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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第九章 獣姫と黒猫
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9 クローン


 オレの発言を聞いて、溜息をついたのはマムだった。


「ユレスちゃんに言わせちゃったわね。せめてクローンのことはあたくしが解説するわ。皆、これから子ども作ろうって子たちだから、あたくしも言いづらいんだけどね……」


 旧世界は行き詰っていた。


 結婚する人も減ったが、結婚して子作りをしようとしても子どもができなくなっていったのだ。子どもができないのにも様々な原因があり、旧世界の人はそれを技術で克服しようと研究も進めた。


 新たな人の体の基盤となる受精卵を人工的に成立させるのはまだましな方で、受精卵から遺伝情報を取り去って、代わりに自身の遺伝情報を導入して新たな人を発生させる技術もあった。

 そうして自分の子どもとして育てるだけでなく、自分の代替え品、機能不全になった肉体の予備として使うようなことまであったらしい。


 自分自身の遺伝情報を元にそっくり同じ人を複製した存在を、旧世界人はクローンと呼んだ。


 人権倫理が機能していないし、自然の在り方からかけ離れた不自然な行為である。旧世界が滅びるべくして滅びた崩壊要因の一つであるし、技術的には今の世界でも可能なのできつく情報制限されている。

 治療局と人権倫理委員会は、そういう研究をしようとする動きがあれば、すぐに規制してやめさせていた。


 <知識の蛇>はクローンの知識があるし、クローンを可能とする技術力もあるし、蛇の思想に従って規制など無視する。


 特別優秀な天才少女であったアリスの遺伝情報を保存して置いて、受精卵の遺伝情報と差し替えて、アリスのクローンとしての子どもを作ることは十分あり得る。

 イーディスも目の前の少女も、そうである可能性は高い。マムが何度も溜息をつきながらそう説明した。


「整形の可能性もあるけど、ユレスちゃんはクローンだと思ったのね?」


「骨格とか、体の各部の比率がアリスに類似している。整形だとそこまで似せられないだろ」


「んもう、色気皆無の言い方しないでよね。やろうと思えば全身整形はいけると思うけど、でもそうね、成熟期で成長中の子にそれは無理があったわ。アタシも整形よりはクローンの可能性が高いと思うわよ」


「ローゼスちゃん、一応整形のことも説明してあげてちょうだい」


「了解よ、マム」


 人の容貌はその人の精神体の表現だ。


 だからこの世界では、自分の顔を変えようとする行為は、自分に背く振る舞いだと考えられている。

 人の容貌は個人の自己表現だし、それぞれの美しさがあるし、尊重されるべきものだ。そうは言っても、アリアとアレク姉弟のように際立って美しい人たちもいるので、その容貌を羨ましく思う人もいるのだろうが。


 旧世界人は、美醜に強い拘りがあったようで、積極的に自分の顔を変える人もいた。顔の各部の形を変えるために、皮膚の下に詰め物をしたり、顔の骨を削ったりして整えることもしていて、整形と呼ばれる治療行為の範疇だったようだ。


 旧世界人はそうやって美しい顔を手に入れていたが、多くの人が美しいと認める顔はどうしても画一的なものになる。


 旧世界の映像記録で、似たような顔をした美少女歌手集団が人気だったのが分かる資料があるが、一見クローンかと思うくらいに同じ顔だった。

 整形していたかどうかは分からないが、今の世界を生きるオレたちの感覚からすると、美しいというよりはぞっとする光景だ。そこにその人らしさとか個性を感じることはできない。


 旧世界の犯罪者が、罪を逃れるために整形して顔を別人のものに変えることもあったし、国とか団体の指導者になりすますために整形して顔を変えた事例もあるので、オレとしては旧世界の整形治療は、胡散臭いものとか犯罪事件に関係するものという印象が強い。


 だが、クローンよりは、まだ受け入れられる。


 顔面に酷い怪我を負ったときに整形治療をして整えることで、自信と尊厳を取り戻すこともあるからだ。

 酷い状態の顔になったときに精神に深い傷を負うのは、今の世界の人でも同じだ。ローゼスの話を聞いてロージーが頷いた。


「そう言えば、修復治療には、旧世界の技術が使われてるって聞いたことあるけど、整形のことだったのかな」


「かもしれないわね。旧世界の技術だと、完全に綺麗にすることはできなかったみたいだけど、今の世界だと時間をかければ綺麗に治せるのは幸いよねぇ」


 ヒミコとリリアのことを想っているのか、ローゼスがしみじみと言った。


「あたくし、傷はそれはそれで味があっていいと思うけどね。旧世界では男の傷は勲章!って言い方してたけれど、あたくし、その美学は分かるの」


「ボクも分かる気がするよ。ユーリ捜査官は頬から首にかけて傷が残ったままだけど、<知識の蛇>との激闘の最中についた傷って聞いたよ。ああいうのってかっこいいよね」


「祖父さんは傷を残しておきたがる特殊性癖かもしれない。祖母さんにつけられた傷も残しておきたかったと言っていたし。人に迷惑かけない性癖だから、別にいいんだが」


「……」


「……あのね、ユレスちゃん。あたくし、それ、ちょっと違うと思うのよ。んもう、ローゼスちゃん、この子どうなってるの!」


「総力を挙げて指導中としか言えないけど、アタシ、親友のために弁護せざるを得ないわ!周囲に変態性癖が多すぎるから、そういうものだと思って納得して流しちゃうのよ!だって、悩み始めたら深淵すぎて頭がおかしくなるわ」


「個人的趣味の範疇と納得すべきか、性癖として流すのか、なかなか難しい問題ですね。私は傷跡くらいであれば、性癖でなく趣味でいいと思います。性癖であっても個人の自由が認められます、ただし、犯罪に至らなければ」


「なんか、気遣って貰って悪いな、ミヤリ」


「やだわ、あたくし、ミヤリちゃんも今から指導しないとまずいことになりそうな予感がひしひしとしているわ!」


「頼んだよ、マム。僕はさすがにそっちまでは指導できないから。ところで、ロージー。その子の麻酔はどれくらいで切れるのかな」


「解毒しなければ半日はいけるけど、解毒するならすぐ起こせるよ。少し栄養失調気味だから、食事をさせたいところだね。ただ、クローンだとしたら、<知識の蛇>の関係者かもってことだよね?ユレスさんを昏睡させたイーディスって子と同じなら、このまま眠っていてもらった方がいいのかな。取りあえず栄養剤打っておけばいいし」


「どうしようかしら。人道的にはすぐに解毒してお食事させてあげたいけど、危ない子だと困るわよね。取りあえずマークの事情聴取結果を聞いてから考えるわ。あっちはどうなったのかしら」


「リマに確認してみます。……何やら助けを求めていますね、ユレス捜査官に」


「……なんで、オレ?」


 取りあえず、全員こちらに呼びなさいとマムが仕切ったが、やって来たマークとライルとリマが口々に訴えて来た。


「ユレスさん、俺はドルフィー語はある程度分かっても、猿語までは無理です!」


「マークさん、そもそも、うぉうぉって猿語なんすか!?ユレス捜査官、どう思います!?俺、にゃあは猫語だと思うっすけど!」


「ライル、にゃあは世界共通言語だってミヤちゃんが言ってたの忘れたの!?つまり、にゃあなら通訳できるんですよね、ユレスさん!」


 ミヤリ、通訳してくれ。

 オレの視線にミヤリ捜査官が冷静に頷いた。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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