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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第八章 眠り姫と黒猫
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13 眠り姫


 アレクがオレに捜査協力を求めてくるということは、よほど大変で面倒な事件に違いない。アレクとロージーが捜査しても解決できていない案件だし、オレならできるという保証はない。


 だがこれは、交渉するいい機会では?と思ったが、穏やかに見守っていたボーディがオレに釘を刺して来た。


「念の為言っておきますが、捜査協力する代わりに、すでに確定した取引や交渉を覆すような要求をしてはいけませんよ。取引交渉するのは構いませんが、要求内容によっては、わたしの指導が入ると思っておきなさいね」


「……つまり、ボーディがいいと言ったらいいんだな?」


「何やら、ユーリ捜査官が企んでいるときのようなことを言いだしましたが、言うだけ言ってごらんなさい。問題が無ければ、わたしが取引が成立するようお話してあげてもいいですよ」


「その前に、今回オレが取引する相手が確定しないと要求できない」


「確かにそうですが、話の流れからすると、三人相手にということになるでしょう」


「そうだね。ボクの出生登録の修正をするためには、シリスが昏睡から目覚めるだけでなく事件も解決していないと無理そうだし、お願いするよ、ユレスさん」


「シリスはつまり、アタシに会いに来て、事件に巻き込まれたんでしょ?だったら見過ごせないわ!だって、アーデルのやつ、シリスがアタシの妹って公表した瞬間に、リリアに大怪我させた犯人はシリスだ!って冤罪かけて、自治区に戻ったら襲撃しかねないもの!真犯人をきっちり当ててちょうだい!」


「ローゼスは鋭いですね。すでに現段階で、ヒミコの父親とアーデルは、昏睡しているけれど無傷のシリスが犯人に違いないと騒いでいるようです。私とロージーがシリスのことでマリナ区長とやりとりをしていたのも把握していて、シリスを庇っているに違いないとか、言い掛かりをつけて来て困ります。

 これ以上あの人たちの相手をして、ユレスから引き離されていると、精神的に追い詰められた私が何をするか分かりませんので、協力してください。私の精神状態が悪化しない要求なら呑みます」


 アーデルの名が頻繁に出てきているせいか、監視猫が落ち着かずうろうろしているのを撫でて宥めながら、オレの要求事項を検討した。

 ローゼスとロージーはともかくアレクが納得しないかもしれないが、言うだけ言ってみるか。


「一人、合意に至らなそうな人もいるが、三人ともオレと取引するつもりでいるなら、応じよう。ローゼスとロージーはオレの盾になってアレクを止めつつ、オレに助言しろ。アレクはこの二人がオレと一緒にいるのを認めろ。

 いいか、オレは分かっていないにも関わらず、情報も助言者も無しに突然手強い捕食者に対峙せねばならない状況だ。そんな状況で、まともな交流ができるとは思えない。ローゼスとロージーも巻き添えだ!」


「……思ったより正当な要求で安心しました。私もそうしていただいた方が助かりますので、いいですよ」


「そうね、アタシもさすがに放置するつもりは無かったから、アレク監察官が頷いてくれて良かったわ」


「ボクもユレスさんを女の子にした責任は感じていたから、間に入るつもりはあったよ。これで取引成立させる方が悪い気がするんだけど」


 あれ?オレの予想と違う。不満そうな顔をされるか説教されると思ったのだが。ボーディを見たら、溜息をついていた。


「ユレスには取引交渉の基本も指導せねばならないようですね……。今回は素直に協力してあげるつもりだと分かってはいましたけどね、もっと大きく要求するところですよ」


「オレが捜査協力したところで、解決するかどうか分からないだろ」


「遺物管理局が誇る優秀な捜査官が協力するだけで、事件が進展することは確実です。ユレスにはそれだけの実績があることを自覚なさい。仕方がないのでわたしが指導しますが、ユレスが犯人を特定した場合は、わたしが追加要求しますので、ユレスもそれに従うのですよ?」


「何でそうなるんだ」


 オレの抗議にも関わらず全員了解してしまったので、取引が成立したことになった。不満とまでは言わないが、納得できないので、文句のようなことを言ってみた。


「最初にボーディが相談受けたときに、ある程度の難易度は把握したんだろ?オレが要求を提示する前に、言ってくれれば良かったのに」


「ユレスが要求する前に、わたしに聞けばよかったのです。そこも含めての指導ですよ。なお、相談を持ち掛けられたわたしもさっぱり分からなかったので、難易度は最大と判定しました。だから、釣り合いが取れないと思って、追加の条件をつけたのです。

 大丈夫です、ユレスはこういうわけのわからない事件ほど得意ですからね。ユーリ捜査官も孫が解決した事件の数々の話を聞いて、なんてお淑やかに育ったのだと感動していました」


