3 新世界推進機構
オレ抜きで話が決まったが、割とよくあることなので流した。
ローゼスが治療官に先に話しておくと言うので、入局管理室から治療室に向かった。治療官はせっかく来たからとオレを簡易診察しながら、ローゼスにお説教のようなことを言った。
「ユレスちゃんに無理させたら、駄目よぉ?そりゃあね、ユレスちゃんが起きてから判定して貰った方が安全だし確実だから、封印しておく方が正解だったけれど、ユレスちゃんがあの量を見たら、泊まり込みでやるとか言い出しかねないもの」
「そんなにあるのか?」
「そんなにあるのよ。発見されたのは、旧世界の有名かつ人気の遊び場だったフェアリーランドなの。フェアリーランドに関する旧世界資料が今までにたくさん見つかっていたから、フェアリーランドでは多くの人型人工物が職員として働いていたことは分かっていたわ。
だから、たくさん発見されたのは想定内なんだけど、フェアリーランド仕様の人型人工物だから、遺物管理局のデータベースで照合不能なのよね。フェアリー型って呼ぶことになったけど、戦闘型とかセクサロイド型も混じってるっぽいけど、可愛らしい子どもみたいな子たちが多いのよ。遺物調査課長が鼻血噴いて興奮するくらいにね。早く判定してくれと暴走する変態紳士と、うちの課長が取っ組み合った挙句に治療室送りになったくらいの惨状だったわ」
「変態性癖は、姉御だけじゃないしな……」
遺物調査課長は、子ども型の人型人工物が趣味である。
あくまでも鑑賞するだけで、不埒な行為に及ばない紳士だと一応信じているが、特別鑑賞室で子ども型の人型人工物を鑑賞している遺物調査課長の姿を見てしまうと信頼が揺らぐので、オレは見ないことにしている。
遺物管理課長に変態性癖は無い。
繊細で心配性だし、変態どもに押し切られがちになってローゼスの背後に逃げ込むことが多いので、自ら取っ組みあったなら頑張ったなと思ってしまった。長く続く緊張に耐えかねて、切れただけかもしれないが。
遺物管理課長の相棒のAIは解析に長けるが、慎重派なので時間がかかる。人型人工物の場合、最低二日はかけないと判定してくれないので、その間、危険度が高いかもしれない人型人工物の側にいなければならない課長の精神は、緊張状態に置かれることになる。
「変態性癖も、繊細な神経も、治療できるものでもないからねぇ。はい、ユレスちゃんの診察は終わりね。健康状態に問題はないけど、体力はまだ落ちてるから、無理しちゃ駄目よぉ。ローゼスちゃんも無理させないのよぉ」
「分かってるわよ。でも、ユレスは元々体力無かったじゃないのよ。治療用の寝台って、体力づくりさせる機能とか仕込めないのかしら」
「実は仕込めるけど、それやったら駄目ってことになってるのよぉ。体力づくりをするのも体を鍛えるのも、寝ている間に勝手にやってくれると楽って発想する人は多いのよねぇ。でも、それって結局、意識してやっていないし、人生体験じゃないって判断だったかしらぁ。だから、寝たきりになっても身体機能が落ちないように、現状維持するまでしか許可できないことになっているのよねぇ」
オレが昏睡している間、治療用の寝台には大変お世話になった。
人の体の機能、特に筋肉は使わないと衰えていく。
旧世界人の場合、一月寝たきりになったら歩けなくなるほどに機能が退化したようだが、今の世界の人の体は旧世界人より強靭なのでそこまで衰えることは無い。
だが、さすがに年単位で動かずにいると、関節が固化したり、筋肉量が減っていくので、治療用の寝台には眠っている人の体を動かして体勢を変えたり関節を動かしたり、血流を促進させて、筋肉を柔軟にさせるような機能が備わっている。
特別療養所でぼんやりしてあまり動かなかった祖父さんも、治療用の寝台にお世話になった。
治療用の寝台と言っても、普通の寝台に装置を組み込んだだけで、見た目に大きく違うわけでも無い。
療養中とか治療中を意識させるような仕様の方が精神に負荷を与えるという配慮からそうなっているので、治療用の寝台かどうかは、側面の目立たない位置に刻まれた刻印からしか分からないものも多い。
治療室に設置してある治療用寝台の側面にも刻まれているが、新世界推進機構認可済み総合治療用寝台と刻まれているのを見て、本当に10年後だと再認識した。
「ん?何よ、寝台をじっと見ちゃって。眠いの?でも、今から<菩提樹>に行くって言ったでしょ!」
