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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第九章 獣姫と黒猫
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2 森猿


 事件、かどうかは不明であるが、二十日ほど前から雨の森領域内で不可解なことや不自然なことが確認されるようになった。


 観光案内用の看板がひっくり返っていたり、照明が外されて一か所に集められていたりと、目的も意図も不明な事態が続いたのだ。


 雨の森の警備にあたっている警備局は警戒を強めて、巡回警備の回数を増やしたし、雨の森リゾートの支配人であるマムも、専属職員だけでなく案内当番として来た職員にも周知を図り、ご案内の経路と客の動向について報告させることにしたが、不審な行動をとる客もいなかった。


 だが、警備局と案内人に連れられた観光客がいない隙を狙うかのように、あちこちで異変は起こり続けた。

 

 監視用の映像記録装置を設置することも検討されたが、観光客の動向を勝手に監視するような状況になる。

 人権倫理委員会の承認が必要となるし、監視用の機器を設置している期間は観光コースにも制限をかけることにもなるので、警備局と遺物管理局で対応を相談していたが、五日前に警戒度を引き上げねばならない状況となった。


 厳重な警備体制を敷かれている聖堂遺跡に侵入者がいたのだ。


 正確には、警備局による外周警備を抜けて、遺物管理局が仕掛けていた電磁網に引っかかったらしく、獣のような叫びをあげて即座に逃走した。

 マムが開発した、体に損傷を与えないのに、痛覚をこれでもかと刺激して痛い目を見てもらう自慢の逸品である。


 雨の森の領域には独自進化をした植生だけでなく、独自進化をした固有の動物たちも生息しているので、動物たちが人が管理する立ち入り禁止区画に入らないようにするために設置されていて、一度痛い目を見た動物は二度と近づかなくなる。


 雨の森の領域にいる動物たちは穏やかな気質で、雨の森に豊富に実る果実を食べているので、人に襲い掛かるような危険なものはいない。


 知能の高い森猿たちは、観光客に果物を分けてくれたりもする。

 だから、動物たちに痛い目を見て欲しくないと思うが、マムは会話が通じなければ肉体言語で語り合うしかないわという思想の持主でもあるのだ。


 雨の森リゾートで不埒な真似をしようとするお行儀の悪い客のことは、マムが肉体言語で説得していたりするので、一瞬だけびっくりするほど痛い電磁網の方がましかもしれないと思うことにした。


 マムはきゃっきゃっしているようでいて、旧世界の軍隊で言うところの軍曹的マムなのだ。

 特殊性癖の塊ではあるが誰もが認めるほどに強いクレア捜査官が雨の森を避けたがるのは、姉御でもマムに敵わないからだと言われている。


 聖堂遺跡に侵入者ありとして、聖堂遺跡の管理者であるマムから遺物管理局に正式に要請があって、遺物管理局所属の捜査官も動員して事態の解決にあたることになったが、姉御は、自分は留守番すると主張した。


 今回の任務は侵入者の特定と、雨の森リゾート内で起こる不可解な事象の原因解明であるので自分には不向きという、実に理性的かつ自分を分かっている意見だったので、局長もあっさり頷いた。


 局長としても、荒事になったら暴走して雨の森を荒らしそうな姉御は最初から却下だったようだ。

 オレも姉御とマムの激闘は見たくないので、姉御は大人しく留守番して、いまだに行方不明中の祖父さんの情報でも集めてもらいたい。


 雨の森では警備局と合同捜査することになっていたので、こういう任務に必須であるガンド捜査官が行くことは決定であったが、ガンド捜査官はオレも連れて行くと珍しく強気に主張した。

 不可解な事件は専門外だからとのことだが、確かにそうだとオレ以外全員頷いたのはどうなんだ。オレは不可解な事件専門じゃないぞ。


 ミヤリ捜査官が、経験を積むために自分も同行したいと手を挙げたのは職務熱心だと思うが、ついでに新人教育のためにライルも連れて行くことにしたのは冒険だと思う。

 局長はあっさり許可したが、新人に試練を与え過ぎだ。それから遺物管理課長に精神負荷を与え過ぎだ。


 オレが復帰して三回目以降の勤務日は、ひたすら倉庫に籠って、課長が次々に持ってくる遺物を片っ端から危険度判定したり鑑定していたわけだが、課長は穏やかな笑顔で見守っていた。

 ようやく肩の荷が下りた気分になったそうだ。


 遺物調査課長も何回も覗きに来ては、帰って来てくれるのを待っていたと言われたが、よほどうちの課長に圧力をかけていたのだろう。

 遺物管理課長の忍耐力も擦り切れかかっていたのか、仕事の邪魔をするな変態めと、取っ組み合いまではしなかったが、後ろで騒がしかった。


 そんな最中に、オレが雨の森に行くことが局長権限で決まったので、課長は局長に泣きついて、今日まで派遣日をずらした。

 オレが行く前に、これだけはどうしてもという遺物を鑑定させたかったわけだ。ミヤリも手伝いに来てくれたので割と早く終わったが、残りはローゼスに愚痴でも言いながら頑張ってもらいたい。



