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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第二章 博士と黒猫
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8 人形


 ジェフ博士が大きめの箱を持って来て蓋を開けたが、感想に困る中身だった。


 箱の中には、精巧に作られた人の体の一部がおさめられている。

 幸いにも生体でなく人工物であるが、添えられていた手紙というより脅迫文と言いたくなるものと合わせると、実に不気味な脅しに見える。


 幸せになれると思うなとか、お前が恋人を殺したんだとか、なかなか衝撃的な内容が書いてあるからな。


「届いた順番と中身が分かりやすく陳列してあると思うので、このまま警備局へ持ちこめ」


「そうする前に、ユレスに相談してるわけだ。ないと思うが遺物だったら儂もめんどくさいことになるだろ」


「博士なら真贋鑑定もできるだろ。安心していい、遺物ではないただの人形用のものだが……これはこれで禁止事項に該当してくるのがな。嫌がらせだと思うが、こういうものについて、アレクとアリアには説明したのか?」


「本職に任せるから頼む。アレクは自分で調べていたとは思うが」


「はい。ですが、専門家にまとめていただけると助かります」


「オレより変態性癖の専門家の得意分野だが、旧世界の遺物の中でも規制が厳しいものの一つが、人型人工物だ。人の形をしたAIの器と認識してくれるといい。

 旧世界では戦闘用から性欲の相手まであらゆる領域で普及していたようだが、それが世界崩壊の原因の一つとも考えられている。ゆえに、再構成された今の世界では原則として禁制品だ。

 これは人権尊重の面からも推奨されていて、簡潔に言えば、道具だと思って人型の人工物を酷使するのが当り前になると、人工物でない人のことまで道具として見て、道具として扱うような精神状態になりかねないと思われているからだ。

 200年くらい前だったか、禁じられたことほどやってみたい人の心理のせいか、旧世界のセクサロイドという人型人工物、つまり寝台で性の相手をさせるものだが、それと同じものを欲して人の大きさで人形を作って、動かせるようにした人形師がいた。

 腕が良かったらしく、かなり精巧に作り上げたようだが、警備局に踏み込まれて、人形はすべて破壊された。これもまた人権の蹂躙に属する犯罪と認定されたんだ。

 どうせ相手をさせるなら自分好みの、もしくは自分の欲する相手の顔形にしたくなるが、それはその人が手に入らないゆえの代償行為であり、その人の尊厳を貶めることと同じだ。不愉快な表現を許して欲しいが、マリア・ディーバの顔の人形が大量生産されて、寝台の上で好き勝手に道具として扱われることもありえる。まっとうな人であればぞっとする光景だな」


 さすがにぞっとしたのか、マリア・ディーバが身を振るわせたが、夫が肩を抱いたので寄り添った。不愉快な表現に使わせて貰って悪かったが、こうなるだろうなと思ったので、流してもらいたい。


「ベルタが怒り狂うくらいには、ぞっとするからな。鋼の女と呼ばれるようになった大暴れのうちの一つだな」


「鋼の女の顔で人形作って、性的虐待からあらゆる虐待行為して、弄んで楽しんでやるみたいなことを言われれば、切れてもいいと思うが。

 自分を模した人形で、それをやられて楽しい気分になる人はいないし、単なる人工物だから何をしてもいいという発想は、旧世界を崩壊に至らせた精神の荒廃に繋がる。

 安易な考えでいると危険だと知らしめるために旧世界管理局が旧世界事件記録を公開することもした。旧世界の事件記録は、社会に対する影響度が高いから開示されることは滅多にないんだが、さすがに200年も経てば知ってる人の方が少なくなるかもな」


「当時は大騒ぎになったんだがなぁ。まあ、知ってると馬鹿な真似するのが出てくるから、自然に忘れられて規制だけ残ってりゃいいくらいの考えだったか。だが、似たような事例がでてくる遺物映画は公開されたままだし、忘れられるってことは無いと思うんだがな。

 アリアも一緒に見たことあるだろ、別人の顔になれるゴムマスクってのをつけて変装して、敵地に潜入するやつな。びっくりしていたようだから、今の若い連中にそういう発想はないんだなと思ったが」


