6 冤罪捜査官
<菩提樹>での会合の五日後、アーデル捜査官は旧世界管理局に警備局長の任務としてやってきて、オレにアリス事件の詳細記録の閲覧許可が出たと告げた。
嫌味の一つも出てこないくらいに精神的に滅多打ちにされていた様子で、警備局長が多大な恩を売りつけた挙句に、最後の指導的なことをしたのは理解した。それを生かせるかどうかは当人次第だが。
オレも約束通り、選考委員長が内通者で、復古会と通じていることを簡潔にまとめた報告書を渡して取引完了したが、それを見た瞬間に挨拶もなく振り返りもせず去って行ったので、関係改善は絶望的としか言えない。
アーデル捜査官はすぐに選考委員長を捕縛する手配をしようと思ったのだろうが、その時点で後手に回っている。
先払いした人々、特にアレク班長には詳細を解説しているし、警備局長に報告するのも織り込み済みなので、すでに二人が動き出してから五日は経っているという状況だ。追いつけるものではない。
ほどなくして、時事情報放送で英雄がまた大手柄をあげたことが公表された。
選考委員長が復古会に内通して手引きし、準備していたこと、それに不幸な偶然も重なって、ホールが完全封鎖という大事件に至ってしまったことが公表されたので、アーデル捜査官の妹のリリアが内通者である疑いを晴らす目的は十分達成されたのではないかと思う。
選考委員長は復古会の副会長と通じていた。
選考委員長は花王役の選考基準の決定権があることをいいことに、候補者たちに性的関係を迫っていて、副会長にその証拠を握られて脅されて従ったと公表されたが、数日後に祖父さんの療養室で会った警備局長が言うには、マリア・ディーバ狙いと英雄願望もあったらしい。
欲張った男は駄目だねと警備局長が言ったが、選考委員長は花王役の候補者のうち10人に手を出していた挙句に、復古会副会長にそれを本命のマリア・ディーバにばらすぞと脅されたり、いい恰好して見せれば靡かない女を落せるかもと言葉巧みにそそのかされたそうだ。
復古会の過激派を煽ったのも副会長で、警備局長は天性の煽り屋で犯罪教唆の才能があると評価していた。
それで、これ以上野放しにできないと判断して、警備局特務課を動かして、社会に重大な影響を与える悪質な政治活動として、復古会に強制捜査を入れることにした。
ヨーカーン大劇場占拠事件の英雄であり、復古会過激派を制圧したアレク班長が、事件の黒幕の疑いありとして復古会に踏み込むのであれば人々の支持が得やすいと読んだ警備局長の予想通り、非難よりも称賛の声が圧倒的だった。
アレク班長は再び話題の人となったので大変忙しかっただろうに、世界管理機構に褒賞としてアリス・ノートを要求したことから、その後の経過まで、まめに連絡を寄越して来た。
十日前くらい前に<菩提樹>で会ったが、アリス・ノートが渡されるのは祝花祭が終わった後になりそうだと、待たせることを謝罪されたが、そこまで頑張る必要はないのだが。
あのときアレク班長は職務中に立ち寄ったので、長話せずに切り上げたが、アーデル捜査官の話もしなかったし、ジェフ博士の話もしなかった。
ただ、姉は無事です、ありがとうと言われた。他にも何か言いたげだったが、姉を紹介するとでも言いかけていたのかもしれない。だが、それは夫の役目だと思って、遺跡調査から戻ってきたジェフ博士に譲ったのかもな。
アレク班長は姉が関わる件で捜査官に相談したいことがあると言っていたが、ジェフ博士が姉の夫であるならば、捜査官に相談する役目もジェフ博士がすべきものだろう。
博士の場合、相談する捜査官が誰かと言えば、オレになるが。冤罪捜査官に博士が相談することはないので、博士がオレを屋敷に連れて来たのは相談したいためだと思って自分から話を振った。
名前は呼ばなかったのに冤罪捜査官と聞いて、腕輪のワトスンが威嚇の姿勢を取った後で腕輪に飛び込んで立体映像を消して、監視猫が膝の上で不機嫌そうにそっぽ向いた。
