10 うぉうぉとにゃあ
興奮というより混乱状態の三人をミヤリが宥めて事情聴取し、マークの事情聴取報告書も出させて淡々と説明してくれた。
マークは分かっている限りの金色猿の生態と行動様式を参考にして罠を設置し、暗時間の間に捕獲を狙う予定だった。
暗時間は森の自然生物に配慮して、雨の森に客をご案内することはしていないし、聖堂遺跡や薬草園などに警備を配備するだけに留めているので、警戒している猿も自由に活動して罠にかかりやすいだろうという読みだ。
マークは薬草園近くの警備局詰所で待機していて、明時間になる前に各所に仕掛けた罠と檻を点検して回るべく出発した。
途中、森猿に挨拶して果物貰ったので齧りながら点検した以外に特別報告することは無かったが、遠目に見えた檻の中に金色猿でなく人の少女っぽいものが入っているのを見て、動揺して果物の種まで飲み込んでしまったそうだ。
マークの事情聴取報告書はそれくらいであったが、マークが罠に仕込んでいた映像記録から重大な情報が得られた。
罠が作動して麻酔針が使われた場合、自動的に罠にかかった自然動物の映像記録を取得するように設定されていたそうだ。
生体情報を監視する機能も備わっていて、かかった動物の生体反応に異常が生じたら即座にマークに伝達される仕様だ。
生体反応に異常はなかったのでマークのところに連絡は来なかったようだが、映像記録はしっかり残っていた。
マークとリマは事情聴取後に、罠に仕掛けておいた映像記録の解析をしたわけだが、すぐに混乱に突き落とされた。
そこにライルが来たので、三人で映像記録を見直して、自分たちの幻覚でないことを確認し合って、映像記録の解釈に悩んでいた。
ミヤリが三人に聞くより見た方が早いと映像記録を展開させたが、なかなか衝撃的な映像記録だ。
そこに映っていたのは、眠っている少女と、檻の隙間から腕を伸ばして少女を撫でる金色猿の姿だった。
猿は少女を優しく撫でながら、揺り起こすように、うぉうぉ叫んでいる。檻を開けてなんとか少女を助け出そうとしている様子も映っているし、少女に何かうぉうぉ呼びかけていたり、檻が開かないと分かるとうおーと泣くような声を上げていた。
なお、マークの判定によれば、映像に映った猿は金色猿で間違いないし、性別は女である。
猿語を翻訳できないが、誘拐されて檻に閉じ込められた子ドルフィーを前にした親ドルフィーのような様子はよく分かった。
大変に罪悪感を感じる映像であるし、マークも落ち込んだ声で言った。
「俺はまさか、子猿誘拐事件を起こしてしまったんじゃ」
「マーク、人の少女であることは確認されたから、子猿誘拐事件にはならないわ」
「ミヤちゃん、言い方!確かに子猿じゃないけど、ううぉっていうのは、その子の名前だと思うんだ。つまり猿のお母さんの養い子的なもんじゃないかな!?」
「姉ちゃん、うぉううぉうの方が名前だと思うっす!だって、揺さぶりながらそう呼んでいたっすよ!」
「落ち着け、冷静に情報を整理するのが捜査の基本だぞ」
混沌とした現場であるが、オレは現実逃避できずに立ち向かうしかなかった。
何故ならば、アレク監察官とガンド捜査官が、混乱するこの場を放置して、二人で果物ジュース作って配り歩いているからだ。
アレクが爽やかな笑顔でオレにジュースを渡して来たが、監察官も捜査官資格あるんだろ!?
「ユレス、言いたいことは分かった気がしますが、これは私の手には負えません。せめて助手として果実ジュースくらいは作らせていただきます」
「そうだね。僕もさすがにこれは無理だから頼んだよ、ユレス君。ドルフィーの子ども誘拐事件を鮮やかに解決したユレス君にならできる。親ドルフィーから事情聴取したみたいに、金色猿も頼むよ」
「今回は、親猿から子猿誘拐した立場なんだが!?」
「落ち着きなさいな、ユレスちゃん。ええ、落ち着くのよ。これは不幸な事故よ、そういうことにするの。ロージー、その子に解毒剤を打ってあげてちょうだい。あたくしたちはこれから果物ジュースでおもてなししつつ、少女から事情をお聞きするわ!」
「了解、マム」
アリスのクローンかもしれない疑惑が濃厚で、不審な点が多すぎる少女であるが、人道的観点と、何より映像記録の金色猿の様子からして、尋問はしづらい状況だ。
むしろ少女は誘拐被害者っぽい気もして来たので、オレたちは丁重かつ友好的に少女の目覚めを待ったが、ぼんやりと目を開けた少女は一瞬で状況を把握して、飛びあがってソファから逃れて部屋の隅に移動して威嚇するように叫んだ。
「うぉうっ!!」
少女以外の全員がオレを見たが、オレにどうしろと!?
相棒の子守猫を呼び出したら、やる気無い感じで立体映像を構成して、にゃあと鳴いた。
「う、うお?」
監視猫もオレに擦り寄りながらにゃあと鳴いたが、少女はそれを見て頷いて言った。
「にゃお」
何となく交流が成立したような気もするのだが、事態は何一つ進展しないどころか後退した。
まさかと思いたいが、人の言葉を話せないのだろうか。
話せないふりをして様子を窺っているのかもしれないが、そのためだとしても、ワトスンたちの、にゃあにゃあ鳴く声にいちいち回答しなくていいと思う。
皆の視線がオレに通訳してくれと言っているが、できるわけないだろ!
「ロージー、果物ジュースに睡眠薬入れろ」
「了解」
目の前でオレが不穏なことを言ったのに、少女は特に反応もせず、オレの言動を誤魔化すかのように、にゃあと鳴いた子守猫に頷きながら、うおおと答えていた。
オレの肩上にいる監視猫がにゃあにゃあ鳴いているおかげなのか、オレが果物ジュースを少女に差し出しても、警戒せずに受け取ってそのまま飲み干して、丸くなって眠った。
「……訳分からないな」
「ちょっと!あんたは何もかも分かってるようだったのに、まさかのそれなの!?アタシたち、さすが遺物管理局が誇る捜査官と思って、黙って見守っていたのに!」
「この事態が分かる方がおかしいことに気づけ!一度仕切り直さないと無理だと思って、睡眠薬盛ることにしたくらいに追い込まれたぞ」
「でも、さすがユレス君。人の言葉を理解しているかどうかの確認もしていたんだね?」
「私が見たところ、理解していなかったようですね。目の前で睡眠薬と言われて、ロージーが果物ジュースに何かを混ぜ込んだのも見ていましたが、全く警戒していませんでした。言葉が分からないふりをしていても、筋肉の緊張状態である程度判定できます」
「アレクさんの言う通り、ボクも注意して観察していたけど、その子の行動すべてに嘘は無かったと思うよ。最初は本気で警戒していて、その後、ワトスンたちの説得で警戒を解いた感じだね。ユレスさん、ワトスンはなんて言って説得したの?」
「ロージー、オレにそれが分かると思うな。ワトスンはにゃあしか言わない。つまり、ワトスンに説明しろと言っても、にゃあとしか言わないんだ」
子守猫はにゃあと鳴いて、腕輪に飛び込むようにして立体映像を消した。
ここまで読んでくれてありがとうございました。