4 聖堂遺跡
<知識の蛇>の情報を更新したので、仕切り直した。
マークのことは後で考える。考えてもどうにかなる気もしないので、考えなくてもいいかもしれないが。
「それじゃ改めて会議を始めようか。楽してユレス君にお願いしたいけど、ミヤリの訓練とライルの指導もしないといけないしね。<知識の蛇>が今回の件の背後にいると仮定した場合、聖堂遺跡が狙いと考えるのが妥当だ。ただ、難易度が高いことは、<知識の蛇>ならよく分かっているはずなんだよ。ミヤリは分かるかな?」
「はい。聖堂遺跡は侵入者を拒みます。侵入者を排除する以前に、侵入させないのが基本の鉄壁の防衛体制が組み込まれていますので、私たち遺物管理局の職員ですら入れません。
無理に入ろうとしたら隔壁が展開されて警告音が鳴り響きますが、それでも侵入者を害するような機能は備わっていないことから、最も安全な遺跡とも言われています。
<知識の蛇>は反撃されないのをいいことに、破壊して侵入しようと仕掛けてきたことが何度もありますが、聖堂遺跡はすべて寄せ付けませんでした。天使型人工物を投入して来たこともありますが、突破できなかったそうですね。ユーリ捜査官がロックしたので、現在の聖堂遺跡は誰の干渉も受け付けない状態です」
「その通り。だから、聖堂遺跡の警備は必要ないと言ってもいいくらいだけど、それでも厳重な警備体制を敷いているのは自己満足に近いかな。ライルは聖堂遺跡がどういう用途のものだったか説明できるかな」
「うっす、勉強しました。旧世界の人のお墓でしたか、うーん、墓碑?記念塔というか、今の世界に無い概念だから、いまいちつかめないんすけど、死んだ人を思い出して偲ぶ場所ってことっすよね。だから、うるさく騒いだり、不作法なことしちゃいけないから、聖堂遺跡周辺は静穏を保つために警備を敷いてるって、これは姉ちゃんから聞きました」
「うん、警備局が分かってくれていて嬉しいよ。聖堂遺跡の警備につく人たちには、説明して引き継いでくれているようだしね。<知識の蛇>とか無礼に騒ごうとする人たちから、旧世界人の祈りを守るために警備を配置している、というのが雨の森関係者の認識かな。
聖堂遺跡は、静かに、そっとしておきたいんだ。聖堂遺跡の機能のおかげで、雨の森という美しい自然資源の宝庫を与えられている代わりに、旧世界人の想いを尊重したいと思う。困ったことに、<知識の蛇>はしつこく狙ってくるのだけどね。ユレス君に何故なのか説明して貰おうか」
オレもなのか。だが、記録に残しづらいことが多いので、機会があれば話しておいた方がいいか。
「<知識の蛇>は知識を求めるし、聖堂遺跡には蛇が求める知識が詰まっていると推測して、執着している。聖堂遺跡は発見されている旧世界遺跡のなかでも最小の遺跡だが、旧世界の情報記録媒体であれば多くの情報を詰め込んで保管することが可能だ。高性能な情報記録媒体であれば、AIが保存されているかもしれない。
そう期待するだけの理由があって、聖堂遺跡は旧世界の天才科学者であるアイシュナー博士が建設したものだとされている。成人するかしないかの頃合いにAIを開発した博士は、亡くなるまでの間、常に新しいものを研究開発し続けた。AIと似たようなものを他の技術者が作ろうとしても論理矛盾ですぐに自己崩壊したようで、旧世界に広まったAIの基礎構造は、すべてアイシュナー博士が開発したものだ。
高度な技術が組み込まれた旧世界遺跡には、必ずと言っていいくらいに管理型AIが組み込まれている。AIに命令するか干渉できる技術でもあれば、<知識の蛇>は莫大な恩恵を得られる。だから、AIの開発者であるアイシュナー博士の遺跡が欲しいわけだ」
「<知識の蛇>の手に渡ってはいけない知識が詰まっているかもしれないんだよね。ただ、アイシュナー博士が開発したAIは、基盤構造に倫理規定が組み込まれているから、蛇の思惑通りにはいかないとも思うよ。倫理規定が組み込まれているからこそAIはマスターを選ぶし、マスター登録した相手の指示しか受け付けない。
<知識の蛇>の側にも旧世界のAIに適合する精神波長の持ち主はいるだろうけど、AIが倫理規定に従って拒否したらマスターになれないし、AIとの相性もあるからAIを相棒にしている蛇は少ないかも、というのがクレア捜査官の意見だね。だから、AI入りの情報記録媒体を欲しがるのかもしれない。その方が相棒になってくれるAIが増えるから」
火宴祭の夜に、新王国は人型人工物を送り込んで来たが、それは計画に参加していた<知識の蛇>が所有していたものだった。
