11 面倒な状況
ロージーの計画を当然アレクも知っていたし、助言もしたし、協力も申し出た。
どうせなら派手にお披露目して相手が逃げられなくした方がいいという、いかにも血族的なろくでなしの発想で二人は手を組んだのだ。
シズマが成人する年には、マイクルレース場で10年に一度の最難関コースが開催される。互いの目的のため、本気で優勝を狙いに行くことにした二人は訓練に励んだ。
何も知らないローゼスは、ロージーを応援して、お弁当の差し入れまでしていた。
しかも、ロージーが優勝したら何かご褒美欲しいとねだるのにほいほい頷いて、アタシにできることならなんでもしてあげるわとまで言ったらしい。
完全に罠にはめられたとしか思えない。
兄心を思いっきり裏切ったロージーは真剣な顔で言った。
「そういうわけで、ローゼス、ボクと結婚して!何でもしてくれるんだよね」
「お、おう……可愛い弟の、まさかの裏切りに、アタシ、どうしたらいいのか」
「ボーディ、さすがにこれはどうなんだ。いくらボーディの良心は死んだとはいえ、ローゼスが可哀想だろ」
「仕方がないのです。わたしは、アレク監察官とロージーが勝利したら見合いの場を設定すると約束してしまった立場でしたからね。ローゼスとロージーが兄弟ではない証拠も提示されて説明された以上、協力してあげるしかありません。ただし、二人は正式に実の兄弟として登録されておりますので、この状態で見合いを進めることは手続き的にも倫理的にも問題です。事態を打開するためには、捜査が必要なのです」
「そう言えば、事件を捜査して解決せねばならない事態と言っていた気がするが、ロージーの両親の件は捜査が終わっているし、ローゼスの両親の死因となった火事の原因も犯人も特定されたし、すでに姫様に成敗されていたんだろ?犯人がロージーの実の父親というのは複雑な気分になるだろうが、ロージーは割り切っているし、ローゼスもそうだと思う。捜査する案件って無いだろ」
「そうよね?アタシも話を聞いていて特に疑問点とか無かったし、ユレスの言う通り割り切っているというか、ロージーパパは駄目な男だから、生きていたら一発入れておきたいくらいで、ロージーに思うところはないもの。いえ、真相を聞かされても、アタシの可愛い弟だと思ってるの!アタシを罠にかける子に育ってしまったのは、今からでも再教育できないかって必死に考えているのよ!」
「女に性別変更治療して、ボクのお嫁さんになってくれることも考えてよ。あと、本当の妹であるシリスのことも。ユレスさんにお願いしたいのはシリスの件なんだ。
ボクとローゼスは今のところ実の兄弟ってことで出生登録されているけど、ボクたちが兄弟ではない証拠はしっかり揃っているし、すでに死んだ駄目な男のやらかした件もマリナ区長が調査して資料を揃えてくれていて、被害者であるボクの実の母親も証言する気でいるから、ボクたちの出生と本当の両親の情報登録の修正は問題なくできる、はずだったんだ」
はずだった?ということは、つまり何か問題となる事態が発生したのか。ボーディが事件とか言っていたが、シリスが事件に巻き込まれたとか?
アレクを見たら頷いた。
「ユレスが目覚めて精密検査のために連れて行かれた後、私がすぐに迎えに行けなかったのは、事件が起こっていたからです。ユレスが目覚めた火宴祭の夜、ヨーカーン大劇場で殺人未遂事件が起こりました。
被害者はヒミコ・ハナ・サクラ。顔面を強く打っていて一応の治療は終わりましたが、精神錯乱と記憶混濁のせいでろくな証言が得られていません。それから冤罪捜査官の妹のリリアも被害者です。全身に大量のガラスの破片を浴びて血まみれになりました。妄想と虚偽に満ちた証言をされる可能性が高く、証拠として採用できません。
三人目の被害者が、ロージーと取り換えられた子であり、ローゼスの実の妹でもあるシリスです。高濃度の睡眠薬の大量摂取により昏睡中です。身体機能が仮死状態にまで低下して危険な状態となり、解毒治療が間に合ったので危険な状態は脱しましたが、まだ目覚めていません。
全員が新王国自治区の住民として登録されていますが、現場のヨーカーン大劇場は自治区外ですので、事件は新世界推進機構の警備局が捜査して新世界推進機構の規定で処罰することになります。ただ、自治区の住民ですので、自治局と監察局も無関係ではいられません。新王国自治区との連絡調整も必要な面倒な案件ですので、私はそちらにかかりきりでした」
「わ、わーお。ヨーカーン大劇場で事故があって使用不能になったのは知ってるけど、何なの、その厄介事と面倒事をしこたま詰め込んだ状況は。あ、だから、時事情報放送も詳細情報を流さなかったのね。
えーと、贔屓しちゃうけど、シリスちゃんの容体って大丈夫なのかしら?誰かさんのおかげで、昏睡状態の対応に慣れてるから、なんなら遺物管理局の治療官に相談してもいいと思うわ」
