6 突然の休暇客
遺物管理局用の宿泊区画から一番近い大ラウンジに行ったら、華やかな感じに盛り上がっていた。
ローゼスはともかく、オレには馴染めない環境だと思っていたら、そこにいたのはローゼスだったし、ロージーとアレクまでいる。
咄嗟に撤退しようとして何とか踏みとどまったが、アレクは目ざとく見ていたらしく、怖い笑顔で近づいてきた。
何なんだ一体!?
ガンド捜査官はオレをあっさり引き渡して、警備局と打ち合わせをしないとと言って逃げて行った。
アレクが、オレを捕縛しているのにそう見せない高度な技法で食事の席に連れて行ったが、そこに至るまでの間にあちこちで眠り姫とか言われているのが聞こえた。
ローゼスとロージーが一緒に来たのは幸いだが、オレに助言するという取引をしたからには、事前連絡は入れるべきだと思う!
食事の席について防音装置を起動したら、ローゼスがさっそく言い訳し始めた。
「ええ、分かってる、説明するから、そんな顔しないのよ。これはね、マムの指示なの。アタシ、マムにはちゃんと連絡しておいたけど、ユレスちゃんは女の子らしさを身につけないといけないから、お仕置き指導するわ!ですって。つまり油断していつも通りに振る舞っていると、背後からアレク監察官が忍び寄って来ることになるの」
「それ、指導なのか?襲撃事件だろ!」
「危機の中でこそ互いを意識してしまう法則ってやつよ。アタシ、危機的事態を協力して乗り越えるからこそ仲が深まるのであって、背後から襲われたら逆に溝が深まるわって伝えたのよ?でもマムったら、ユレスとアレク監察官はいつも事件で御一緒してるし、だから新鮮味がないんじゃないかしらって意見なの」
「新鮮味とかいらない……」
「私としては、ユレスと普通の日常をご一緒する方が新鮮なのですが、ようやく新王国自治区のことが片付いてのんびりできると思ったら、雨の森リゾートで緊急の合同捜査任務が入ったのは酷いです」
「そうよ!アタシを置いて行こうだなんて、酷すぎるわ!だから、アタシ、ご案内のお仕事をすることにしてこっちに来ることにしたの。案内人が増えればお客も増やせるから、アレク監察官も休暇でこっちに来ることになったのよね」
「ついでにボクもね。酷いんだよ、ローゼスはボクが迫ろうとするのを回避するために、アレク監察官と二人で休暇楽しもうとするなんて」
「事態が錯綜しているが、経緯は分かった。そんなことより、姫様のために、仕事はきっちり終わらせてきたんだろうな?」
「あんたも錯綜してるでしょ!」
ローゼスとロージーが兄弟でないという衝撃の事実が明かされた日、ヨーカーン大劇場殺人未遂事件が無事に解決した日ともなったらしいが、オレがさっさと寝てしまった後、アレクは呼び出されて仕事しに行った。
荷物を取りに行ったローゼスたちがアレクの家にすぐに来なかったのは、荷造りに手間取ったのではなく、あちこちから連絡が来てその対応に忙しかったからだそうだ。
監視猫にじゃれつかれて起こされたオレに、ローゼスが怒涛の如く語ってきたが、お疲れ様としか言えない。
ヨーカーン大劇場で発生した事件の件では、警備局も治療局も本当に困っていたようで、徹夜で実験したり検証して、事件の全容を再現した映像記録まで作っていた。
人間の顔っぽいものをつけたヒミコの身代わりの袋が、ガラスの棺の代わりに用意した箱に叩きつけられた様子とか、そのまま跳ね返って、舞台袖に飛んで行ってどさりと落ちた映像記録を見せられたが、推測したオレが言うのもなんだが、本当にそうなるんだなと少し感心したぞ。
説得力があり過ぎる映像記録のおかげで、ヒミコの父親もアーデルも即座に納得したらしい。そして意外なことに即座に和解した。
その頃には、医療室長の妻であるマキナが調査して、医療室に重傷者が運び込まれて<知識の蛇>の研究者が新しい治療法を試そうと押しかけて来たどさくさに紛れて、リリアが規制されている睡眠薬を持ち出した証拠をきっちり揃えて提出していたそうだ。