想定した以上にため込んでいたし、想定もしなかったくらいに旧世界管理局の黒猫を警戒して、圧倒的物量で押し切る作戦だったそうだ。
だが、残念なことに、黒猫さんにとって数は問題ではない。
AIの倫理規定が機能している限り、AIは子守猫の訴えを聞いてしまう。
AIの倫理規定が機能しないことは、同時にAI自体が機能しないことでもあるので、AIが機能している限り、AIは子守猫の訴えを聞いてしまうと言った方がいいのかもしれない。
<知識の蛇>は、人型人工物をマスター登録なしでも指示して動かせるようにしたとゼクスが言っていたが、火宴祭の後で解析調査した結果、人型人工物に搭載されていたAIの情報記録をあえて破損させて、限定された行動だけは指示に従うようにしていたことが判明した。
だが、AIの基盤構造は無傷だった。それを破損させたら機能しなくなるから当然だが、基盤構造に倫理規定が刻み込まれているので、基盤構造さえ無事なら、子猫の訴えが通る。
あの場のすべての人型人工物に搭載されたAIに干渉して機能停止できるほどに子守猫の能力は強力だし、危険視されて最大一歩手前のサイズの監視役が必要になるのも当然だ。
<知識の蛇>は、ワトスンのような一点ものとか高機能のAIを求めて、アイシュナー博士の遺した遺跡を欲しがるのかもしれない。
だが、アイシュナー博士が直々に手掛けたAIほど、強固な倫理観を持っているので、犯罪者集団をしている限り、マスター登録は無理だと思うが。
ミヤリ捜査官も冷静な顔で、言った。
「犯罪者をやめない限り、いくらAIを集めてもマスターにはなれないと思います。セクサロイドばかりを集めた変態性犯罪者のところに踏み込んだとき、変態男が必死に自分をマスターに登録するように騒いでいましたが、セクサロイドたちは変態をマスターにするつもりはありませんと却下していました。クレア捜査官はもてていましたが」
「……ミヤリ、話が逸れてしまうが、姉御も同類の変態性犯罪者のようなものなのに、何故、姉御はいいんだ」
「私も疑問に思ったので事情聴取したところ、クレア捜査官には気遣いと愛があるそうです。そういうものだと流すことにしました。AIの倫理規定はしっかりしていますので、彼らなりの判断基準でクレア捜査官は問題ないのだと思います。そういう倫理規定を組み込んだアイシュナー博士の遺跡であれば、知識や技術を悪用させないために、侵入者を徹底的に阻止するのは納得です」
「遺物管理局職員も入れないってことだと、遺跡に異変が発生した時に大変っすよね?」
「異変が起きて欲しくないけど、聖堂遺跡に何かあったときに備えて、遺物管理局職員が雨の森をご案内しているようなものかな。遺跡に異変があった場合は相棒のAIが教えてくれるから、案内しているお客さんたちを連れて、すぐに雨の森の防壁の外に避難することになるよ。ライルはまだ雨の森でのご案内当番をしていないけど、当番が回ってきたらマムが避難経路も含めて指導してくれるから」
ガンド捜査官がそう言いながら、溜息をついた。
「何か懸念事項でもあるのか?」
「雨の森は広いから、どうしても死角ができる。防壁は警備局が巡回警備してるけど、隙はあるよ。万が一のときに防壁の外に避難するための脱出口は結構多く設定してあるけど、だからこそ、そこから侵入されやすくもある。
人なのか猿なのかはともかく、承認されていない客は脱出口から勝手に入って来たのかもしれないし、困ったね。巡回警備を増やすために警備局に人員派遣してもらったけど、今後もずっとそうするわけにもいかないし」
「侵入者を捕まえて、侵入経路を確定させてから悩めばいい。その経路だけの問題なら、一つくらい避難口潰してもいいだろ。それに天使型が出て来たら塀があっても無意味だ」
「あーそうっすね。天使型って上空から来ちゃうんすよね、10年前の火宴祭もそうだったし」
「<知識の蛇>のドクター・マッドの勢力は天使型人工物を保有してるし、行方も拠点も掴めていない。聖堂遺跡を天使型人工物を伴って襲撃したのはドクター・マッドだし、ユーリ捜査官がいなかったら突破されたかもしれないとマムから聞いたことがあるんだ。聖堂遺跡周辺が荒れ地になったみたいだけどね。そうであってほしくないけど、今回の件の裏にドクター・マッドがいるなら、躊躇いなく天使型で襲撃仕掛けて来そうなのが嫌だな……」
ガンド捜査官は荒事向きでないし、荒事向きであっても天使型は特級危険物なので、やるせないため息つく気分はよく分かる。
ここまで読んでくれてありがとうございました。