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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第二章 博士と黒猫
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4 博士の妻


 肩に黒猫を乗せて旧世界管理局の受付館に出たら、再びのポーズを決めて、ジェフ博士が待ち構えていた。


 どうあってもオレを連れて行くつもりらしい。


「新婚の家に一人で乗り込むほど無謀じゃないから、せめてローゼスを道連れにしていいか?」


「あれを新婚の家に連れ込むほど儂は無謀じゃないから、却下だ。安心しな、一人が嫌だってのは分かったから、他にもゲストを呼んでやった。妻の弟だ」


「余計行きたくないんだが。何で身内だけのとこにオレを連れ込むんだよ」


「んなの、ユレスは儂の身内枠だからに決まってるだろが。親友の孫だから儂の孫のようなもんだ。親友の代わりに構ってやって何が悪い。にゃーにゃー騒がずに来やがれ」


 ジェフ博士は旧世界管理局の常連であり、受付館の警備にも顔なじみのせいか、オレが強引に転送装置に連れ込まれても、いつもどおりに見送られてしまった。


 世界研究局は転送先に登録されているし、ジェフ博士の自宅兼研究所は研究局の転送先にしっかり登録されているので、二度の転送を経て、すぐに博士の自宅に連れ込まれた。

 直接転移可能な<菩提樹>とさして変わらないくらいに、逃げる隙が無い。


 ジェフ博士の屋敷の一階部分は研究所として使っているし、転送装置はその一角にあるわけだが、転送装置の部屋を出たところで、目を疑った。


 ここは……どこだ?


「ったく、来る連中皆と同じ反応しおってからに。ここは儂の屋敷だし、間違えて別の家に転送されたわけでもねぇよ。大体、個人宅に転送装置が設置してある場合は、家主に承認登録された連中しか転送先に選べないのが常識だろが!」


「目を疑うくらいに別の家だから仕方ない。お隣のポーラ女史が乗り込んで来たときでも、廊下が通りやすくなったくらいにしかならないのに」


「隣のばばあはそこらじゅうの部屋に勝手にものを押し込むからだろが。空き部屋に適当に押し込むことは、掃除とは言わねぇっての。見当たらなくなったもんを探すのに苦労したぜ」


「どうせ廊下には、捨てるだけのものしか置いていなかったと思うが」


「捨てるしかない遺物部品でも、他の遺物の破損部品と取り換える役には立つとか言ったのはお前の祖父さんだぞ。確かに、時にだが役に立つんだよな」


「それで遺物のゴミ屋敷になった元凶が祖父さんって話だっただろ」


 ジェフ博士の研究所は博士の個人活動のためのものであり、時に助手や雑用係を入れるものの、基本的に所長兼職員一人だけのものだ。

 それなのにわざわざ研究所として申請して登録しているのは、扱う対象が遺物であるからだ。とはいえ、危険度の低い旧世界時計が対象である。


 時間に拘りのあったらしい旧世界人は、時間や日付を表示するだけの機能をもつ時計を数多く製造して、あちこちに置いていたようで、発見される遺物のなかに時計は大変多い。


 ジェフ博士の経験上、旧世界時計が見つからなかった旧世界遺跡は無いらしい。

 ただし、見つかる時計の大半は破損していたり機能不全になっているため、危険度の低い遺物ゴミとして還元して、世界の構成物質に戻すのが妥当でもある。


 今の世界で旧世界時刻が使用できるわけもなく、腕輪の基本中の基本機能として、世界共通の合意時刻が表示されるわけなので、時計を持つ意味もない。


 だが、旧世界時計は多種多様なものがあり、宝石をはめ込んだ精密なデザインの宝飾品の腕輪のようなものから、仕掛けが組み込まれて、設定時刻になると、それが自動的に動き出すものまであることから、芸術品枠の遺物として扱われることもある。


 ジェフ博士は職務で遺跡調査に赴いた報酬として、面白そうな旧世界時計を現物で貰うことにしている。

 拘束時間が長くて危険度が高い職務の場合、追加で報酬を用意しないと公平性が保たれないがゆえの措置であるが、偏屈で引きこもりの博士は、提示される他の報酬にまったく興味がないし、別のものを要求するのも面倒だと、破損していても構わないのですべて旧世界時計でと指定することにしたそうだ。


