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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第二章 博士と黒猫
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5 妻の弟


 見知っているはずなのに、明らかに違う場所になっている博士の屋敷の居間に落ち着いたところで……いや、落ち着けないな、前の散らかし放題がいいとは言えないが、見知らぬ新婚家庭になっているのでいたたまれなすぎる。


 とにかく座らされたところで、話が始まるのかと思いきや、来客のベルが鳴った。うん、だんだん落ち着いて来たし、来客が誰かも分かったと思う。


 博士は妻の弟が来るとか言っていたからな。


 マリア・ディーバ、いや、アリアと呼んでほしいと言われたが、アリアが足取り軽く出迎えに行ったので、間違いない。

 予想通りに、美女と美男姉弟がやってきたが、弟の方がぴくりと足を止めた。


 警備局特務課の特務班長のくせに、ずいぶんと気弱な態度だな、アレク班長。


「……申し訳ありません、あえて黙っていたわけではないのですが、そんなに恨みがましい顔をされますと……」


「どうせ見ないと信じないし、見たとしても自分の目の異常を疑うと言っておいただろう。想定どおりに反応しおったぞ。心配せんでもこれくらいは子猫ちゃんが爪を出してるくらいで、ひっかいてきたりはせん」


「いい加減その呼び名やめてくれ。それからオレが噛みつく前に話をしたほうがいいぞ」


「と言われてもさして話せることも無いが、三年前の祝花祭にからくり時計の展示だしたの覚えているだろ?小鳥がでてきて歌う奴だ」


「輸送前日になって壊れたと言って、オレを拉致しにきて、徹夜で修理させられたもののことならば覚えている。なるほど、それを使って口説いたと?」


「あー、それがな」


 夫婦が顔を見合わせて笑っているが、オレは何故こんないたたまれない空間に連れ込まれねばならないのか。


 アレク班長は弟として複雑な気分になっていいと思うのだが、もはや慣れたのか、さらりと流してオレの膝と肩を落ち着きなく移動する黒猫を眺めていた。

 いや、これはこれで現実逃避だな。ようやく妻の方が恥ずかし気に頬を染めて言った。


「その、わたしが口説きました。とてもすてきな時計だったので、何度も見に行ってしまって、色々お聞きしたのに博士は嫌がるそぶりもなく詳しく説明してくださって、それに、わたしのことを庇っても下さったんです。少し、しつこい方に追いかけ回されていたところで、博士が間に入ってくださって追い払ってくださいましたの。

 歌い手として有名になったせいか、多くのお誘いをかけられるようになったのですが、ぶしつけな視線とか寝台に誘うことしか考えていない言い方とか、もうぞっとするくらいに嫌になっていた頃なのですが、ジェフはそういう素振りも全くなくて、弟以外にこんなに紳士的な方がいらっしゃったなんてと思って、気になってならなくて」


「夫婦の仲に水を差す気は無いが、ジェフ博士はとんでもなく奥手のへたれなだけだ」


「あの、つまり、今までそういうお付きあいもなさったことが無いということですよね!?ご自身でもそうおっしゃっていたのですが、こんなに素敵な方を放っておく女がいるなんて想像もつきませんでしたわ。300年も誰の手からも逃れ続けて来ただなんて奇跡です!わたしはもう必死に口説き落として、ようやく結婚を了承していただきましたの」


 どうしたらいいんだ、オレは今、どういう事態に巻き込まれているんだ?


 つい助けを求めてアレク班長の方を見てしまったら、穏やかに微笑まれた。


「姉からは、ジェフ博士に初めてお会いしたときのことから、それ以後のことまで何度も繰り返し聞かされてきましたので、博士が姉と結婚してくれて本当に良かったと心から思っています」


「……まあ、弟が納得してるならそれでいいか」


「あの、ユレスも祝福してくださいますか?結婚のお祝いをいただいたのは分かっていますし、とても素敵なものをいただいたようですので、祝福してくださっているとは思っていたのですが、新婚生活は静かに過ごしたくて、わたしがマリア・ディーバだとはなるべく知られずにいたくて、それで、ジェフのお身内というか、親しい方たちとも挨拶する機会もなかなか無くて、失礼をしていたとは思っていたんです」


「祝福しているし、この偏屈博士を引き受ける奇特な女性がよくぞいたものだと思っていたくらいだ。博士は遺跡調査で変則的にいなくなるし、新婚の邪魔をしないのは暗黙の了解事項だから、挨拶とかそういうことを気にする必要もないと思う。