「あ、あれですね。はい。個人識別は腕輪の認証でされますから、別人の顔を張り付けただけで誤魔化せるのも驚きましたけど、人の顔はその人の個性の表現でしょう?自分でない偽物になるなんて、自分を裏切っているようで怖くないのかと思いましたわ。服装で装いを変えるくらいならともかく、何というのか、あれもぞっとする光景でした」


「捜査官の視点で言えば、一時的に別人の顔を張り付けて犯罪行為をして逃走した場合、顔を使われた別人が冤罪をかけられることもありえると思いますが、ユレスと博士の言い方ではもっと重大なことですよね?」


 新人捜査官は思考がどうも冤罪事件に行ってしまうようだな。冤罪捜査官の話をした後だから仕方ないかもしれないが。


「旧世界には、復古会が掲げていたような独自の理想や文化を持つ国がたくさんあったんだ。政治体制もそれぞれ独自のものだったが、ある一人の指導者の言うことにすべて従うような国もあった。その指導者の言うことは絶対だ。

 だが、それに従いたくない者もいるし、その絶対の指導者さえいなくなればいいと考える者も出て来る。当然指導者側も対策を考えるが、その一つが、その指導者の顔のゴムマスクをつけた護衛を用意することで、指導者本人だと思って、襲い掛かったとしても返り討ちにできるわけだな。

 それでその指導者が絶対の体制を維持できたかと言えばそうでもなく、その顔のゴムマスクさえつけていれば、指導者になりすますことができるという発想が出て来ると、ゴムマスクが増殖してあちこちに指導者が現れる。

 もはや秩序などあったものではなく、国は崩壊した。なお、本物の指導者は生きていたか死んでいたかすら分からなくなっていたようだ。一番恐ろしいのは、それでも割と長期間その国の体制が維持されたことだ。指導者と直接接することのないその国の住民は、指導者のゴムマスクであっても素直に従っていたらしい。

 声も違うし、体つきも違うし、ただ指導者の顔のゴムマスクだけで、首のところに継ぎ目が見えたとしても、何も考えず、ゴムマスクに歓声をあげて歓迎するという普通の人たちの反応が一番ぞっとする。

 人権倫理とか政治問題とか色々考えさせられる旧世界事件だが、人としてまともな思考や注意力があれば、ゴムマスクを指導者として仰いでついていくわけがないし、そういう状況が成立してしまった旧世界の普通の人たちの精神の荒廃具合が怖ろしいと思う」


「儂は旧世界人は正気なやつの方が少なかったから、旧世界は崩壊するしかなかったんだなと思ってるがな。何にせよ、実在する人の顔を模したもんを作ったら犯罪と世界崩壊に至る精神荒廃に繋がるってあたりが分かりやすい旧世界事件の情報が開示されたわけで、人形くらいと思っていた連中も震えあがって、人形規制の規定ができたってわけだ」


「震えあがらせて、厳しい規定にしたと言った方が正確だと思うが。実在の人の顔を模した仮面とかゴムマスクのようなものを作ってはいけないのはもちろん、芸術のための人形として作る場合であっても、規定サイズを超えてはならない。

 つまり、人と同じ大きさに作ってはいけないし、ろくでもない真似ができないくらいの大きさにしないとならない。だから、人と同じ大きさに作られた人形用パーツがあってはならないわけだ」


 箱の中におさめられているのは見るからに規定サイズを超えた、つまり人の大きさで作るためのものだ。


 アリアが箱の中を覗き込みながら言った。


「……そのあってはならないはずのパーツが、送られて来たわけですね。遺物のパーツが禁制品になるのは分かりますけれど、普通の人形のパーツでも規制されているからあってはいけないと……。もしかして、ここに送りつけて、禁制品を持っていると警備局に連絡して踏み込ませるような嫌がらせですかしら。どうしましょう、やはり受け取ってはいけなかったのですね」