 その結果として、この屋敷には、破損していたり機能不全である旧世界時計が大量に詰め込まれることになり、博士の個人活動の趣味として、時計の修理や再構築に励んでも追いつかないくらいに増えて、廊下にまであふれだすわけだ。

 祖父さんがいらん助言したせいで、捨てるしかないと思っても使える部品があるかもと思うと捨てられないとか何度も言われたが、文句は祖父さんに言って欲しい。


 見違えるようになった廊下を歩きつつ聞いたら、新婚の妻がゴミの山に等しい旧世界時計を整理したり、破損したものを分解して部品ごとに分けて整理して、しまってくれているらしい。

 それで未処理の分は地下倉庫に全部おさまるようになったそうで、一階の部屋の一つを見せて貰ったら、部品が棚に整然と並べられていた。


「……博士、まさか助手代わりにするために結婚したとか言ったら、オレは警備局長に報告して、天誅を下して貰おうと思うんだが」


「殺人事件が起こりそうなことを、ベルタに吹き込むんじゃない。儂は妻にそんなことしなくていいし、やるなら誰か人雇うと言ったんだが、家にいてやることないのもつまらないし、面白そうだからやりたいと言われてな。

 出会ったきっかけも旧世界時計だし、本当に興味があったし才能もあったんだろ。別の才能の方が有名なんだが、家で静かに細かい作業するのも好きなんだと。楽しんでやってるならいいかと好きにさせてるだけだ」


「これが、惚気というやつか。警備局長が惚気とか聞いたら殺意が燃え上がるとか言っていたことがあるんだが、オレはそういうタイプではなかったらしい」


「怖いこと言うんじゃない。それから、あのばばあには絶対言うなよ。ところで、ユレス。お前本当に、儂の妻が誰か分からんのか?」


「オレに紹介した記憶もない博士がそれを言うのか?さすがに名前くらいは確認してきたが、公開情報だと、アリア・リース・マンディ。それ以外の個人情報は本人申請により非開示になっていた。何か事情ありの人か?」


「そう言えば、静かに生活したいからそうしたとか言ってたか。まあいい、会った方が早いからな」


 二階への階段室で、腕輪で再び認証した。

 研究所として登録している以上、一階には査察や立ち入り検査が入るかもしれないので、住居部分との境界はしっかり設置して安全対策も強化したのだったか。

 

 二階には価値の高い芸術品の範疇になる旧世界時計も保管してあるから、なおさらかもしれない。

 オレの部屋だと博士が言い張る部屋は、そういう高価値の旧世界時計を展示している部屋であり、修理する部屋でもある。唐突に壊れるので、オレはその部屋で宿泊する代わりに、修理できるならしろと仕事をぶん投げられるわけだ。


 二階部分の玄関のような部屋に入ったら、すぐに向こう側の扉が開いた。お気遣いしてくれたのか、出迎えに来てくれたらしい。


「お帰りなさい、ジェフ!それから、ようこそいらっしゃいませ、黒猫さん」


 ん?ものすごく華やかな美人がジェフ博士に抱き着いて、オレにも微笑みかけて来たが、どこかで見たことがある。

 最近ローゼスがあれこれ押し付けてきたもので見たと思うのだが……。


「初めまして、ジェフ博士の遠縁の孫のような位置付けの、ユレス・フォル・エイレだ。唐突で申し訳ないが、不意に目に異常をきたしたらしいので、日を改めて訪問させていただきたく」


「ある意味想定の反応だな。だが、安心しろ、お前の目は正常だし、儂も正気だ。改めて紹介するが、儂の妻のアリア・リース・マンディだ。歌姫マリア・ディーバという名前の方が有名になりすぎてるが、それは旧世界的芸名ってやつだな。

 職務上の公称ってことで、局長でも本名使わんで仕事してるやつもいるだろ。有名になりすぎると私生活も干渉されてめんどくさいからな。ほら、説明やら話もあるから、さっさと入れ」


 肩の上で、オレの代わりに黒い子猫がにゃあと鳴いた。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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