5 役割分担
天使型人工物は旧世界の技術の結晶であり、旧世界では最先端だったはずの電磁浮揚技術まで組み込まれていて、今の世界でも飛行を可能とする。
新世界推進機構の主要施設は、上空からの襲撃を受けても防衛機能が展開するようになっているが、それを生活区すべてに展開するのは不可能だ。
10年前に天使型人工物が堂々と舞い降りて来たことは、火宴祭のイベント開催中の野外広場からも目撃されていたので、旧世界管理局も旧世界の特級危険物だと公表して説明した。
大変危険なので見かけたらすぐに警備局か旧世界管理局に通報するよう時事情報放送でも周知を図ったし、そのついでというか、そちらが主目的かもしれないが、火宴祭を襲撃してきた天使型とイーディスの情報を集めようとしたようだが、手掛かりが掴めずにいた。
飛行して逃走されると痕跡も追いづらいから、簡単に情報が得られるものでもない。
それから、一般に広く周知を図ったし、遺物管理局の新人教育でも天使型人工物について詳しく教えているそうだが、天使型人工物は対応手段が限定されるのは10年前と変わらない。
「天使型人工物が出て来たらオレが相手するから、即座に連絡入れろ」
「また昏睡されても困るけど、結局それが最善なんだよね。お願いするよ、ユレス君。ライルがえーって顔してるから解説するけど、ユレス君の相棒のAIワトスンは危険物相手ほど強いんだ。何をどうやってるのかいまいちわからないけど、ふしゃーって制圧しちゃうから」
「擬音語で説明されても、混乱するだけだと思う」
「ワトスンはにゃあで平和維持活動もできますから、分かります」
「そうっすね、俺もにゃあならわかるっす。ふしゃーの方は、あれっすよね、地下倉庫で危険な兵器型の判定の時に毛玉っぽくなっていた?」
「そうだよ。あの毛玉度で危険度が分かるんだよ。相手が拘束されてるとふしゃーだけで済むけど、相手が動き回れる状態だと、マスターのユレス君を守るためにワトスンは自律行動するんだ。時間的余裕があるときは、周囲にいるAIにマスターを助けてと訴えに来るから、相棒がワトスンから訴えられたって教えてくれたら状況把握して助けに行く流れかな」
「天使型の場合、オレが呼ぶまでは来ない方が賢明だ。天使型が厄介なのは、躊躇いなく精神干渉をしかけて来るからだ。対応できるAIが相棒であるか、精神干渉を阻害できる遺物を持ってない限り、近づかない方がいい」
「はい。私の相棒はいけますが、ライルはまだやめておきなさい。ガンド捜査官もできればその方が」
「そうなんだよね。先輩としての意地を見せたいところだけど、不意打ちされると、僕だと対応が間に合わなかったりするから、素直に頼むよ。動物型のAIはマスターに警告するのと同時に効果を打ち消す行動もとれるけど、人型AIの場合って、あくまでもマスターの指示があってからになるんだよね」
「ワトスンは緊急事態でなくてもオレの指示も聞かずに勝手に行動するが、そのおかげで、オレが気づいていなくても即座に干渉を打ち消す。オレはワトスンがやった後で気づくくらいだ」
「子守猫は職務熱心だからね。でも直接的な暴力はどうにもできないから、ユレス君は必ず警備局の人と一緒に行動するように。いや、万が一の事態に備えて、ここで待機してくれた方がいいか。
今後の予定としては、もう暗時間だし、捜査活動の準備と休養に入るよ。次の明時間になったら僕とミヤリ捜査官で二手に分かれて、雨の森領域内を捜査しよう。不可解なことが起こった現場に何か仕掛けられているか、その現場自体が目的なのかもしれないし。単に猿の悪戯かもしれないけど、捜査しないで結論を出せるものでもない」
「了解です。ライルはまずはガンド捜査官に同行しなさい。<知識の蛇>の可能性もありますが、それ以外の何者かの可能性もあります。あらゆる事態を想定して捜査するのが基本です」
「了解っす!」