 それにマリア・ディーバは人気だから、面倒事が多々発生すると考えると、隠れていた方が賢明だ。博士も、妊娠するまでは紹介するのはやめようと思っていたんだろ。

 博士の親しいご友人の一人である警備局長の御意見は、男として役立たずと言われたくないだろうから、嫁が妊娠するまではそっとしておいたほうがいいさ。でないと、邪魔されて子づくりに励めなかったからだとか言い訳する余地を与えるからね!とのことだ」


 警備局長と博士も長い付き合いであり、互いに遠慮の欠片もないものの、一応の気遣いと配慮はある。


「っち、あのばばあめ。いつもながら儂の心理を抉って来やがる。ユレス、あいつは儂の妻について気づいてると思うか?」


「むしろ気づいていないと思うか?オレはともかく、あの鋼の女が?占拠事件で強硬策とったとき、いつも以上に思い切りがいいと思ったが、アリアが現場にいたとなれば、友人の妻に対する気遣いもあったと考えた方がいい。

 オレが情報分析結果で人質56と報告したとき、一瞬変な顔したが、すぐに滅多にしない真剣な顔で、あちこちに指示飛ばして強行作戦決行にまで持って行ったからな。

 女の勘なのか、誰かが妊娠していると察知して、それが友人の嫁の可能性が高いと考えたのかもしれない。早いうちにばばあにも紹介した方がいいと思うぞ」


「そのつもりだ。ようやく妊娠の安定期に入ったから、お披露目も兼ねて紹介するつもりでいるんだが、祝花祭の間にやってしまうつもりだ。ユレスはどうせ大した予定は無いだろ、空けておけ。何ならこの屋敷にずっといていい」


「新婚の家に泊まり込む馬鹿がどこにいる。いかに親友の孫とはいえ弁えろ、呆け爺。嫁に気を使え!」


 そろそろ噛みついておかないとまずいに違いない。

 そう思って厳しく指導したら、美形姉弟が何故か笑顔で見守っていた。どうでもいいが、思った以上にそっくりだな。


「あの、わたしは気にしません。黒猫さんなら、いていただいた方が安心できますし。あ、でも、まずはお礼を言わないと。占拠事件のとき、弟だけでなく、わたしのことも助けていただいてありがとう。実はお名前だけは夫から聞いていたのですけど、不思議なご縁ですね。弟から黒猫さんのことを聞いたとき、夫が子猫ちゃんと言ってる方のことが頭をよぎったのですけど、まさかと思っていましたわ」


「オレもまさかの事態だ。このじじいが歌姫を嫁にもらえたとか。先入観って怖いな。ありえなすぎて考えもしなかった。それで、アレク班長はいつから知っていた?」


「その前に、今は職務外ですし、アレクとお呼びください。わたしもユレスと呼んでよろしいですか?」


 確かに身内のようなものが集う場では堅苦しいか。


 ようやく落ち着いたらしい監視猫が、肩に飛び乗ってにゃあと鳴いた。

 猫が好きなのか、アレクはずっとオレというか猫を見てるので、紹介しておくことにした。


「構わない。それから、そろそろこいつの名前も正式に紹介しておくが、オレの相棒であるAIの名前はワトスンと言う。本来であればこっちの監視用の猫は別の名前にすべきだろうが、見た目も行動も大体似てるので、オレは両方ワトスンと呼んでいる。気まぐれだから呼んでも返事しないことも多いけどな。ワトスン」


 今は機嫌がいいのか、にゃあと鳴いた。ついでに腕輪からも立体映像の黒猫が出てきて、にゃあと鳴いた。


「黒猫さんはワトスンという名前だったのですか。ユレスにとって不愉快な話題を出したくはないですが、アーデル捜査官ですらその子の名前を知りませんでしたよ。御紹介いただき光栄です、ワトスン」


 揃ってにゃあと鳴いたから、両方とも機嫌がいいらしい。

 それを察したのか、アレクは無駄にきらきらしい笑顔を向けて来た。微妙に圧力を感じるので、話題を変えることにする。


「あの冤罪捜査官には紹介もしていないだけだ。そう言えば、捜査官に相談したいことがあったと聞いたが、相談したのか?」



ここまで読んでくれてありがとうございました。

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