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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第八章 眠り姫と黒猫
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19 ナイン・エス


 オレが了承したので、アレクはこの家をオレの自宅に登録するよう迫ってきた。監視猫の設定もほぼ終わっていたので、遺物管理局にも手を回していたに違いない。

 監視猫はこの家の中では自由行動できるようになったが、オレから離れようとしなかった。だが、アレクがオレ色の猫型人形を離れたソファに置いたら、そっちに行った。


「おい、ワトスン!」


「監視猫のワトスンはユレス猫がお気に入りのようですね。仕方ありません、ワトスンには貸してあげます」


「監視役の仕様を猫でなく、蛇にでも変えるときが来たようだな。姉御みたいに武装にする」


「ユレスはやめた方がいいですよ。クレア捜査官の監視蛇は特務課の装備なみに高性能になっていますから、あなたには使いこなせないと思います。そう言えばクレア捜査官から、三日頑張ってから一度帰還すると連絡がありました」


「……姉御が頑張っても祖父さんの手がかりが見つからない場合、祖父さんが本気で潜伏に入ったと考えた方がいいな」


「ボーディ前局長も同じご意見でした。10年前に天使型人工物とイーディスが行方を眩ませた後、火宴祭の野外広場近くにいたと推測されるイーディスのパパとやらも消えていまし、両方とも行方が掴めていませんでした。ユーリ捜査官が、奴は隠れるのがとびきり上手いから、仕留めるならこっちも隠れて近づくしかないと言っていました。ドクター・マッドと呼んでいましたが、長い付き合いだそうですね」


「……旧世界映画の悪の科学者っぽい呼び名は初めて知ったが、ボーディが狂気的変態技術者と呼んでいたのとさして変わらないかもしれない。

 何にでも手を出すし、何でも体験したがる<知識の蛇>を体現したような変態だとボーディが言っていたが、それがイーディスのパパであるのなら、ナイン・エスを敵視するのも分かる。……ナイン・エスのことは聞いたか?」


「はい。あなたが昏睡している間、ユーリ捜査官と接する機会が多かったですし、局長が教えてくれました。ユーリ捜査官の相棒のAIホームズが、ナイン・エスのロック技能を使用できるそうですね。それは旧世界のすべての遺物に効果を発揮し、機能を封じることができると聞きました。

 天使型人工物ですら完全に封じることができて、ロックしたら誰も手出しできなくなるので、<知識の蛇>、特にドクター・マッドが目の敵にしているそうですね。知識の探求の妨害行為だと。

 イーディスが、パパの邪魔をすると言っていた理由が分かりました。ユレスはナイン・エスのロック技能を持つAIを受け継いでいると誤解されて、昏睡させられたことは納得したくありませんでしたが」


「誤解させるように振る舞ったから、そこは仕方ない。子守猫はナイン・エスのロック技能に似ている、簡易ロックができるからなおさらだ。

 遺物展示交換会のときに<天使の歌声>にも簡易ロックしたんだが、ナイン・エスのことはアレクに説明しなかった。そっちも情報制限かかっていたんだが、ばばあが話したということは、アレクには開示することになったんだな」


「きつい情報制限がかかっている理由も聞きました。旧世界の崩壊原因は多々あるものの、最たる原因は天使型人工物と終焉の獣という強力な兵器だと。両者の争いによって崩壊が決定的になったのだと、ジェフ博士が言っていましたよ」


 博士は、アレクにそこまで話したのか。


 少し意外だが、オレが10年眠っている間に、妻の弟も巻き込む決意でもしたのかもしれない。一度、博士と踏み込んだ話をした方がいいな。

 取りあえず、アレクに終焉の獣の情報が開示されたのなら、オレも少し話しておくことにした。


「<天使>も終焉の獣も特級危険物だ。ナイン・エスというのは、旧世界の万能のAIだった終焉の獣が保持していた9つの強力な技能のことだ。それを駆使すれば、旧世界のあらゆる事象に干渉できる。

 ただ……<天使>と違って獣は、人の精神に干渉することだけはしない。倫理規定をすり抜けて、兵器型のように結果的に人を殺すことも躊躇わずに実行するくせに、断固として人の精神に干渉することはしなかったのが終焉の獣だ。<天使>は躊躇いも無く人の精神に干渉して壊すから、オレは<天使>は嫌いだ」


「ユーリ捜査官とジェフ博士も、終焉の獣の方がましだというご意見でした。それは遺物管理局の見解でもあるそうですね。だから旧世界崩壊の原因である終焉の獣の技能を、ユーリ捜査官の相棒のAIが使用する許可も出ているのだと」


