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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第八章 眠り姫と黒猫
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12 新王国自治区の罰則規定


 オレと一緒にいると事件に突っ込む男であるアレクは、オレの発言を訂正することもできずに、恨みがましい顔でオレを見た。


「言っておくが、初対面で事件を持ち込んで来たのはアレクだし、今回もそうだろ。アレクが望む普通の生活をしたいなら、オレに関わらない道を模索することをお勧めする」


「事件が発生するのが普通の生活だと割り切ることにしました。ですが、普通の会話まで諦めているわけではありません」


「でも、今から事件の話をするんだろ?」


「まあまあ、ユレスさん、アレクさんにも葛藤があったわけだから、それくらいで許してあげてよ。本当はもっと早く、ボクたちだけで片付けたかったんだけど、訳分からないし、アレクさんの身が狙われて大変だったりしてさ。アレクさんから言いづらいだろうからボクが言うけど、ヒミコとリリアはアレクさんを狙ってるし、そのことで二人はいがみ合ってる関係なんだ。マリナ区長も苦労している」


 姫様が?それは由々しき問題だな。

 オレが反応したのを見て、アレクが不機嫌になった。


「……ユレス、私の身を案じるのではなく、マリナが苦労していると聞いて興味を持ちましたね」


「アレクは女に迫られるのは慣れ切ってるし、対処も心得てるだろ。信頼だ。だが、姫様は、人権倫理とめんどくさい女たちとの板挟みで苦労しているのかと思うと、心配だ」


「確かにボクもマリナ区長のことは心配だけどさ。血族会合という変態集団と、<知識の蛇>っていう犯罪者集団だけでなく、ハーレム一族とかめんどくさい人たちばっかり集まった自治区をまとめるのは、本当に大変だよ。

 それでも何とか瓦解させずにまとめているあたり、実力者だと思う。マダム・ベルタも、あれはできるいい女だよって認めてるくらいだしさ。マリナ区長とマダムがいい関係を築いているおかげで、自治区が想定以上に安定していると言ってもいいと思うんだ」


 不機嫌そうなアレクもそこは賛成らしく、説明してくれた。


 ベルタ警備局長とマリナ区長の連携によって、犯罪自治区となりかねなかった新王国自治区の治安は高い水準で維持されている。

 新王国自治区の規定は、新世界推進機構に比べてはるかに自由度が高く設定されたが、同時に罰則規定も厳しく設定された。


 ベルタ警備局長は、新世界推進機構で導入するには苛烈すぎたり、人道上の問題が懸念されるような罰則規定の試行の場として、新王国自治区を使っているようだ。

 <知識の蛇>がいる以上、その思想に従って好き勝手に犯罪行為も躊躇わない自治区となりかねないことを危惧したマリナ区長は、その苛烈な罰則規定を取り入れて適用させた。


 簡潔に言えば、やったことがそのまま罰則として適用される規定だ。


 性犯罪行為をした場合、性犯罪行為と同等の罰則を受けて広場で晒されるのである。<知識の蛇>が探求のために誰かの家を爆破した場合、<知識の蛇>の拠点も爆破されるのだ。

 誰かに犯罪行為を仕掛けるのですら貴重な経験であるならば、同じ行為を受けるのもまた貴重な経験に違いないと言われたら、<知識の蛇>は受け入れるしか無い。


 おそらくだが、ジェフ博士の入れ知恵があったと思われる。

 博士はそういう発想で<知識の蛇>を何度も論破した挙句に、そっくり同じ真似をしたことがあるそうで、<知識の蛇>は博士を忌避している。ときに蛇の幹部が部下に執行せざるを得ないだけの理論武装をしてくるからだ。


 <知識の蛇>の思想を最大限に利用した強烈な手法であるが、まだるっこしいとかで鋼の女の流儀には合わない。

 だが、使えるものは柔軟に取り入れるベルタ局長は、罰則に上手く取り入れられないか検討していたし、試行して効果を検証したいと思っていたのだろう。


 人権倫理の番人であるマリナ区長は、罰則規定を公開すると共に、具体的にどういう行為をしたらどういう罰則が適用されるかの事例を詳細に掲示したらしい。


 さすがの<知識の蛇>も性犯罪者たちも震えあがった。


 人道上どうとか言おうとしても、そもそも犯罪行為をするなという話だ。

 <知識の蛇>は好きにやらせてくれる約束だったと主張したくても、<知識の蛇>の思想を最大限に尊重した、好きにやることはできる分好きにやられる経験をという罰則規定とされた以上、文句を言ったら<知識の蛇>の思想に反することになる。


 かくして<知識の蛇>は自重し、歴史上稀に見るほどの礼儀正しさを自治区で発揮しているそうだ。


 さすが姫様、素晴らしい指導だ。


 オレが説明を聞いて心から感動しているのを、アレクが面白くなさそうな顔で見ているからか、ロージーがアレクの代わりに口を開いた。


「ヨーカーン大劇場の事件が新王国自治区で起きていた場合、犯人は顔面をぐちゃぐちゃに潰されたり、全身滅多切りの状態になりかねなかったから、ある意味良かったのかもしれないよ。あれはちょっと、直視するのがきつい光景だった。

 一応の治療は終わったけど、ヒミコは顔面が歪んで、ぼこぼこ状態になっているし、リリアは縫合跡がくっきり残ってるから、二人とも鏡を見て動揺して狼狽えたり錯乱状態になるし、暴れ騒いでろくに事情聴取もできない状態なんだ。両方とも数年かけて整形治療したら元に戻れるけど、しばらくは人前に出たくないと思うよ。