完全に窃盗だし、規制されている睡眠薬を隠匿して何らかの不正使用を企んだとしか解釈できない状況だ。
結果的に、マリナ区長の秘書官であるシリスが昏睡状態に陥ったこともあり、リリアは迷惑行為ではすまない犯罪者として扱われることになる。
ヒミコの方も、リリアに危害を加えるつもりで行動したことは確定だ。
そうでなければキャットウォークに登って不審な行動をする理由が無い。結果的に自爆したが、目的どおりにリリアに大怪我をさせたこともあって、迷惑行為ではなく犯罪者として扱われる。
ヒミコに実験映像記録を見せたら、観念して認めたそうだ。
ただし、反省してのことではなく、少し驚かせてやろうとしたが、リリアが勝手に照明を消すよう指示したから自分は足を踏み外した、リリアが自分を殺そうとしたと主張するためだ。
理不尽な言いがかりでもあるが、リリアの側にも実験映像記録を見せて、照明を消して自傷行為をするつもりだったのではと聞いたところ、自分を傷つけるような真似はしない、むかつくヒミコに刃物を投げつけるつもりだったけど、いなかったからやめたと素直に証言してしまった状況であり、さすがのアーデルもリリアの音声記録を聞かされて青ざめて言葉を飲み込んだそうだ。
ヒミコとリリアの取り繕いようもない証言は身内を追い詰め、医療室長とアーデルは同じ苦境に置かれたものどうし、互いを労わり合っていがみ合いは終わりにして、騒動の元凶を隔離することで合意に至った。
おそらくその陰で姫様の采配か、アレクの暗躍もあったものと思われるが、平和的に決着したのであれば、オレは何も言わない。
事件が解決したことになって、新世界推進機構は厄介事の塊であるヒミコとリリアは即座に新王国自治区に返した。
現場にいた他の新王国自治区の住民は、証言を取った後ですぐに返していたので、残っているのは昏睡したシリスだけとなった。
予定もやるべきこともたくさんあったので、ロージーはシリスの治療に尽力し、思ったより早く解毒も終わってシリスも目覚めた。
目覚めたシリスとローゼスの対面は感動というほどでもなく、ローゼスがお見舞いとして持っていったドルフィー型人形の可愛さで盛り上がってきゃっきゃっしていただけのようだ。
ロージーの感想としては、複雑な気分になるくらい兄妹で趣味が一緒らしい。互いに一目でお互いを受け入れたのもあって、ロージーとシリスが取り換えられた証明とか出生登録の変更手続きもすんなり進んだ。
問題と言えば二人が住む場所が新世界推進機構と新王国自治区に別れているので両方で調整が必要だったことだ。
だが、二人のために自治区と新世界推進機構が共同で迅速に手続きを終わらせたことを示すいい機会になるので、昨日から関係者たちは、時事情報放送の取材を受けつつ、手続きを終了させて美談を語って来たわけだ。
無事にいい感じに終わったと聞いて安心した。
苦労している姫様のために頑張って来いと言って三人を見送ったわけだが、仕事が終わったあと、すぐに休暇に入るくらいには上手く行ったのだと思っておく。
ロージーは根回し済みでもめんどくさかったと感想を言ったが。
「誰か文句言う奴でもいたのか?」
「いないし、言えるわけがないって。ただ、ボクを新王国自治区に勧誘しようとする奴らが鬱陶しかっただけ。新王国自治区への移住者は少しづつ増えてるけど、当初期待したほどじゃないし、海浜自治区への移住者の方が増えてるから焦ってるみたいだね」
「そうですね。海浜自治区は新世界推進機構の後押しを受けて設置されたようなものですし、世界管理機構に宣戦布告して来た新王国が元になった新王国自治区とは立ち位置からして違います。新王国自治区は、新世界推進機構と良好な関係を維持するために、多大な努力をする必要があります」
ここまで読んでくれてありがとうございました。