14 現場の証言
話の途中だが、言わずにはいられなかった。
「それ、事件が起こるだろ。旧世界的フラグをあえて立てて事件を起こしたかったとしか思えない」
「アタシもそう思うけど、旧世界的事件フラグって概念は遺物管理局以外では通用しないことを思い出しなさいよ!でも、アレク監察官は旧世界的フラグのこと、分かっていたわよね!?止めるべきだったと思うわ!」
「私は警戒はしていましたが、新王国自治区ではあの二人は常にやり合って騒動を起こしていると聞いていましたので、今さらだと思いました。私が止めたところで都合よく誤解されかねないので、事件が起こってもどうでもいいくらいの気分で無視していました」
「ま、アレクさんを巡っての争いだし、関わらない姿勢を貫くのが正解だったと思うよ。だって眠り姫の演劇にしたのって、アレクさんの気を惹くためだしさ。アレクさんが眠り姫と結婚するって言ってることは、新王国自治区でも誰もが知っているし。
マリナ区長が言うには、ヒミコとリリアはアレクさんは寝顔が美しい女が好みだって解釈したらしいよ。それで、眠り姫の演劇の舞台で、美しい眠り顔を見せてアピールするんだってさ。マリナさんは、呆れて何も言えませんでしたわって遠い目をしていたけど、ボクも同感。
アレクさんは精神疲労が積み重なりそうだから、ボクが事件の概要を話すね。ユレスさんとローゼスは気づいたことあったら、どんどん突っ込んでよ。二人の視点なら、ボクたちが見逃した情報か手がかりが見つかるかもしれないしさ」
事件現場となったのは、ヨーカーン大劇場の大ホールの舞台である。
ヨーカーン大劇場では占拠事件が起こったし、その際の大ホール封鎖に多大に貢献したリリアがいるし、火宴祭襲撃事件を起こした新王国自治区の住民たちが来ているということもあって、警備局警備課は大ホールの5つの扉はすべて開けて固定した上で、凶悪犯を取り囲むくらいの厳重な警備体制を敷いた。
通し稽古の邪魔はしないよう舞台には近づかなかったが、大ホールのすべての出入り口から、舞台と新王国自治区の面々を万全の体制で監視していた。
事件の一部始終は、警備局警備課がすべて目撃していたのだ。
「あのー、出だしから突っ込んで悪いけど、警備局警備課が万全の体制で監視していたのに、何で事件を解明しないといけないのかしら」
「ボクも出だしで突っ込んだから分かるよ。取りあえず、この先聞けば訳分からなくなるからもう少し待ってよ」
ヒミコとリリアが主役を交代して二回通し稽古した後に、どちらが主役に相応しいかを新王国自治区の者たちで検討し始めたが、ヒミコとリリアが喧嘩を始めた。
警備局の警備も油断なく警戒態勢を強めたが、こうなるだろうと読んでいたシリスが動いた。正確には姫様がこの事態を想定していて、場を取り持つために用意しておいた差し入れをシリスが提供したのだ。
滅多に入手できない特別なお酒を差し入れられて、場は和んで姫様とシリスの配慮に感謝したが、リリアはそれが面白くなかったようで、自分は特別なお酒を持ってきたからいらないと突っぱねた。
リリアは眠り姫のための特別な飲み物だと言って、自分の荷物から酒瓶を取り出した。だが、ヒミコがいい加減にしなさいとリリアから酒瓶を取りあげて、床に叩きつけようとした。
リリアは返してと叫んでヒミコに飛び掛かり、ヒミコがリリアに向かって酒瓶を振り上げたので、シリスが慌ててヒミコから酒瓶を取り上げた。
結局、その場の全員で二人を宥めることになったが、両者の間に入って仲裁していたシリスが大変だったのは、すべてを見守っていた警備局職員と新王国自治区の住民双方が証言している。
シリスは、もう一度眠り姫の重要な場面を演じてみて、多数決で主役を決めようと提案し、ヒミコとリリアは了承した。
まずはリリアから演じることになり、リリアの要望通りに道具類の配置を設定し直すことになり、ヒミコはその間、衣裳を整えて来ると言って更衣室に行った。
ヒミコは集中するために一人になりたいと主張したので、更衣室に行った後のヒミコの動向は不明である。
警備局の警備も大ホールへの出入りと舞台の状況の監視はしていたが、余計な揉め事が発生しないよう、緊急時以外は大ホール内に立ち入らない約束となっていたので、目視できる舞台以外の場である更衣室は監視範囲外だった。
そして、事件が起こった。
リリアはガラス製の棺を設置する角度にこだわり、ようやく満足いくよう舞台が整ったと言って棺の前に立った。
そして、リリアが眠りに落ちる演技をしようとした瞬間、突如として舞台の照明がすべて消えて、何かが衝突したような音とガラスが砕ける音、どさりと崩れ落ちる音がした。
事件発生と見て、警備局は即座に大ホール内に突入すると共に、万が一の事態に備えて用意してあった携帯型照明で舞台を照らした。
現場の映像記録撮影のための機材も用意してあったので、即座に映像記録も取得し始めたが、舞台には砕け散ったガラスの棺の破片を浴びて血まみれで倒れ伏すリリアの姿と、反対側の舞台の袖で顔面が潰れた状態で倒れているヒミコの姿があった。
そして、舞台近くで舞台を見守っていたシリスも、意識不明で倒れていた。
「え、えっとぉ……話の邪魔したくないけど、まずは眠り姫なのに、何でガラスの棺が出て来るのかを突っ込んでいいかしら?それ、旧世界の白雪姫の物語じゃないのぉ?」