 それで、二人の家族も黙っていられなくなっている。ヒミコの父親は元治療局長だし、新王国自治区でも似たような職務である医療室長になっている。でもって、リリアの兄である冤罪捜査官は、警備局的な職務である治安維持室の副室長をしてるよ。

 両方とも、事件直後の二人の映像記録とか一通りの治療後の映像記録見て激怒したり大騒ぎしているけど、言い分がすごいよ。自治区の外で起きた事件だから、責任を取ってアレクさんが結婚しろとか、犯人を即座に見つけて自治区に送れ、自治区の罰則規定を適用してずたずたにしてやる!って騒いてるみたいでね。支離滅裂過ぎて、マリナ区長は精神異常として隔離室に放り込むのも検討しているようだね」


「支離滅裂過ぎる……。姫様が大変だな」


「ユレス、そこは理不尽な言いがかりをつけられて、無理やり結婚を迫られた私を気遣うところです」


「……理不尽な罠にかけて無理やり結婚しようとする男には、相応の罰則が適用されただけだと思う。そこは、ばばあに判断を仰いでもいい。つまり、自治区にいる親族が大騒ぎしていて、新王国自治区の安定が揺らぎかねない事態でもあるから、そっちも大変なんだな?」


「そういうこと。医療室長と治安維持室副室長が職務放棄していがみあっているような状況でもあるし、二人とも犯人に復讐する気満々だからね。アレクさんはそっちの抑えの方に忙しくて、ボクは三人の治療の手配と自治区にいる親族との連絡調整に忙しかったんだ。本音を言えば、シリス以外は自治区に返してしまいたいけど、そうもいかない。

 ヒミコとリリアの家族も二人を返せとは言わなかった。新王国自治区の治療設備も最先端のものを整えてるから実力は十分なんだけど、<知識の蛇>を警戒したみたいだ。新しい治療法を試したくても罰則規定が厳しいがために、蛇も困っている。重傷患者がいたら協力する大義名分になるので、怪我人が運び込まれるとすぐに聞きつけて蛇が押し寄せてくるらしい。可愛い娘と妹を、蛇の人体実験対象に狙われたくないのは分かるよ。

 あと、本当にひどい顔だったから、自治区住民がうっかり目撃するような事態も避けたかったんだろうね。ボクもそこは配慮して、ヒミコとリリアの傷の状態を見せる相手はかなり制限したよ」


「お気遣いして偉いわ、ロージー。ええ、乙女的には大問題ですものね。でもね、アタシ思うんだけど、ヒミコとリリアが狙ってるアレク監察官は見てるんでしょ?意味ないじゃないのよ」


「私が新王国自治区担当で、事件捜査もしている以上仕方ありませんし、見たところで何とも思いません。何ですか、ユレス?あなたが怪我をしたら、私も大騒ぎしますよ」


「いや、それはどうでもいいんだが、訳が分からん。オレが分かっていないだけかもしれないが、アレク捜査官がリリアが偽証して冤罪かけたことを警備局に暴露したよな?アーデルは激怒してアレクに殴りかかった挙句に捜査官資格剥奪されたはずなのに、それでもアーデルがリリアとアレクを結婚させようとするものか?」


 ボーディが溜息をついて言った。


「ユレスが分かっていないのも確かですが、これはユレスに情報制限していた側にも責任がありますよ。アレク監察官は、ユレスに情報制限するから、分かってもらえないのだと思います」


「……ユレスが納得して流してしまうから、言いたくなかったんです。アーデルが私に黒猫のことを話して、私から協力依頼をするように言ったのは、理由がありました。

 ヨーカーン大劇場占拠事件のときに、危うい状況だったリリアを寸前で私が助けた状況でしたので、リリアが私と結婚すると言い出し、アーデルも兄として祝福するつもりでいました。だから、私を見込んで、リリアの冤罪を晴らして結婚してくれというのが、アーデルの勝手な要求でした。

 当然、その場でお断りしましたが、妹が関わると、話を聞かない駄目な人ですね。<菩提樹>でローゼスに色々暴露されたのに、あの場ではリリアの冤罪を晴らすために黙っているしか無かったが、あれはローゼスの嘘だと言い張って、リリアのことを弁護しようと詳細に語ってくれました。おかげでリリアの偽証とかアーデルが冤罪をかけた手法についての事情聴取ができて、詳細な報告書ができましたけど」


「ローゼスにも冤罪かけてくれた子だから、ボクも警戒して、リリアが新王国自治区に行った後も情報収集していたけど、言いたい放題言ってくれてるみたいだね。アレクさんとは陰謀のせいで引き裂かれたことになっているらしくて、リリアはいまだにアレクさんを諦めていないし、妹がそういう態度だからアーデルは妹を応援しているってとこかな。

 ただ、リリアとしばらく一緒にいると、妄想癖があって虚言ばかり言う子って分かりやすいから、まともに取り合っている人はほとんどいないかな。相変わらず男を引っかけて騒動起こしまくるヒミコと共に、マリナ区長の頭痛のタネだと思うよ」


「姫様……可哀想だ」


「ユレスはマリナより私に同情すべきです。面倒な人たちから早急に解放されたいので、事件捜査に協力してください」


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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