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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第九章 獣姫と黒猫
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8 謎の少女


 オレの知らないところでひどい誤解をされているし、混乱した事態になっているので、これ以上いらないと思って眠った翌朝、事態はさらに混乱した。


 ミヤリが動揺してオレを起こしに来たが、マークがほぼ全裸の美少女を檻で捕獲したそうだ。さすがに耳を疑ったが、マークのことは疑わなかった。


「落ち着け、ミヤリ。子どもドルフィーならともかく、人の少女が相手なら間違いは起こっていないと信じていい」


「……言われてみればそうですね。私としたことが、取り乱してしまいました」


 だが、問題の少女がいる部屋に入ったとき、オレも動揺した。いや、混乱したと言った方が正しい。


 顔が、アリスだ。


 成熟期に入って数年の少女の顔なので、アリスというよりイーディスかもしれないが、とにかく、アリスとイーディスと同じ顔だ。

 マムに呼ばれてやってきたアレクもそう証言した。休暇のはずだが、イーディスを直接見ているので協力を依頼されたそうだ。


 ローゼスとロージーもいるが、秘密を守れる治療官としてロージーが協力を依頼されたので、ローゼスもくっついて来たらしい。

 他は捜査のためにやって来たガンド捜査官とミヤリ捜査官、雨の森支配人であるマムが揃っているが、肝心のマークは別室でリマから事情聴取を受けていて、ライルもそっちについている。


「あたくし、マークの潔白を信じているし、名誉も守ってあげないといけないと思うの。マークはこの子を発見したときに即座に警備局のリマちゃんに来てもらったし、後から色々突っ込まれないために、取りあえずリマちゃんにマークの事情聴取もしてもらっているわけよ。でもね、さすがのあたくしも訳が分からな過ぎて動揺しちゃって、皆を緊急招集したわけ。ユレスちゃん、出番よ!」


「……訳の分からない事態だと、取りあえずオレに投げるのはどうかと思う。マークの事情聴取結果を聞いてからだろ。まずはマムが知ってることを話してくれ」

 

 少女は昏睡しているから事情聴取はできない。昏睡と言っても、自然動物用の麻酔薬で昏倒しているだけだが。いや、それはそれで事件だが。


 マムが把握しているところによれば、マムと一緒に罠とか檻を設置したマークは、明時間になる前に一人で見回りに行くことになっていた。

 雨の森の生物たちの生活を可能な限り邪魔しないようにするためである。自然環境課職員として、自然の生物の動向を潜んで観察する技能を身に着けたマークにはそれができるが、マムはそこまで擬態はできないそうだ。


 警備局特務課のリマはマークと交流を重ねた結果、かなりの実力を身に着けているそうで、マークから緊急連絡があった場合は急行できるよう待機していた。


 だからマークは、檻の罠にかかっているのを発見して即座にリマを呼んだし、現場周辺の映像記録を撮りつつその場で待機して、檻にも近づかなかった。

 現場に急行したリマも、足跡の状況からしてマークが檻に近づいていないことを確認している。


 猿が罠にかかっていた場合、一人で対応しようとして取り逃がさないよう応援が来てから動くことになっていたようだが、さすがのマークも困惑して動けなかったのかもしれない。

 急行して来たリマも到着した段階で、即座にマムに緊急連絡して来てもらうくらいの異常事態だったわけだしな。


 何故なら、檻の中には猿では無くほとんど全裸の人の少女がいて、罠に仕込まれていた麻酔薬で昏倒していたからだ。緊急連絡を受けたマムは、まさかと思いつつ駆けつけたが、更に困惑した。


 少女の顔を一目見て、遺物管理局の手配情報で回って来たイーディスそっくりであることに気づいたからだ。


 雨の森の支配人として、マムは職員の顔も来客者の顔もすべて覚えている。相棒のAIが覚えていると言ってもいいのだが、人との交流が大好きなマムは、人の顔を覚えることも得意と言っていたことがある。


 だから、見た瞬間、来客でも職員でもないし、特級危険物の天使型人工物と共に行方不明中のイーディスと判定したので、最大限の警戒をした。


 それで、少女を持参した袋に入れて担いで戻って来て、リマにマークの事情聴取を任せて、自分は少女がまとっていたというより、張り付いていただけの服をはぎ取って、身体検査をした。