「色々混ざったらしいね。眠り姫って、魔女に呪いをかけられて、茨に取り巻かれて眠りにつくよね。だから、ガラスの棺は茨が巻き付いている感じに作ったようだけど、ガラスの解析をした結果によれば、茨の細工をしたせいで全体的に脆くなっていたし、茨の棘の部分が鋭く尖った破片になって、ガラスの棺の前に立っていたリリアに降り注いだから、リリアは大惨事だったわけだ。
ただ、リリアに同情はしづらいかな。ガラスの棺は床置きするつもりで作ったし、舞台上でずれたり傾いたりしないよう、床に置く面は装飾はなかったし、しっかり設置できるように作ってあったのに、リリアが無理やり斜めに立てかけさせたんだ。関係者全員、棺が倒れて来たら危険だって止めたのに、リリアは絶対に大丈夫だと強行した。これは、目撃していた警備局も証言している」
「相変わらず、そういう子なのねぇ……。ところで、何が当たって壊れたのよ?」
「それが分からないんだよ。立てかけられたガラスの棺の裏面に何かがぶつかったのは確実だけど、現場には何も見当たらなかった。真っ暗になった直後にぶつかったし、突然暗くなったから間近にいた人たちも視界が全く利かなかったようだね。
音とか皮膚感覚では、何かが飛んで来て当たったように感じたって証言は多いんだけど、それが何なのか分からないのさ。すごいのだと、ヒミコだって意見もあったよ。
ヒミコの顔面が平らなもので殴られたように綺麗につぶれていたから、ガラスの棺にぶつかったんじゃないかって発想だけど、ヒミコが倒れていた舞台袖は、リリアとガラスの棺から一番遠い場所だから、さすがに無理がある話だね」
「確かにねぇ。ヒミコの顔を潰した凶器は見つかってるの?」
「そっちも不明。ヒミコがいたはずの更衣室も含めて片っ端から調べて検討したけど、どれも違うってさ。治療官としての見解を言えば、ものすごい勢いで何かを叩きつけないと、あそこまで潰れないかな。ただ、舞台にいた誰も、何かを叩きつけるどころか、更衣室に行ける隙も無かったんだよ」
警備局は迅速にというか一瞬で現場に到着して、現場の確保と現場にいた人たちの事情聴取を開始した。
万が一に備えて治療官まで手配していたので、治療官は倒れた人たちの応急処置に当たりつつ、緊急搬送の手配をした。
すぐに治療局のクラフターが来たので、被害者三人は治療局の施設に緊急搬送されて行ったが、警備局は残された新王国自治区の住民たちからの事情聴取を続けた。
新王国自治区の者は、衣裳を整えるために更衣室に行ったヒミコ以外は全員舞台に残っていたし、警備局がその動向を監視していた。
事件発生後、即座に警備局が現場に踏み込んで照明で照らしたが、ヒミコ以外の全員が、舞台の照明が消える前と変わらない位置にいたと警備局自身が保証した。
更衣室に行ったヒミコについては、舞台上にいた新王国自治区の住民が更衣室から戻ってこないかと注意を払っていたし、照明が消えた瞬間に舞台袖を見ていた人もいた。
だから、警備局が携帯型照明で舞台を照らしだしたとき、照明が消える前にはいなかったはずのヒミコが倒れているのを見つけて驚愕した。
なお、舞台が突然真っ暗になったのは、リリアのごり押しの指示のためである。リリアがその演出があった方が映えると照明係に主張してやらせたが、驚かせたいので他の人には秘密にするように言っていた。
だが、シリスに指示された人たちがリリアの様子を窺っていたので、三人ほど証言者がいた。照明係は抵抗したが、リリアが兄に言いつけると言って押し通したことまで証言が取れている。
シリスが昏睡した原因も確定している。
その場に残されていた酒瓶を分析したところ、リリアが持ち込んで来た眠り姫のための特別な飲み物から高濃度の睡眠薬が検出された。
遅効性で、効果を発揮するまで時間がかかる分、全身に回って身体機能を極限まで落とすし、長く体内に残留するので、すぐに目覚めることはできない。
取扱いに注意を要するものだが、痛みを伴う難病治療の際に用いられるので、治療局では厳正な基準の元で保管し利用されているものだった。
ヒミコの父親である元治療局長であれば、入手し保管していた可能性は十分考えられる。
だが、その酒瓶はリリアが持ち込んで来たものであり、ヒミコの手に一時渡ったが何かを混入する機会はなく、すぐにシリスが取り上げた。
そして、ヒミコとリリアを宥めて喉が枯れたシリスが、手に持っていた酒瓶を飲んだ姿を警備局も新王国自治区の住民たちも目撃していた。
シリスは半分ほど飲み干したところで、差し入れ用に持ってきた酒瓶ではなく、リリアが荷物から取り出したものだと気づいたようだが、誰かに強制されたわけでもなく、疲れ果てていて気づかず自然に飲んでしまったようにしか見えなかったと証言されている。
更衣室に行った後のヒミコの動向は不明だが、舞台の袖で倒れた姿を発見されたときには、衣裳を変えて茨のツタが体を締め上げるような装いをしていた。
豊満な肢体を強調する自らの魅力を生かした衣裳であったが、顔面が潰れていたせいで、怖かったという証言が多い。
ヒミコは顔面が潰れていて、衣裳の装飾である茨のツタを模したロープが足首に絡まって締め上げられていたが、それ以外に目立った傷は確認されていない。
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