「オレはそこでお淑やかとか言い出す祖父さんが分からない」


「ユーリ捜査官の相棒のAIホームズは、自分の教えを理解し良く考えているようだと褒めていましたので、それでいいことになさい」


「ホームズに褒められるのは素直に嬉しいが、正当派がどうとか美学がって言いそうだが」


「猫は気まぐれに場を翻弄するものだから、美学的にも問題ないそうですよ。それから、猫はよく寝る生き物なので、ユレスがまた昏睡したのも猫だから仕方あるまいと言っていましたが、眠り姫はよろしくないそうです」


「あ、それ、アタシもホームズに言われたわね。一般公開されてる旧世界の眠り姫のお話からとって眠り姫って呼んだんだろうけど、公開された作品だと長い間眠り続けたって翻訳されてるけど、旧世界の本来のお話だと100年眠ったことになってるの。旧世界人の寿命って100年も無いから、100年眠ってる間に親しい人たちも知ってる人たちも皆死んじゃってるわ。

 ホームズは、眠り姫と呼んだら10年どころか100年眠るかもしれないし、死別を暗示するからよろしくないってご意見だったのよね」


 アレクが硬直した後にオレを見たが、確かにその通り。


「別に旧世界的フラグというわけでもないから気にする必要は無いし、変な呼び方をやめればいいだけだ」


「わたしは、なかなかいいと思っておりましたよ、眠り姫。悪い魔女に呪いをかけられて眠りにつく流れは、そのままではありませんか」


「そうね、アタシも上手い喩えだと思っていたの。イーディスっていう小娘が魔女役なのはちょっと配役に難ありだけどね。って、話が逸れてるわよ、ボーディ」


「そうでもありません。今回の事件は眠り姫が関わっているのです」


「え?ユレスは事件を拾ったり突っ込んだりするとはいえ、昏睡中のことだから、さすがにそれは冤罪だと思うわ。あ、でも、シリスも昏睡して眠り姫になっちゃったわね」


「なるべくしてなった感じでもあるんだよ、ローゼス。ボーディさんの言う通り、事件には最初から眠り姫が関わっているんだ。と言ってもユレスさんのせいじゃないけどさ。うーん、でも無関係でもないのか。まず、新王国自治区の人たちがなぜヨーカーン大劇場に来ることになったのかの話をするよ」


 ヨーカーン大劇場殺人未遂事件が起こったのは、火宴祭の日である。


 それは10年前の火宴祭襲撃事件の日であり、新王国が世界管理機構に対して宣戦布告して、新王国の設立を宣言した日でもあった。

 そして、大惨事になりかけたのに、現場にいた人々の感想が何故かにゃあに収束したことから、一部では、にゃあの日と呼ばれているとかローゼスがいらんことを言ったが、とにかく、大騒動だったり大事件が起こった日だ。


 新王国自治区が設置されたのも、実は火宴祭の日である。


 配慮なのか皮肉なのか、忘れられない日となったわけだが、同時に不穏な緊張感が高まる日でもある。

 新王国自治区の暴走する馬鹿たちが、再び盛り上がって事件や騒動を起こしかねないし、新世界推進機構側も襲撃事件を思い出して新王国自治区に胡乱な目を向けやすくなる日だ。


 有能なベルタ警備局長とマリナ区長は、面倒な事態になる前に先手を打って牽制しておくことにした。


 誠意と友好を示すために、火宴祭には新王国自治区の住民を新世界推進機構側に行かせることにしたのだ。

 つまり、人質を差し出したわけだ。荒事に長けた者を送り込むと再び襲撃事件を起こすと思われかねないので、新王国自治区の重役の親族で戦闘に向かない者たちを預けることになった。


 その判断は間違っていないと思うが、そうなると、医療室長の娘であるヒミコと治安維持室の副室長の妹であるリリアは、当然のごとく選ばれることになる。

 新世界推進機構内で騒動を起こさせたくないので姫様も悩んだが、お目付け役をつけて行かせることにして、今回は姫様の秘書官をしているシリスをお目付け役にした。シリスをローゼスに会わせるための配慮でもある。


 あからさまに新王国自治区から人質を取るような状況はまずいので、今までは何らかの理由をつけて新世界推進機構が招待した形にしていた。


 今回は、新世界推進機構と自治区が芸術面では積極的に交流することが正式に決まったこともあって、豊穣祭に参加するための打ち合わせと劇場の視察のためという名目で、新王国自治区の一行がヨーカーン大劇場に招待された。


 そうは言っても、10年前の火宴祭襲撃事件を起こした側であるので、火宴祭に参加は許されず、火宴祭では使用しないヨーカーン大劇場から出ずに豊穣祭のための打ち合わせに専念するよう、マリナ区長が念押ししていた。

 新王国自治区は豊穣祭で演劇を披露することが決まっており、事件当日には、演劇で使用する道具類をヨーカーン大劇場に持ち込んで、通し稽古をしていたので、マリナ区長の言いつけはしっかり守っていた。


 演目は<眠り姫>で、主演の眠り姫の役をヒミコとリリアが争っていて、通し稽古をしてみて、相応しい方が主役に選ばれることになっていた。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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