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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第八章 眠り姫と黒猫
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1 遺物管理局

第二部開始。ようやくタイトル回収します。



 その獣は、天使を滅ぼさねば、この世界も滅びると告げた。



◇◇◇遺物管理局遺物管理課捜査官日誌◇◇◇

63510822 0800 ユレス・フォル・エイレ捜査官、捜査官席に待機開始。

63510822 1200 ユレス・フォル・エイレ捜査官勤務終了。


 いつも通り、変わり映えもしない捜査官日誌を登録した。


……いや、いつも通りでないのは理解している。


 まず、日誌の名称が違う。

 旧世界管理局でなく遺物管理局となっているので、うっかり世界線の違う異世界に迷い込んだのかと思いたくなる。旧世界小説でそういうものがあった。


 だが、これはまだいい。ローゼスはずっと正式名称の旧世界管理局でなく遺物管理局と呼んでいたし、そういう職員は意外に多い。


 人の性別は子宮型と生殖型という名称が正式なものであったが、旧世界の文化から影響を受けた女とか男という名称が一般的に使用されていたのと同じように、旧世界管理局より遺物管理局の方が分かりやすいし呼びやすい。


 人々の認識や概念と齟齬が生じないように、世界管理機構は定期的に名称設定を見直していたし、近く正式名称を変更する予定があるという話を聞いていたので、オレが少し眠っている間に変更されていても納得する。

 性別の正式名称も女と男に変更されていたし、旧世界管理局が遺物管理局に名称が変わっているくらいなら、オレもあっさり受け入れた。


 だが、現在の合意時刻は受け入れがたい。


 オレが前回登録した捜査官日誌の登録時刻から、10年を経過している数字は何度見ても覆らない。


 目の異常を疑いたくなるが、体の異常に関しては、目以上に注目すべきことがある。体全体が異常事態と言っても過言でもないので、悪夢でも見ているのかと現実逃避したくなる。

 捜査官日誌から視線を外して下に落とすと……膨らみがある。猫ではない。猫が入っていたときの方がもっと膨らんでいた。


 何故だ。


 現実逃避気味にその単語で頭が埋め尽くされるが、答えが得られるものでもない。


 ただ、納得いかない。


 ぼんやりしていると、ノックと同時に捜査官室の扉が開いて、聞きなれた声と、見慣れた姿が登場した。


「やーっと退屈な時間が終わったわ!さ、<菩提樹>に行くわよ!」


「……ローゼスの変わらない姿に安堵しつつも、10年経っても成長が無いことを嘆いた方がいいのか悩む」


「あら、ようやく10年眠っていたことを受け入れたのかしら、眠り姫」


「その呼び方やめろ、気持ち悪い」


「あんたが呑気に寝ている間に、定着しちゃったからどうにもならないわ。ええ、10年はそれなりに長いし、あんたは打つ手なくても、相手はこれでもかというくらいに逃げ道潰して囲い込みに来てたのよ。ユーリ捜査官も負けていなかったけどね!大物ばかりを巻き込んだ、熾烈な駆け引きと取引の応酬は見ものだったわ。アタシ、何度<私たちは世界だ>の歌を流したか覚えていないもの」


 オレが眠っている間に、<私たちは世界だ>の音楽映像は誰もが知っている世界的名曲になっていた。


 この歌が流れている間は、争いは停止する。


 火宴祭に旧世界の人型人工物を伴った武装集団が襲撃してきた衝撃は大きかったが、衝撃が大きかったがゆえに、人型人工物の凶行を止めたかのような<私たちは世界だ>の歌は、深く人々の心に刻まれたらしい。


 あの音楽映像を流したところで、旧世界の人型人工物が止められるわけではないのだが。

 子守猫が旧世界の音響装置も使って何らかの干渉をして、にゃあにゃあやっていたからであるが、そこは上手く誤魔化したそうだ。


 子守猫が何をどうしたのかは、マスターのオレはもちろん、誰も解説不能だ。不穏な状況だと警備局から聞いていたので、旧世界管理局職員が万が一に備えて特別な遺物を持って会場入りしていたので、人型人工物を止めることができたが機密情報なので開示できないということにした。


 警備局長がその通りだよと言ってくれたら、誰も追及しなかったらしい。強権使ったわけではなく、何もかもお見通しだったかのように堂々と振る舞った鋼の女ベルタの実力である。

 下手に開示したら今後に差し障りがあると言われたら、引き下がるしかない。


 一応、<私たちは世界だ>の音楽映像があれば旧世界の人型人工物に干渉できるわけではないと周知を図ったようだが、それでもあの歌の理想と旧世界と今の世界の共通言語であるにゃあが、人々の心に平和を訴えかける効果はあると言われているそうだ。


 オレは単に、にゃあにゃあ鳴かれている中で争うのは、脱力するか虚しくなるだけだからだと思うが。

 旧世界映画は各場面の音楽や効果音にも拘っていたが、殺伐とした戦闘の場面でにゃあにゃあ鳴いている効果音が入ったら、戦意がくじけるに違いない。


 だが、多用したら慣れて効果がなくなりそうな気もする。ローゼスが覚えていないくらいに流したと言うなら、なおさらだ。何度流したのか気になったので聞いてみることにした。


「ローゼスが覚えてなくても、茨姫に聞けば分かるだろ」


「んもう、そういうのって、具体的な数値に換算したら無粋でしょ!それにアタシの相棒に聞いても分からないわよ。正確な報告を要求するのであれば、状況を詳細に指定しろって言われちゃう。だって、イバラもお気に入りでよく聞いてるみたいだもの。猫様至上主義だからね」