 そこでようやく10年前のイーディスとそっくりであるが、10年も経てばイーディスは大人の女になっているはずと気づいたくらいには動揺していたそうだ。


 マムはイーディスではないかもしれないと思ったが、顔はそっくりである。訳の分からない状況に、イーディスを直接見たことがあるアレク監察官に協力を要請しつつ、イーディスが何らかの薬か成長の不具合で10年前の姿である可能性も考えて、治療官であるロージーにも協力を依頼した。


 少女のことは身体検査しつつ丸洗いして服を着せたが、伸ばしっぱなしの長い金髪がねじれて固まって尻尾のように見えないことも無いが、尻尾は無いことは確認済みである。

 ついでに言えば、身元が分かるようなものは何一つとして持っていなかった。


 少女の診察をしていたロージーも頷いて言った。


「うん、人の形をしているし、尻尾は無いね。それから骨と歯の痕跡からして、生まれてから15年程度だと考えていいかな。女の子として成熟しつつあるけど、発達が止まった形跡もないよ。イーディスはすでに成熟している頃合いだろうから、この子はイーディスではないけど、ローゼスが見せてくれた似顔絵に顔そっくりだね」


「はい、私は直接見ましたが、顔はそっくりです。より正確に言えば、イーディスはアリス事件で自殺したアリスにそっくりですし、この子もアリスにそっくりだと言った方がいいと思いますが。イーディスについて、マリナ区長が知っている限りの情報を寄越してきましたが、知らない人もいるので、説明します」


 イーディスは、ドクター・マッドが自分が育てていると言って、血族会合に紹介した子どもだ。

 アリスにそっくりだったので血族会合は驚いたが、誰もが見た瞬間に偽物だと分かった。アレクもイーディスを見た瞬間に分かったそうだが、イーディスは血族ではないらしい。


 自殺したアリスの遺体は、血族会合が手を回して引き取っていた。女王の証としてアリスが持っていた支配の王冠を、アリスの額から回収するためでもある。


 だが、支配の王冠はアリスに食い込んでいて外れなかった。

 女王の遺体を損壊することを躊躇った血族は、ドクター・マッドに支配の王冠を傷つけずに剥がしてくれるよう依頼したが、ドクター・マッドでも手に負えず、アリスの頭を切り離して処置して丸ごと保管することになった。


 その状態でも、血族が支配の王冠を使おうとすれば使えることは確認されたが、本来は額に填めて集中して使用するものなので、威力は各段に落ちるそうだ。

 だが、イーディスは支配の王冠を使って、その場で血族の一人を眠らせて支配の王冠を使えることを証明した。


 血族では無いが、血族にしか使えない支配の王冠を使えることで、血族会合も混乱した。

 ただ、イーディスが支配の王冠を使用した後、顔中から血を噴き出して昏倒したことから、正当な使用者として認められていないとも解釈された。


 ドクター・マッドはまだ未熟な子どもだから体が耐えきれなかったのだと主張したが、イーディスの脳機能はぼろぼろになっていて、数月の間意識不明だった。


 イーディスは<知識の蛇>が何らかの人体実験をして、アリスの顔に似せて作った紛い物というのが血族の認識である。


 だが、アリスそっくりで支配の王冠を使用できることに価値を見出した数人の血族は、イーディスを次の女王だと持ち上げ始めた。イーディスと言うより、イーディスにパパと呼ばれて慕われているドクター・マッドへの配慮だ。

 理想の王国を設立するためには、<知識の蛇>と、その中でも特に優秀で計画立案と実行力に秀でたドクター・マッドの協力はどうしても必要だったのだ。


 だから血族会合はイーディスを偽物と認識しつつ、血族会合に出入りすることを許していたが、大半の血族はまともに相手をしていなかったので大した情報が無かった。


 イーディスは出生登録もされていなかったようで、イーディスという子がいたことは確かだが、得られた情報は少ない。


 目の前の少女も似たような状況である可能性が高い気がしてきたし、嫌な推測をしてしまった。

 遺物管理局の面々は全員その可能性に気づいていそうだが、アリスの話になったこともあってオレを気遣っているのか、誰も発言しないのでオレが言うことにした。


「アリス・クローンの可能性があるな」


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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