、現在は旧世界管理局の職員の憩いの場として提供されているからだ。


 局長は緊急時に備えて自宅に転送装置を設置し、緊急時には即座に駆けつけるよう要請される。

 現局長は前局長の隣人でもあるので、転送装置をわざわざ移動させなくてもいいし、職員の福利厚生のためと理由をつけて、そのままになっていると聞いた。


 便利と言えば便利なのだろうが。厄介と言えば、厄介だ。追いついて来たローゼスがオレの首をがっちり確保して、問答無用で行先設定をしたし。


「さ、行くわよ、<菩提樹>!」


 生体を転送するときは、安全度が最も高い空間転送が基本であるが、空間転送装置の機能と規模によっては、移動できる最大人員が変わる。

 最高の技術を投入している各局の施設の場合、大人数が転送できるのが基本であり、つまり半分拉致のようにして連れて行くことも可能だ。


 警備担当は止めるべきだと思うものの、いつものことだと、無反応で見送られてしまった。行先が前局長のところだからかもしれない。

 前局長は五年前に引退したが、相談や悩みを打ち明けにうちの職場関係者が通っているのは周知の事実だし、オレも何度も連れて行かれている。



 <菩提樹>の転送装置のある部屋には警備も受付もいない。その代わりにここを管理するのはAI-ASの試作型で、到着した者に無機質な声で案内している。

 条件型交流場である<菩提樹>への入場資格が無い者は、扉を通れない仕様なので、別地に移動するしかない。


 扉に大きく掲載された入場資格は、旧世界管理局の職員であること、もしくは<菩提樹>の主人である、前旧世界管理局長ボーディ・ブッディー・ラージャの招待状を持っていること。

 招待状は腕輪に送付されるので、どちらにしても腕輪の認証ですぐに判定される。


「毎回思うけど、アタシたちだって分かった瞬間に、認証いらないようにしてくれればいいのにね」


『厳正に規定の手続きをもって対応しており、例外は許されません。資格確認終了しました、ようこそ<菩提樹>へ』


 扉の先は、木々と花々で仕切られた区画があちこちに点在する庭園のような場所だ。自然と人の生活との融合を目指して設計したらしいが、建物内とは思えないくらいに広々とした空間に感じられる。確か空間拡張技術を使っていると言っていたと思う。

 ローゼスはいつものお気に入りの区画に行くのかと思いきや、奥の方の特別区画に足を向けた。


「ローゼス、オレはここで別れる」


「駄目よ、あっちで、特別な果実酒をご馳走になりましょ」


「嫌だ、特別区画に入ると、必ず追加要望されるのが基本だろ」



 遺物として発見される旧世界の情報は、新しく再構成された世界に恩恵ももたらした。


 逆説的になるが、こういうことをしたら世界は崩壊に向けて加速するという事例の数々は、新しく再構築された世界において充実した社会制度の発達に大きく貢献したと言ってもいい。


 過ちを繰り返すな。


 旧世界屈指の名言と言われる言葉を尊重し、腐敗と堕落と搾取、抑圧と人々の支配と奴隷化の元凶とも言われる貨幣制度は採用せず、この世界で生活するのに必要な基本の生活物資は、世界管理機構が用意して提供される。


 この世界に生まれて、世界管理局に登録されている者は、成人後は世界管理局が指定する職務に従事して、社会全体のための奉仕活動を行う。

 基本の生活物資はその奉仕活動によって賄われ、成人としての職務を果たしている限り、望むものの提供を受けることができる。世界管理機構が提供する各種行政サービスも、社会奉仕活動としての職務として働く職員たちによって無償提供される。


 世界管理機構によって、社会生活を送るために必要なものがすべて提供されるわけだが、ただ漫然と生きているだけでは、人生体験を深めて人として成長し進化することが見込めない。


 世界進化論の見解によれば、世界は、人が進化することを望んでいて、進化が停滞した世界は行き詰ったと判断されて、緩やかに崩壊へと進む。


 旧世界のように、そこに生きる人々が自らの手で世界を壊そうとしたかのような状況でなくても、世界は崩壊する。

 世界は新たな知識、新たな経験を得るために構成されているのであって、変化も更新も無いままの状態は世界の望むところではないからだ。


 だから世界管理機構は、定められた職務以外での個人活動にも力を入れるよう推奨している。

 二日か三日に一度程度の社会奉仕活動としての勤務時間は、特段の事情が無い限りは延長されることもなく、人々は自分が望む活動をするための時間を確保できるよう配慮されている。


 どのように時間を過ごすかはその人の人生計画の一部であり、世界管理機構であれ、口出しは許されない。

 ということになっているにも関わらず、個人活動の時間に何もしないでいると、各種芸術鑑賞会とか交流会へのお誘いが来たり、世界管理局の個別相談に呼ばれて、人生の有意義な過ごし方に講義されたり、能力や性格にあった活動を紹介されるあたりも、世界の矛盾の一つだと思う。



 旧世界管理局の職員は、特殊な職務と職場の外に監視役がついてくるという特殊事情のせいで、人と交流したがらなかったり、外出したくない引きこもりがちの職員が多い。

 前局長はその状況に思うところがあったので、自宅を改装して条件型交流場の<菩提樹>として提供開始したのかもしれない。


 世界管理局も各種交流場を設置しているが、それは無条件に解放され誰でも出入り可能な交流場であり、個々人の趣味や表現にあった交流場は、個人活動として設置するものである。


 同一の趣味がある人、同一の技能がある人など、それぞれの場を設置した個人管理者が人権倫理に反しない限り、好きに入場条件を設定することが可能で、条件型交流場と呼ばれている。

 条件は職種だったり趣味だったりすることが多いが、管理者が求める物品を持ってくることであったり、芸術系交流場の場合は、自分の描いた絵画を提供することであるなど、様々なものがあるようだ。


 基本の生活物資は世界管理局が無償提供するわけだが、各個人が個人活動によって提供するものについては、各個人どうしで対話して取引することが基本である。

 取引体験も人生体験を深める役に立つという見解もあるので、無償提供は推奨されない。


 <菩提樹>は旧世界管理局という特殊な職務にある人たちが、気楽に雑談して交流できる場として設置されたので、気軽に雑談を交すことがこの交流場に提供すべきものだと周知されている。

 ただし、特別区画を利用したり、<菩提樹>の管理者に相談や助言を求めるときには、代わりに管理者であるボーディの相談や依頼に応じることになっているが、無理難題は基本的に言わない人ではある。


 ときと場合によるが。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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