「そんな緊張せず気楽に行こうか。大丈夫だ、僕たちに想定外なことでも、ユレス君なら軽く推理してくれるから」
「そうです。ユレス捜査官なら、いかなる事態でもお見通しですからね」
「オレを過信し過ぎだ。それから、オレは想定外とか不可解専門じゃない」
ガンド捜査官に役割分担だよと適当に宥められて、取りあえず宿泊区画に移動した。雨の森リゾートは宿泊可能な部屋数が多く、勤務する職員全員が住み込んでも余裕である。
だから、警備局の警備が増員されても、オレたちのように捜査のために職員が突然来ても対応可能だ。
空き室分、いくらでも客を増やせるわけだが、雨の森のご案内のための遺物管理局職員が足りなくなるので、職員の数に応じて客を受け入れている。
宿泊施設デルシーはデルシー海洋遺跡の付属施設という側面が強かったので、宿泊施設の職員も全員が遺物管理局の職員だったが、雨の森リゾートは旧世界の聖堂遺跡にはそもそも立ち入らないこともあって、宿泊施設部分の職員は遺物管理局以外の職員が勤務している。
遺物管理局職員は雨の森リゾートではご案内専門だ。これもまた役割分担だろうな。
雨の森リゾートには雨の森の光景が見渡せる大ラウンジ兼交流場が5つもあるので、引きこもりがちだったり交流が苦手な遺物管理局職員だけではとうてい維持管理できない。
こういうのは、得意な人たちにお任せすべきだ。
雨の森の宿泊施設職員には、生産局の人が多い。
雨の森の素材を採取しつつ、新たなものを生産する拠点にしているので、人々の反応を直接見るためにも、雨の森リゾートの宿泊施設職員として勤務しているそうだ。
雨の森の特産の果実を使って新たな菓子や料理を開発しているし、特殊な服の素材や染料も雨の森でしか採取できないそうで、そういう仕事をしている人たちにとっては、人気の職場である。
雨の森リゾートの制服は、雨の森の素材を使って定期的に一新するので、服装の流行の最先端となることもあるらしい。
宿泊区画のあちこちで、華やかな制服を着た職員が働いているが、宿泊施設デルシーとは全く違う場所だ。
「うわぁ、俺は雨の森リゾートに初めて来たっすけど、友達が言っていた通り華やかな場所なんすね」
「そうだね。雨の森は綺麗な場所が多いし、宿泊施設にも娯楽室があるから、観光するのにすごくいい場所だよ。僕の奥さんも雨の森リゾートが大好きなんだ。まあ、デルシーの予約を取るのは大変だからっていうのもあるけど」
「デルシーはドルフィーの聖地です。そう簡単にたどり着ける場所ではないのです」
「……オレは昏睡しているのに連れ込まれたんだが」
「仕方ないよ、ユレス君がいるデルシーはさらに特別な場所になるし。僕も人道的にどうなんだろうって思ったけど、ユレス君を心配してドルフィーが集まってくるのを見てしまうと、ドルフィーたちのためにときどき会いに行かせなければって主張するデルシーの支配人の言い分も間違っていないかなって思うし」
「論点がすり替えられていると思う」
オレが昏睡している間に、ドルフィー人気は爆発的に高まっていた。
マークがマイクルレース場の難関コースをドルフィー号で走り抜けて優勝したのと、ドルフィー型人形の可愛さもあって、一気に盛り上がったと聞いた。
ドルフィー型人形は予約が殺到して、とうとうドルフィー型人形の専門工房まで作ったそうだ。一番人気は添い寝用で、子どもを寝かしつけるのに必須とまで言われているらしい。
成人したら駄目ですとかアレクが念押しして来たが、オレ色の猫型人形を寝室に連れ込んでいる男が何を言うかという話だ。
宿泊受付をした後、部屋に荷物を置いて大ラウンジで食事することになったが、ミヤリが大きな手荷物を持っていると思っていたら、添い寝用ドルフィーを連れて来たそうなので、成人しても問題ないに違いない。
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