「違う。本当に世界管理機構でなくなったんだなと思って見ていた」
「え?あ、そうね、治療室の寝台は常に最新型を入れるから、刻印の名称も変わってておかしくないでしょ」
「そうねぇ。名前が変わってから、んー、もう8年になるから、治療室の設備はほとんど更新されたものねぇ」
「ユレスは皆から10年眠っていたことを散々説明されたでしょ。なんで、治療室の寝台を見て、実感しちゃうのよ」
「寝て起きたら10年後とか、あっさり受け入れる方がおかしいと思う」
10年前の火宴祭は、世界が変革に踏み出した日と言われている。
火宴祭のイベント中の野外広場に、突如として人型人工物を従えた武装集団が現れ、新王国設立を宣言した。
しかも、武力を背景にして、野外広場の人たちを新王国の住民として強制的に連れて行こうとする大事件が起こりかけた。
幸いにも人型人工物はすべて停止し、武装集団も警備局に制圧されたが、何事も無かったように元の状態に戻れるわけがない。
転送装置から武装集団を招き入れて、野外広場襲撃を手引きしたのは、世界管理局の職員であったし、世界管理機構の重職にある者が指示していたことも明らかになった。
引き返せない状況であると判断した世界管理機構は、長老会の協力を得て、組織の再編成に踏み切ることにした。
人々が新王国を設立して理想の在り方を追求しようとする原因となった厳しい規制と規定を見直すと共に、ベルタ警備局長が事件が起こる前から提案していた自治区構想を新たな制度に組み込むことで、世界の新たな在り方を推し進めようと、新世界推進機構と名を改めて体制を変更し、制度を整えたのだ。
事件から二年後には新体制に切り替えたあたり、頑張ったのだと思う。
仕事中毒の警備局長ですら、頭がおかしくなるくらいに忙しかったよと言っていた。警備局は名称も組織もさして変わらなかったが、ごたつく状況をおさめて、治安維持することに忙しかったそうだ。
旧世界管理局は、遺物管理局と名称が変わったくらいで、組織も制度も大して変わらなかったが、新王国による火宴祭襲撃事件の際に人型人工物が234体も出て来た関係で大騒ぎだったので、忙しいことは忙しかったようだ。
大きく変わったのは世界管理局と治療局で、世界管理局は統合推進局と名前を改めて、組織も徹底的に見直して再編したそうだ。世界管理局の権限を使って事件を手引きした職員がいた以上、当然のことだろう。
治療局は名称は変わらなかったが、組織は徹底的に調査されて再編されることになった。
治療局職員が武装集団を手引きして療養中の者を連れ出したので、こちらも当然である。その最中に失踪した治療局長は新王国に所属したこともあって、追及は厳しかった。
そして、新たに自治局と監察局が設置された。
自治局はその名の通り、新設された自治区制度によって設置された自治区を管轄する局だ。自治区との連絡調整や、基本物資の提供関係を扱う。
火宴祭襲撃事件から三年後、最初の自治区である新王国自治区が設置された。代表者である自治区長はマリア・マーノ・マーレ、姫様である。
新王国自治区は、ベルタ警備局長の後押しもあって、世界管理機構から離脱して今さら戻れない人たちを取りまとめて、<知識の蛇>の拠点でもあった旧王国遺跡に設置された。
ばばあとしては、厄介払いして押し込んだとも言う。
離脱者の中には当然<知識の蛇>の構成員がいるし、めんどくさい性犯罪者やら、暴走して武力制圧に走る馬鹿がいるので、姫様が大変だとしか思えない。
新世界推進機構としては、野放しにしておくと大変不穏な人々でもあるので、自治区制度を新設すると同時に、監察局と監察官制度も導入することにした。
監察局は、正当に物資が提供されているか、自治区制度が悪用されず、新世界推進機構との取り決め通りに運用されているかを監視監督する役割を担う。加えて、新世界推進機構内の各組織の監査の役も担うことになった。
世界管理機構の世界管理局と治療局が背任していたこともあって、監査専門の独立した組織を置くべきだという意見があったからだ。
監査の役を担うため、必要な権限を持たせた監察官という役職も導入された。
各局から優秀な人材を集めて監察官にしたそうで、警備局捜査課のアレク捜査官はアレク監察官となっていた。
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