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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第八章 眠り姫と黒猫
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5 お見合い


 <菩提樹>の主人であるボーディが、特別区画に入る前に迎えに来た。


「よく来ましたね。ユレスは大変お久しぶりですね?」


「それ、この前もやっただろ」


「そうよねぇ、前回は慌ただしかったけど。あ、そうだ、今回はちゃんと果実酒飲みましょうよ」


「オレは青茶でいい」


「いいから付き合いなさい!って、なんかこういうやりとりを10年前にもした気がするわ」


「そうですね。今回はあのときの仕切り直しと言ってもいいでしょう」


 ボーディがお気に入りの花木の下に、10年前と言うか、オレにとってはしばらく前と同じような宴席が用意されていた。

 ローゼスと並んで座るのも、対面に二人分の席が用意されているのも同じだ。


「……ボーディはとうとう仲人を始めたのか」


「長老の一人として助言するくらいで、積極的に場を設定したりはしませんけれどね。今回は、そういう約束になっていましたので、場を整えました。いいですか、二人とも。今回は事件の相談では無く、お見合いですからね」


「やーね、分かってるわよ。今年のマイクルレース場も10年前みたいに盛り上がったものね。隠居と現役は、最難関コースで優勝できなくて残念だったけど」


「今回は、わたしたちが優勝したら盛り上がらなかったと思いますよ。暴虐覇王はそれでもやらかす気でいたので、わたしは自重させたのです」


「後半から操縦席を奪い取ってかっ飛ばしたのって、隠居の方じゃないのよ。あれ、本気だったでしょ」


「さて?試練を超えて結婚するのは、旧世界的にも燃える展開だと思います」


「ボーディ、オレにとってはつい最近の記憶であるところの10年前には、結婚相手をかけて盛り上がるのも分かるが、在りし日の思い出との心温まる交流も世界には必要だとか言っていなかったか?」


 さあどうでしたか、もう10年前のことですからね、とご隠居様がとぼけたが、オレにとってはつい最近の記憶だ。


 だが現実は10年経っているので、10年に一度のマイクルレース場の最難関コースでは、隠居と現役という芸名で出場したボーディと祖父さんを制して、アレク監察官が優勝していた。


 ローゼスから時事情報放送の映像記録を見せられたときには、質の悪い冗談か悪い夢で片付けたくなったぞ。


 祖父さんの方の飛び入り出場権を使ったことを事前に公表していたそうで、レースファンたちは伝説の年の二人の出場に大いに盛り上がっていた。そして、最難関コース開始前の出場者に対する取材でさらに盛り上がった。


 先に取材を受けたアレク監察官が、祖父さんを挑発したからだ。


 自分が優勝したら眠り姫との結婚を認めてもらいますと宣言された祖父さんは、自分のところに取材が回って来たときに、優勝してから言え、若造め、全力で潰すと答えた。


 そして大激戦の末に、僅差でアレク監察官が走り抜けた。


 昏睡している状態の眠り姫は本人の意思確認ができないので、レース・レディに指名できなかったようだが、昏睡していて良かったと思う。


 それは、確実にその場で結婚宣言させられる流れだろ。


 10年前の不動覇帝は、そういう人権無視した行為を阻止するために難関コースに出場したのに、過ちを繰り返してどうする!


 不動覇帝は暴虐覇王の孫と噂されているのに、何故か不動覇帝と眠り姫が同一人物だとは結びつかないらしい。


 自然環境課の情報攪乱が優秀なのか、それとも人は信じたいことを信じる生き物だからなのか。

 不動覇帝は職務枠の自然環境課として出場して難関コースを荒らすような真似をせず、最難関コースは暴虐覇王に譲って引いたという美談となっているそうだ。


 単に昏睡しているだけだと、誰かが気づく方が自然だと思う。


 十年前の覇者である不動覇帝があまりにも悠然とし過ぎていて、昏睡している眠り姫の印象とは結び付かないらしいが、混乱した関係性のせいで、10年後の最難関コースではアレク監察官と不動覇帝の勝負が期待されているそうだ。


