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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第八章 眠り姫と黒猫
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17 ヒミコの思惑


 ローゼスが言う通り、リリアの杜撰な思惑は上手くいかなかったのだろう。


 そもそも、リリアの思惑通りにいくこと自体があまりないと思う。

 例外は兄のアーデルくらいだ。ヒミコも父親以外は思惑通り動いてくれなそうなので、似た者同士の二人かもしれない。


「リリアは睡眠薬入りの酒瓶を取り上げられて飲めなかったが、計画通りに実行するつもりだったのだと思う。傷害事件が起こった場合、アレク監察官と会える可能性は高くなるからな」


「捜査は警備局捜査課の仕事です。ユレスは私に追い討ちかけるのをやめてください」


「何が追い討ちになるか分からないから、お気遣いしてこの先の解説をしなくていいか?」


「んもう、意地悪しないのよ。いいから、次はヒミコのことを話してちょうだい。リリアだけでなくヒミコも動いたから、訳の分からない状況になったってことなんでしょ?」


「そうだな。アレクに追い討ちかけるつもりはないと言っておくが、ヒミコはアレク班長がヨーカーン大劇場占拠事件で見せた勇姿を思い出して、恋敵でもあり眠り姫の主役を争うのにも邪魔なリリアを排除する方法を思いついたのだと思う。

 占拠事件では、頭上からの不意打ちを受けて復古会の過激派は制圧された。最初の標的にされたリリアは大暴れしてそれどころでは無かっただろうが、人質として状況に神経を尖らせていたヒミコは一部始終を目撃していた。占拠事件の現場であったヨーカーン大劇場に来たら、どうしても当時を思い出すことになるから、旧世界映画が犯罪の参考に使われるように、あのときのことを参考にした。

 人がいる場所でリリアに酒瓶を振りかざしても、止められるだけだ。だが、リリアの頭上から何か落してやれば不意打ちできる。そして、舞台の上にもキャットウォークが通っている。銅像を手に持っていたことからして、それを落すつもりだったと仮定して話を進めるぞ。ワトスン、オレが言ったとおりに画像を構成してくれ」


『にゃあ』


 ワトスンが画面に干渉したので、話を続けた。


「ヒミコは衣裳を整えるために更衣室に行ったわけなので、まず着替えた。着替えとは別の目的があったから急いで着替えたし、着付けというか装飾の茨のロープの巻きつけも緩くなっていたと仮定しておく。ヒミコは着替えた後、こっそりキャットウォークに登った。

 更衣室からの経路はいくつかあるが、警備局の調査で判明した埃の痕跡と擦り切れたひっかき傷からして、ワトスンが案内している経路だったはずだ。リリアとガラスの棺の位置まで距離があるが、ヒミコがこの位置で止まったからこそ、訳の分からない事件現場が成立したのだろうな」


 ワトスンが表示した画面では、キャットウォークを案内する黒い子猫が、舞台上のリリアの位置に届かない、舞台の中ほどの位置で止まっていた。

 ヒミコが倒れていた舞台袖と、リリアがいるガラスの棺が設置された場所のちょうど中間くらいの位置だ。


「んー、なんでここで止まったのかしら。鈍器を落すなら、リリアの真上まで行かないといけないわよね?それに、ヒミコが発見されたのって、その位置じゃなくて、リリアから一番遠い舞台袖だし、訳分からないわよ。んもう、焦らさないで説明してちょうだい。この位置で止まったことが重要だって言うの?」


「そうだ。オレも確信があったわけじゃないから、痕跡が見つかって良かったが、時計の振り子だ」


「え?」


「……そういうことですか」


「分かったのなら、アレクが説明しても」


「調査を手配しますので、解説をお願いします。ガラスの棺の裏面がヒミコの顔面を潰した凶器である、ということですよね?」


「そうだ。ヒミコは、治療局長から貰った旧世界の銅像を凶器に使ったら、自分の犯行だと即座にばれることくらいは分かっていたと思う。銅像を証拠物件として現場に残さずに、リリアかガラスの棺に打撃を与えてから即座に回収するためには、茨のロープを銅像に括りつけて投げ落とせばいい。

 銅像以外のものを使えばよかったんじゃないかとも思うが、捜査資料からして、ちょうどいい物品が他になかったのかもな。それか誤魔化しやすいと思ったのか。茨のロープは衣裳の装飾だから、傷害事件を起こすために使われた品と思われにくいし、ヒミコが銅像を持っているのが見つかっても、心を落ち着けるために父親から貰ったお守りを見ていたと説明できる。