「ワトスンはアーデル捜査官が嫌いなのですね」
「AIに感情は無いが、学習機能はある。アーデル捜査官は、オレを特別隔離房に入れるにあたって、監視役としてオレから離れてはいけない監視猫も引きはがそうとしたんだよ。
監視役を強制的に排除してオレが罰則に問われることでも期待したのかもしれないが、旧世界管理局職員から監視役を引きはがした場合、引きはがした者はさらに重い罰則規定の対象となるから、アーデル捜査官の自爆でしかないんだが。
そういう場合の対抗手段行使の許可も監視猫に組み込まれているから、捜査官による暴行の証拠となる映像記録も取られたし、正当防衛で反撃喰らって引っかかれた場面もしっかり映っていた。
警備局の警備も見ていたが、何をどう言われても事実しか証言できないし、暴行したのは捜査官側としか言えないと証言してくれたので、罵倒しつつもアーデル捜査官は引いた。そういう経緯があるので、ワトスンは冤罪捜査官が嫌いだ」
「あの野郎、本当にろくでもないよな。ベルタの奴、あえて泳がせてるとか言っていたが、警備局長として見過ごしていいわけあるか」
「見過ごすおつもりもなく、とうとう処断されました。この前ユレスと<菩提樹>でお会いしたときには決定済みでしたが、昨日、アーデルは捜査官資格をはく奪されて、特別隔離所に配属されることになりました。刑務官でも監督官でもなく、単なる雑用奉仕担当で、世界管理局の強制職務です」
オレが特別隔離房に入れられたときは博士も抗議しに来てくれたし、オレとアーデルの間に何があったかもよく分かっているので、大変気に喰わないという顔で鼻を鳴らした。
「儂としちゃ、特別隔離所に入れられたんじゃなくて、配属ってあたりに疑義申し立てしたいくらいだがな」
「困ったことに、ユレスを含めた旧世界管理局の方たち相手の態度は最悪でしたが、それ以外の方たちには優秀で親身になってくれる捜査官として高評価でしたので、警備局長も対応に苦慮していたそうです。
私も<菩提樹>で話を聞く前、いえ、その前に警備局長に直談判しているところを見るまでは、真面目で優秀な捜査官としか思っていませんでしたから、見る目が無いと言われればその通りです。
もしかして、ユレスは警備局長の計画を知っていて協力したのですか?復古会が過激派を排除するために画策したように、上手く理由をつけねば切り離せない人を切り離すために、あえて問題行動をさせたと?」
「警備局長は煽ったりはせず、放置していただけだ。オレには、アーデル捜査官が何をやらかそうが、自分が強権使ってでも介入するから気が向いたら協力してくれと告げていた。だから、ローゼスはあえて挑発して煽ったとも言える。
占拠事件にリリアが巻き込まれたなら、アーデル捜査官は冷静で理性的な行動をとるどころか、なりふり構わず、誰も庇えないようなことをしてでもオレに事件を解決させるだろうから、いい機会だな。警備局長は、事件もアーデル捜査官もまとめて片づける気だとは察していたが、そこは警備局長の職分だしオレが口出す話でもない」
「主に被害を被っているのは、あなただと思いますが?ユレスとローゼスがリリアの偽証によって冤罪をかけられた事件について、詳細を開示していただきましたが、酷い冤罪事件です。
当時のリリアは14歳だったとはいえ、十分に思考能力があったはずですし、だからこそ証言として扱われたのでしょうが、自分が重要な証言者として注目を集めたいがために無実の人に罪をかぶせる証言をしたあたり、精神異常を疑うべきだと思いました」
話題になったし、アレク班長は冤罪事件の報告書を確認するだろうとは思っていたが、積極的にお勧めできなかった。
オレとローゼスは冤罪かけられた被害者と言ってもいいが、色々と誤魔化すために捜査協力者ということにもなったので、報告書も読んだし作成の手伝いまでさせられたが、読むだけで頭がおかしくなりそうな出来栄えだったし。