「ユレスさんのことで前から情報共有してたから、ボクで対応不能になったら相談に行くつもりだよ。事務系主体となってるけど、ボクも治療官資格を持っているからね。無理なく徐々に薬の影響消しているだけで、順調に治療は進んでるけど、ボクと取り違えられた件の修正登録とかやれる状況じゃないんだ。ボクの母親って言うよりシリスの母親って言いたいけど、彼女も来てつききりで看病してるけど、精神的にかなり追い詰められててさ」
「そうなの……。でも、アタシ安心したわ。ロージーママは、シリスのことを守ってきたし、可愛がって育ててくれたのね。今さらことを荒立てて、修正登録とかしなくていいと思うわ。シリスだって混乱すると思うわよ」
「そうはいかないよ、ローゼス。シリスには、取り換えられたことも含めて事情は全部説明してあるんだ。二年前にボクとシリスとママで会合して話したけど、シリスは割とあっさり納得してローゼスに会いたがっていたけど、ボクはまだローゼスに話していなかったから、待ってもらったんだ。
本当はマイクルレース場の最難関コースで優勝した後でローゼスに話すつもりでいて、火宴祭の後、ローゼスとシリスを会わせる予定だったよ。シリスがヨーカーン大劇場に来ることになったのは、そっちの用事にかこつけてローゼスと会うためだったんだ」
「そうだったの……。そう言えば、優勝した後、お祝いに食事に行きたいとか言ってたけど、ロージーの都合が悪くなったんじゃなかったかしら。いえ、正確にはアレク監察官よね」
ローゼスの視線にアレクが頷いた。
「ユーリ捜査官が最後のあがきで、ユレスを連れて逃走する可能性もありましたので、ユレスの身柄を早急に私の家に移すことにしました。ロージーには無理を言って手伝ってもらってしまいましたね」
「オレの人権どうなっていたんだ。昏睡中なのに、デルシー勤務させられたと聞いたし、扱いが酷くないか?」
「環境を変えれば目覚めるかもしれないという、お気遣いと配慮ですよ」
オレが昏睡している間、オレの身柄は転々としていた。
祖父さんが現役捜査官に復帰していたが、無茶をやらかす祖父さんに昏睡したオレを任せていいかどうかについて、関係者各位の信頼度が著しく低かったのだ。
オレは最初は遺物管理局の治療室にいたが、祖父さんが鬱陶しく様子を見に来るので、迷惑になると判断した局長とボーディが、オレを<菩提樹>に移した。
それを知ったデルシーの支配人が、ドルフィー・セラピーを受ければ目覚めるかもしれないのでデルシーで預かると言い出し、ベルタ警備局長も祖父さんをおびき寄せる餌としてオレを預かったりしていたので、混沌とした状況のまま、オレの身柄はあちこちに行っていたらしい。
「ユレスさんの体に負担になるとは思ったけど、療養環境を変えるのって意外に効果あるから、ボクも止めづらくてさ」
「ロージーは職務を遂行しただけだから、気にするな。シリスのことも実家というか自治区に返した方がいいのかもしれないが、そうもいかない状況なんだな?」
「ものすごく面倒な状況になっているから、治療官として以前に人道的観点から返せないかな。少なくとも何があったか判明するまでは動きようもなくて、ボクとアレク監察官も事件を解決するために頑張っていたんだよ。
でも、証言と状況が錯綜し過ぎていて、訳分からなくてさ。これ以上精神疲労を積み重ねるよりは、ユレスさんに捜査して貰う方が賢明だって結論に至った。ついでにローゼスにすべてを打ち明けてしまいたいし、そのまま見合いも設定して欲しくて、ボーディさんに全部話して協力してもらったわけだよ」
「はい、ですが、わたしは見合いの席を設定する以上のことはできませんし、捜査するかどうかはユレス捜査官次第です。さすがに、話くらいは聞きますよね?」
「……酒の肴に聞いてやる、と言うしかないんだろ」
ボーディが、ではお酒とおつまみを追加しなければいけませんねと仕切った。給仕が色々運んで来てくれるので、さすがに踏み込んだ話はできない。
給仕たちが皿を並べて料理の解説をしてくれたが、魚料理が多いし、すべてアレク監察官が釣って来て差し入れてくれたものだそうだ。
そして、お見合い上手く行くといいですね、とアレクを応援して、オレに圧力をかけて去って行った。
「……ボーディの仕込みか?」
「違います。アレク監察官の仕込みですよ。可愛い眠り姫を逃がさないための包囲網は、お見事としか言えません。マイクルレース場の大レース会でも盛り上げてきましたし、眠り姫がようやく目覚めて、わたしがお見合いの席を用意したとなれば、注目を集めて当然です。皆が、アレク監視官を応援していると思いなさい」
「注目を集めている見合いの席でしているのは、事件の話だぞ」
「大丈夫だよ、ユレスさん。そんなこと誰も想像もできないからさ」
「その方がおかしい。オレは捜査官だし、アレクもそうだったろ。共通の話題と言えば、事件のことだ」
オレに同意するように、監視猫がにゃあと鳴いた。
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