 オレは一体どういう立場でいればいいのか、さっぱり分からん。


 現在のオレは、祖父さんがマイクルレース場でうまく煽られたせいで、アレクと正式に見合いする立場となっている。

 ボーディは巻き添えになったのか、自分から介入したのか、アレク監察官が優勝したら、お見合いの場を設定することを約束していた。


 オレが昏睡する前にアレクと向き合うと約束したし、取引したし、10年間の期間は経過してしまったので、逃げたくても逃げられない状況だ。

 ボーディとローゼスはオレの見張り役でもあるが、オレも逃走不能と諦めている。


「おや、いらっしゃいましたね」


 ボーディの視線が指し示す方向に、人目を惹く華やかな美貌の長身の男が見えた。オレを見て微笑んだが、オレが逃走してもすぐに捕まえられるよう油断していないのも分かる。


「本日は見合いの場を設けていただき、ありがとうございます。アレク・ノース・サンディです」


「ユレス・フォル・エイレだ。……ところで、一人か?」


「いいえ、連れは少し遅れてきます。お見合いの場ですので、身支度を整えに行きました」


「あらぁ、お気遣い。ユレスはなってない子でごめんなさいね」


「起きていてくれるだけで十分です。それにお見合いと言っても形式だけのもので、食事した後、ユレスを私の家に連れ帰るために迎えに来ただけです」


「ちょっと待て、結論が飛躍し過ぎているぞ。ボーディ、仲人として仕切れ!」


「わかっておりますよ。ユレスとアレク監察官のことはすでに決定済みとしてもいいのですが、わたしは、お見合いを設定した者として、仕切るつもりはありますから」


「決定済みなのに、仕切る必要ってなくないかしら?ユレスの指導は必要だと思うけど」


「いいですか、ローゼス。わたしは10年ほど前に、時間を貰えればユレスとローゼスにも見合いの場を整えられると言ったはずです。ようやく見合いの場を設定できました」


「えっと?……あのね、ボーディ、ユレスは決定済みで一応見合いの形式を整えただけだからいいとして、アタシと見合いしようなんて人生捨ててかかってる猛者がいるなら、止めてあげるべきだと思うの!まさか、特殊系人生経験をしたい蛇の人?」


「ローゼス、それは、あらゆる意味でローゼスに失礼ですよ。ほら、来ましたよ」


 案内されて来る人を見て、オレは自分の目の異常を疑った。

 いや、知らない相手ではないし、オレにしては数少ない顔見知りだし、目覚めてから直接会ってはいないが、映像記録は見せられた。


 思わずアレクを見たら、微笑んで頷いた。


「一緒に最難関コースで優勝したというのに、私だけがお見合いを設定していただくのは不公平ですから」


「えっと?えーと、アタシ、頭が動いていないんだけど、ちょっと、ユレス!ここはあんたが頑張ってちょうだい!?」


「無茶振りするな!いや、その前にロージー、でいいんだよな?」


「久しぶりだね、ユレスさん。すごく可愛い姿になったね。ボクもかなり男っぽくなったけど、顔はそんなに変わってないから、分かってもらえると思ったんだけどな」


 仕草とか器用にウインクして来るあたりは変わりないが、オレの覚えているロージーは中性的な美男子に見える男装の麗人だったが、今目の前にいるのは明らかに男だった。

 身長も伸びているし、すらりとした姿であるが、体の輪郭の固さは女のものではない。


 ローゼスが語ったところによれば、可愛い妹のロージーは色々思うところがあって、性別変更治療を受けて男になることを決意したそうだ。

 そして、治療を受けつつ鍛錬に励み、いけてる男になった姿をマイクルレース場で大々的にお披露目した。


 ロージーはデルソレ関係事件の協力者になった後もアレク捜査官と連絡を取り合っていたそうで、最難関コースにはアレクとロージーで組んで出場して優勝したので、実に派手なお披露目となった。


「……すまない、オレも混乱しているから念の為確認するが、ロージーは実はオレとお見合いしに来たということは」


「ありません。私の目の前でいきなり浮気するのはやめてください」


「兄と弟で見合いを設定するよりましな状況だろ!?ボーディ!良心だけでなく、まさか倫理観まで死んでしまったのか!?」


「落ち着きなさい、ユレス。わたしの倫理観はまだ死んでいませんから。ロージーが提出した証拠資料からして、ローゼスとロージーのお見合いを設定しても問題ないと判断しました。

 ですが、見合いを進めるためには、事件を捜査して解決せねばならない事態に直面したのです。ここは遺物管理局が誇る優秀な捜査官の出番ですよ、ユレス捜査官!」


 ボーディは、事件の相談ではなくて、見合いだとか言っていなかったか?


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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