 血族であるヒミコは、リリアよりずっとしっかりした計画を立てていたはずだが、キャットウォークのこの位置まで来たところで、ヒミコの思惑通りにいかなくなった。

 リリアの指示で、照明係が舞台の照明を全て消したんだ。ただでさえ危うい足場を移動していたヒミコには不意打ちだったはずだ。動揺のあまり足を踏み外したが、衣裳の装飾として巻きつけていた茨のロープが足首とキャットウォークに絡まって、落ちるのは免れた。だが勢いのままに振り子のように真っ暗な舞台上を振り回され、ガラスの棺の裏面に、逆さまに吊るされていたヒミコの顔面が衝突した。

 振り子は最大位置まで至るか、それ以上進めない障害に当たったときには逆方向に動く。ヒミコは棺から逆方向に振られ、その勢いでキャットウォークに緩く絡まっていただけの茨のロープがほどけて、ヒミコはそのままガラスの棺とは反対側の舞台袖に放り出された」


 オレの説明に合わせて、子守猫が画像を構成したが、あくまでもオレの想像に過ぎないので確認しておくことにした。


「ローゼス、茨姫が出直してきなさいとか言ってないか?」


「ないわよ、イバラは猫様に間違いはありませんって言うに決まってるでしょ!確かに、うわーって思うくらいにとんでもない状況だけど、つじつま合っちゃうじゃないの!」


「……本当にうわーだけど、ボクも納得した。ヒミコの顔面がガラスの棺にぶつかったというので正解だったとはね。その推測したのは、ヒミコ担当の治療官なんだけど、褒め称えておくよ。

 窓ガラスに顔面を強打した人の状態に似ているってことからの発想だったけど、その場合、勢いのままにガラスの破片に顔突っ込むことになるから、顔面にガラスが突き刺さることになるけど、ヒミコはそうじゃないから違うかなってことになったんだけど、当たった瞬間に跳ね返って離れたなら、ガラスの破片に顔突っ込まずにすむね」


「ガラスの強度にもよるだろうし、現場で実験して検証してみたらいいと思う。ヒミコと同じ重さの袋でも上から吊るして振り子みたいに動かせばいい」


 オレの話を聞きつつ、アレク監察官は手配でもしているのか?腕輪を操作しつつ、オレに言った。


「他に実験しておくことはありますか?」


「それは現場が考えるだろ。アレクは、オレの推測が正しかったとして、どう収拾つけるかを考えた方がいいと思うが?」


「それはもう決定しています。ヒミコとリリアという騒動の元は揃って引っ込んでもらうことで、マリナとは話がついています。ただ、事件が解明されないまま強行すると、反発する身内を説得なり黙らせることがしづらいので、足元をすくわれないよう、事件を解決する必要があったわけです」


「んー、でも、ヒミコに害意があったなら、リリアは被害者だ!ってアーデルが言い張りそうねぇ」


 アーデルと聞いて、子守猫が不愉快そうに威嚇の態勢を取った。監視猫も落ち着かないから、この話はもう終わりにしたい。


「アーデルがそう主張したくても、させません。リリアは高濃度の睡眠薬入りの酒瓶を持ち込んだわけですし、自分のものだと主張している証言も取れています。許可を得た治療官以外が扱ってはいけない劇薬を持ち込んで何をするつもりだったのか、いくらでも追及できます。

 事実、マリナ区長の秘書官がそれで昏睡していますし、そのうちマリナ区長も睡眠薬で眠らせて危害を加えるつもりだった可能性を否定できません。リリアにその気が一切なかったとしても、治安維持室の副室長の妹が持っていていい物品ではありませんので、勘繰られることは回避できませんから。

 リリアは刃物を隠し持っていましたし、マリナ区長ではなく新世界推進機構の誰かを狙うつもりでいた可能性も否定できません。リリアが説明できないなら、アーデルが説明責任を果たしてリリアに害意が無いことを証明しなくてはいけません」


「って話はすでにアーデルにしてあるんだよ。さすが元優秀な捜査官だけあって、リリアがまずいものを持っていたという自覚は十分にあるみたいだね。

 マリナ区長の尋問手法も冴えてたけど、眠り姫になれる特別な飲み物とやらをリリアが荷物に詰めているのはアーデルも見ていたし、自治区から外出するときの手荷物検査はアーデルが直々にして、これは妹の嗜好品だから問題ないって検査せずに通したんだよ。

 マリナ区長はアーデルがその酒瓶を認識していたことと、中身を確認していないことの言質も取ってから、中身が許可を得ないと持っていてはいけないはずの睡眠薬だと明かしたわけさ。しかもそれがシリスを昏睡させたことも。そういうものを、治安維持室の副室長の権限で自治区外に持ち出させた背任とか権限濫用で、拘束まではしないけど、説明責任を果たすよう要求しているよ。

 ま、後始末はボクたちに任せてくれていい。訳の分からない状況が説明できるなら、後は何とかなるから。さすが、ユレスさんだね!」


「遺物管理局が誇る優秀な捜査官ですからね」


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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