「落とし物として届けられたり、儂あての特別便に紛れ込ませたりして送り付けられたわけだから、どんなに注意してもどうにもならんかった。

 気にする必要はないし、嫌がらせで送り付けられたと堂々と言ってやればいい。冤罪捜査官みたいのにあたると不愉快だろうが、だとしてもまっとうな警備局職員はいるからな。記録は残してあるから、踏み込まれたとしても説明しきれるつもりで、今まで置いておいた」


「オレとしてはさっさと警備局に投げておけと思うが、アレクに相談していたわけだしな。まあ、最初は様子見で良かったと思うが、次のが届いた頃合いでヨーカーン大劇場占拠事件か。これしきの嫌がらせのことより、アリアも人質になった大事件の方が優先だな」


「はい。私も早急に捜査課の誰かに相談したいとは思っていたのですが、ジェフ博士と姉の結婚のことも妊娠のことも大々的に公表しているわけでもなく、二人の結婚を契機に始まった嫌がらせであれば、それを知っているのは姉の身近な人たちになるので、あまり大事にしたくもないという状況で、誰に相談すればいいのか悩んでいました。

 ヨーカーン大劇場占拠事件もあったので、優先順位は切り替えるしかなく後回しにしていましたが、ようやく復古会の後始末も終わったと思ったら、最後に送られて来たのがこれです。さすがに放置はできません」


 最後のはなかなか衝撃的だからな。顔の半分が壊れた人形の頭。


「こういうのって、配達の際の危険物探知か何かで引っかからないか?形状が人の生首だと判定されると思うんだが」


「それがな、隣のポーラ女史が散歩中に預かったらしいんだ。相手は急いでいたらしく、呼び鈴押しても出てこないので頼めないかと言われたらしい。箱の方に注意が行って、どういう奴かは大して覚えていないそうだ」


 耳元で黒猫がにゃあと鳴いた。オレの頬を尻尾で撫でるように揺らしている。分かっている、変だな。


「ポーラ女史もとうとう呆けたか?噂話大好きで、この屋敷にいつ誰がどんな服装で訪ねて来たかも詳細に語りつくせるのに?」


「……やっぱ、ユレスも変だと思うか?儂は、ポーラ女史の嫌がらせかと思ってしまったんだが、こんな手の込んだ真似する意味と目的がさっぱりわからん。この人形の頭の口にだな、お前の男もこうしてやると書かれた紙を咥えさせていたあたり狂気を感じたが、噂話と醜聞は大好物のポーラ女史だが、狂気系凄みは欠けると思っていたのだがな」


「人は自分でも知らない一面を隠しているし、ふとしたはずみで出てくるものだ。警備局長ですら、博士に先を越されて置いて行かれた腹いせに、つい暴力行為に走ってしまったわけだし、美人の嫁を紹介されたポーラ女史もつい切れてしまったかもしれない。確か、あと少しで300年の間、浮いた話もない同志になるとか言ってなかったか?」


「それがベルタの殺意を掻き立てたのは分かったが、儂は失敗から学ぶ男だ。大体な、ポーラ女史に紹介したが最後、噂はあっという間に広がるぞ。ゆえに、儂の妻をまだ紹介しとらんから、殺意煽る心配はない」


「そうか、賢明だった……な?いや待て、紹介していないのか?」


 肩の上の黒猫がオレにすり寄ってにゃあと鳴いた瞬間、血の気が引いた。これ、結構まずい事態かもしれない。


「博士、今すぐ紹介しに行くぞ。オレも付き添って、確かに博士の嫁だと証言するから、今から行くぞ」


「……は?今からって、さすがに事前連絡くらいはせんと」


「押しかける。それしかない。いいか、緊急事態だ。オレに相談したわけだから、オレの言う通りにしろ。オレの想定が正しいのであれば、水面下でとんでもない事態が進行してるかもしれない。それが杞憂ならそれでいいんだ。だがな、下手したらポーラ女史には、博士の嫁は警備局長だと思われている」


「はあっ!?なんつー最悪の冗談だよ、まさかだよ、あってほしく無すぎて眩暈がしてきたぞ!?よし、行くか、そんなこと言われたら、確かめておかんと、恐怖で眠れなくなるに決まってる!」


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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