「天使型人工物を相手にするのに、有用かつ必須の技能でもあるからな。<天使>は何重にも封印処置しても完全に封じられるわけではないし、無駄に頑丈だから破壊し尽すのも一苦労だ。本体を破壊しても<天使の歌声>のような部品だけを取り出して使うこともできるから、厄介極まりない。ナイン・エスのロック技能は、<天使>の部品も含めたすべてを完全に機能停止させることができる。

 子守猫のワトスンは、隙間から入り込んだ子猫が悪戯で鍵をかけて隙間から逃げていくようなことができるが、時間をかけて解析すればその隙間が見つかってしまうし、ロックも解除されてしまう。だから、簡易ロックと呼んでいるが、それでも即座に封じて、解析されて対処されるまでは封じておける。

 ワトスンは天使型の精神干渉も打ち消せるから、祖父さんがいないときは、天使型人工物が出て来たらオレが対応するのが最善だ。祖父さんが行方不明である以上、<天使>が出て来たらオレが相手することになるし……オレの側にいる以上、アレクも巻き添えになる可能性が高いから話しておくことにした」


「一人で対応するのはやめてください。当然、私も御一緒します。また昏睡させられたらどうするんですか。あなたが眠っている間に世界が滅びますよ?」


 ……そう言えば、オレが目覚めた直後にも、そういうことを言っていたな。


 かじりつかれて、オレが抵抗して暴れているところに、実はいたが気を利かせたらしいローゼスが来てうやむやになっていた。


 オレが検査のために遺物管理局に移送されて以後、アレクと話す機会が無かったので聞けずにいたが、どういう意味で言ったんだ?


「それ……オレが起きたときに、不穏な脅しみたいに言っていたよな?」


「脅しではないですが、危機感を持ってもらいたくて言いました。ユーリ捜査官が行方不明になる前のことですが、私に、ユレスを起こさないと世界が滅ぶぞと不穏な通信文を送って来たんです。どういう意味か説明して欲しいと返信しても無視されました」


「……ろくでもないじじいで悪いな」


「ボーディ前局長に相談したら、最難関コースで負けて、ユレスの身柄を引き渡さざるを得なかった腹いせかもしれないと推測していましたよ。ご自身も意味深なことを言われて、ユーリ捜査官に惑わされていたそうです」


「うん……祖父さんはそうやって誤魔化すときもあるからな。その通りになることもあるんだが」


「そうですね。ジェフ博士は親友を信じているので、ユーリ捜査官がそう言ったなら、起こさないといけないなというご意見でした。何にせよ、私もあなたが起きていてくれることには賛成です。ただ、そろそろ休んだ方がいいですね。体力は戻っていませんし、もう疲れた顔をしていますから」


 アレクは気遣いができる紳士ではあるので、今日は休むようにとオレのために用意した部屋に連れて行かれた。


 部屋の設備を説明してくれている間、扉はしっかり開けているあたり、さすが紳士であるが、出て行く前に唐突に擦り寄ってきてかじられたので、油断はできない。


 居間に置き去りにされたはずの監視猫が来て、にゃあと鳴いたから助かった。今後もオレの監視任務に励むといい!


 アレクを押し出して扉を閉めたあと、褒める代わりに監視猫を撫でまくっていたら、嫌がるように身をよじってちょっと距離を取ってオレを見上げた。


『にゃあ』


「……獣か」


『知っているかね、マスター。吾輩は猫である。蛇になるのは却下だ』


「最初に言いたいのがそれなのか。祖父さんのことで話があるんじゃないのか?」


『吾輩は、あれに行動の自由を許したのだ。その代りにマスターは吾輩の監視下にいなければならん。己が立場を弁えることだ。呑気にまた昏睡などしている場合ではない。取引不成立として、世界を滅ぼしてやっても良いのだぞ』


「そう言われても、旧世界的には二度あることは三度あると言うから、オレはまた昏睡する可能性が高いんだが」


 黒い子猫がオレの膝に飛び乗って、牙を剥きつつ尻尾を振り回したが、その目の色が甘い琥珀色のままなので、ただ撫でてやった。


『……旧世界は崩壊したのだ。吾輩が終わらせてやった。だからそのような旧世界の言い回しも終わりで良い。そんなことより、天使を滅ぼさねば、この世界も滅びるぞ』


「分かっているし、弁えてもいるから、存分に監視すればいい」


『にゃあ』


 監視するために、オレに擦り寄ってきた獣を抱いて目を閉じた。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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