 ローゼスの相棒のAIイバラキが、珍しく立体映像を投影して来た。


 怜悧な美貌の女性の姿を取ることと、マスター相手であれ棘と毒のあるきつい言い方をすることから、茨姫と呼ばれていたりする。

 人を嫌っているのかと思うくらいに厳しいAIだが、猫様には甘い。ワトスンの訴えを聞いて、即座にマスターに圧力をかけたりする。


「ワトスン」


 子守猫を呼び出したら、立体映像を構成して、茨姫に挨拶するというより甘えるように、にゃあと鳴いた。


『10389回です』


 それだけ言い置いて茨姫が消えたが、深淵すぎる回答だった。


「……ユレス、何の回数だと思う?」


「オレが知るか」


「ワトスンの質問に答えたのよ!?何とか解読しなさいよ!」


「できたら苦労しない。茨姫に聞けよ」


「無理よ。今は猫様の可愛さに身悶えしてる状態だもの。邪魔したら二日は口きいてくれなくなるわ」


 猫様を見たら、甘えるように、にゃあと鳴いて腕輪に飛び込んで消えた。


「ワトスンが……進化したかもしれない。これはローゼスがときどき言う小悪魔というやつじゃないのか?」


「何混乱したこと言ってるのよ。気まぐれ子猫ちゃん系と悪戯小悪魔系は似ているようでいて、方向性は大きく違うのよ!そこは旧世界人だって熱く語ってくれると思うわ!」


「旧世界人の性癖って深いよな……」


「あら、姉御の特殊性癖も深いし、あそこまで駄目な性癖は滅多にいなくても、人はそれぞれその人固有の性癖があると思うのよ。アタシ、性癖に関しては、犯罪に該当しなければ突っ込むこともせずに流すのが賢明だと、この10年で実感したの」


「何があったのか語らなくていいぞ、聞きたくない」


「当事者のあんたは聞いた方がいいと思うけど、ま、アタシも聞かなくていいと思うわ。どうせ、お子様なユレスには分からないものね。ボーディが指導してくれるはずよ。本当はユーリ捜査官が指導すると言っていたんだけど、無理だものね」


「オレと祖父さんは、どこまでもすれ違う関係なんだな……」


 10年前の火宴祭の夜、オレが昏睡して旧世界管理局の治療室に運び込まれて二日後に、目覚めないオレの見舞いに祖父さんが来た。

 祖父さんの記憶の再構成は全くと言っていいほど進んでいなかったので、祖父さんにとっては息子だと認識していたオレが来ないと心配していたそうだ。


 そしてボーディは再びの荒療治を試みることにして、祖父さんを昏睡状態のオレのところに連れて行った。


 治療官は事態がなおさら混乱すると止めたようだが、ご隠居様は強行した。ご隠居様の暴挙は祖父さんの精神に多大な衝撃を与えたらしく、祖父さんの記憶はアリス事件の後昏睡している孫の記憶のところまで一気に再構成された。


 残念ながら、祖父さんの精神がばらばらになったときの記憶までは至らなかったが、大きな進展である。

 引き続き記憶の再構成を進めながらも、オレが一度昏睡から目覚めたが再び昏睡したことまで説明したそうだ。


 最初は混乱していた祖父さんも、関係者各位の証言と映像記録を見せられて納得して、再び旧世界管理局の捜査官に復帰して、オレを昏睡から目覚めさせようと精力的に動き始めた。


 アリス事件のときと違って、オレが昏睡した原因は古代王国の血族の宝物である支配の王冠で、眠りに特化した強力な精神干渉を受けたためだと判明していた。

 現場をベルタ警備局長が目撃していたし、アレク捜査官もオレが昏睡した後、すぐにベルタ警備局長と関係者に血族や支配の王冠のことを話したからだ。


 だが、オレを昏睡から目覚めさせることはできなかった。


 オレに眠れと叫んだイーディスは、その直後に顔のあちこちから血を噴き出して昏倒し、天使型人工物のイブリールがイーディスを引っ掴んで即座にその場から飛んで逃げたのである。

 支配の王冠がはまっていたアリスの頭もイーディスごと回収して行かれた。


 姫様とゼクスは投降して、姫様が支配の王冠について知っている限りのことを教えてくれたそうだ。さすが姫様、人権倫理の番人だ。


 支配の王冠で眠らされた場合、再び支配の王冠で干渉しない限りは、意識に焼き付けられた期間は眠り続けることになる。

 ただ、指定条件が曖昧だったり、あまりにも長い期間になると、人の精神が抵抗するので、期間前に目覚めることも十分にあり得る。


 イーディスは自分の脳機能に多大な負荷をかけるくらいに強く干渉したが、自分が成人するまでという曖昧な指定だったから、オレが10年眠り続ける可能性は低いというのが姫様の推測だった。


 だが、オレが6年間昏睡していたのを知っている関係者各位は油断しなかった。


 素直に6年間寝ていたオレは、素直に10年寝ている可能性が高いと判断し、アレク捜査官と祖父さんは、イーディスの行方を追って天使型人工物を破壊して支配の王冠を確保することにしたのだ。


 二人は、昏睡しているオレの身柄を巡って、ローゼスが言うところの熾烈な駆け引きと取引をする緊張感あふれる関係だったのは関係者各位から聞かされた。局長が言うには、そっちを優先していたから、肝心のイーディスと天使型の行方が掴めなかったのではないかとのことである。


 オレが目覚める五日前になって、祖父さんは天使型人工物とイーディスらしき女の情報を掴んだと遺物管理局連絡を入れて、消息を絶った。


 五日後の火宴祭の日に、オレはきっちり10年間眠って目覚めたわけだが、局長が緊急連絡しても祖父さんからの連絡はなく、現在に至るまで行方不明である。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

評価といいねをつけてくださった方もいて嬉しいです。ありがとうございました。

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