「あの事件の報告書を読んだのか。頭がおかしくなるからやめた方がいいと思って冤罪事件の話はしなかったんだが、リリアの偽証はなかなかうまくできていたから、信じた人も割と多かったのだろうな。
オレとローゼスはむしろ笑いたいのを堪えていた。遺物映画の台詞をそのまま言うものではないな。しかも、寂しくて人々の注意を惹きたいがために嘘をつくヒロインの映画だぞ?嘘はいけないという教訓を伝えたい映画であると判断されて公開対象になったが、その趣旨はまったく理解されず、注目を集める手法の参考に使うとはな。
報告書を読んだなら分かるだろうが、14歳だからまだ分別がついておらず、遺物映画に多大に影響を受けて映画の台詞を言ってしまったんだ、つまり遺物が悪いとアーデル捜査官が言い張って、偽称したリリアはお咎めなしになった。
その経験があったので、オレとローゼスには、占拠事件のときのリリアはまた同じことをしていると分かりやすかったし、内通者ではないことは確信していたくらいだ。
リリアの思惑としては、花王役に選ばれるのはヒロインだから、ヒロイン的行動をして悲鳴でもあげれば皆が駆けつけてきて優しくしてくれて、花王役に選ばれると思ってやったのではないか?あほらしすぎてその顛末も知りたくなかったので、あえて何も言わなかったが」
「そこまでお見通しでしたか。アーデルは本当の内通者が捕まった後、リリアが内通者とされた冤罪が晴れたと周知を図りつつ冤罪をかけたと責めて回っていましたので、警備局長の指示で私が報告書を作成して、リリアが過去に虚偽証言をして冤罪をかけた顛末についても、警備局全体に周知しました。
リリアがヨーカーン大劇場で取った行動は、過去に冤罪かけたときと同じことをもくろんだがための迷惑行為であり、内通してのことではないと証明するためでしたが、激怒したアーデル捜査官が駈け込んできて殴りかかってきたので、捕縛して適正な処罰を受けていただくことになった次第です。
身内のために捜査官権限を悪用した以上、捜査官資格はく奪も当然のことです。リリアは迷惑行為を繰り返したのに加えて、精神異常が疑われるとして、治療局監督の更生隔離所への入所が決定しました」
今後冤罪兄妹がどうなるか分からないが、関係改善の期待は持てそうにないな。取りあえず、ばばあは満足していそうだが。
「警備局長の思惑通りにいって、今頃祝杯あげてそうだな。ボーディも愚痴でないなら歓迎するだろ。今後はどうなるか分からないが」
「今後のことについて、一つだけ報告があります。私は働きすぎたようで、特務課長に推薦されてしまったので、辞退して捜査課への移動希望を出しました。ちょうど捜査官の枠に空きがありましたので、捜査課も歓迎して受け入れてくださるそうです。猛勉強した甲斐があって、捜査官試験にも通りましたので」
膝の上の黒猫が肩に飛び乗って、にゃあと鳴いた。
「歓迎してくれるのですか、ワトスン」
「違う。何故?と聞いている」
「警備局長の特命もありますが、私の選択です。特務課の仕事と言えば、大体が事件が起こってしまったあとの強行解決です。犠牲なしという結末はほとんどありません。ヨーカーン大劇場占拠事件のときも特務課が強行突入準備をしていましたが、かなりの犠牲者が出る試算でした。
それが、警備局長の采配で優秀な捜査官である黒猫さんが協力してくれたので、ほぼ無傷で事件解決に至ったわけです。心から感謝を。それから、一部ろくでもない冤罪捜査官がいたとはいえ、その職分には敬意をもつに至ったからというのが理由では納得できませんか?」
「個人の選択だし、オレが口出すつもりもないが、黒猫さんは怠惰な猫だから、見習うな」
「どっちのことを言ってるんだ。ま、ユレスもワトスンも怠惰な猫だが。ところで、不愉快な奴の話は終わったことだし、酒でも飲まんか。儂の秘蔵の逸品を出してやる、冤罪捜査官がいなくなった祝杯だ」
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