 雨の森の状況報告書は簡潔にまとまっていたのですぐに読み終えたが、マムの愚痴を聞きながら読んでいたガンド捜査官も読み終えたらしく、途方に暮れた視線をオレに寄越して来た。

 だが、まずはガンド捜査官から突っ込んで欲しい。オレの視線に頷いて、ガンド捜査官が口を開いた。


「あのね、マム。侵入者って聞いていたんだけど、この報告書見ると、突然変異した森猿としか思えないんだけど」


「あたくしもそう思うのよね。警備局の二人が揃って目撃した証言だし、細部を突っ込んでも違和感なく二人の証言が合致するのよ。でも、森猿ってとーってもフレンドリーだし、おっとりしていて果物差し入れに来てくれるけど、警備の目を盗んで悪さしたりしない子たちでしょ?警備局の外周警備の隙をついて侵入するとか無いわよ。

 それに、雨の森にいる森猿ちゃんたちは、あたくしの電磁網に慣れているから、絶対に近づかないもの。だから森猿の毛皮みたいなものを被った不審人物の可能性が高いと思ったの。警備局もそういう意見よ」


「でも、尻尾を枝に器用に巻きつけてあっという間に木に登って逃げて行ったって証言からすると、それって無理じゃないすか?変装用の毛皮の尻尾にそういう機構を仕込んでるにしても、凝り過ぎっすよ」


「あら、鋭いわね、ライル。そうなのよ、それであたくしたちも惑わされて困っちゃったのよね。目撃した二人の警備局職員は、警報に気づいて駆けつけた一瞬しか見てないけど、雨の森勤務が長いベテランさんたちだから、あの尻尾遣いは本職の技だ、人が真似しようとしたら尻尾遣いの修行積まないと無理って証言してくれてるのよ」


「んー、本職の技とまで言われると、悩ましいっすね」


 オレも悩ましい。ライルは尻尾遣いとか本職とかいう会話に難なくついていっているし、ミヤリもその通りだと言いたげに頷いているが、もしかしてついていけてないのはオレだけなのだろうか。


 いや、オレに助けを求める視線を寄越して来たガンド捜査官も、きっとついていけていない。


「ユレス君、何か意見あるかな?」


「世界研究局には相談したのか?体毛が森猿と違う金色という目撃証言だし、突然変異でなく外部の猿が紛れ込んで来た可能性もあると思う。外部の猿ならマムの電磁網を知らなくてもおかしくないだろ。って、なんだ?」


 マムがオレをじーっと見つめて来たので、圧力に押された。マムは激しく首を振りながら叫んだ。


「んもー、ユレスちゃんったら、何なのその言葉遣い!可愛い女の子になったのに、台無しよ!それに、ガンドったら、女の子にユレス君は無いでしょ!」


「えっと、はい、おっしゃる通りですが、マム、言葉遣いを気にしていては、捜査が進まないよ!」


「そうだ。捜査官の職務中は口調に気遣っていると捜査が進まない。オレの師匠であるホームズを真似しているんだ」


 オレの口調に関してはジェフ博士も色々うるさかったので、似たようなことを言ってみたら、うぐぐと言って黙った。


 マムに通用するかどうか分からなかったが、オレの主張を聞いてお説教を飲み込んだようだ。


「……名探偵をと言われちゃうと、駄目と言いづらくなるわ。でも、職務以外では、ちゃんと女の子らしく可愛くしないと駄目よ!あたくし、しっかり指導していきますからね!それから、世界研究局には相談をしたのだけど、ユレスちゃんが来てからご相談に応じますって言われてるのよね」


「何故、オレが来てからなんだ?」


「だって。あら、ちょうど来たみたい。すぐにご案内するよう手配してるから、直接聞いてちょうだい」


 マムの腕輪にちょうど来客の連絡が来たらしく、マムは取りあえず果物ジュースを振る舞うからと言って話を切った。

 雨の森特産の果物の生絞りジュースはとても美味しい。マムが後から来るお客の分も用意してくれたところで、お客が案内されて来た。


「こんにちは、世界研究局自然環境課から来たマークです!マムはお久しぶりですね、それから、ユレスさんはこの前ぶりですね!」


 この前ぶりって……確かにオレとしてはこの前、マイクルレース場の難関コースで一緒に優勝したぶりになるんだが、マークにとっては10年前のことじゃないのか?


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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