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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
間章 新人捜査官ミヤリの日記
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日記帳は持ち歩くものよ・3


 私の発言に、リマが驚いた顔をした。


「え……?ミヤちゃん、いきなりどうしたの?」


「いきなりでは無いわ。介入せざるを得ないときに備えて、仕込みはしておいたのよ。それが到着したからやることにしたの。マークが来たわ」


「そう言えば、マークにも招待状送ったとか言ってたけど、なんか研究局の研究発表があるから、来れるとしても遅れてになると返事があったって聞いたけど」


「マークに動物型人形の条件型交流場のことを話したら行きたがっていたから、この宴会の後なら一緒に行ってあげると言ったら、遅れて来るつもりでいたわ。私がソファで休憩しているときに、今から行くと通信文が来ていたから、会場に到着しても中に入らずにいて、私に連絡するように返信しておいたの」


「うん。つまり……マークに何かやってもらうってこと?」


「マークはただ入って来るだけでいいの。やるのは私たちよ。マークを見つけてちょっとした事故が起こるかもしれないのだけど」


 新婚夫の友人に視線を向けたら、耳を塞ぐ素振りをしてくれた。


「さて、長く話し込んでしまったけど、事情を知ってもらえて良かったよ。他の人たちにも話してくるから失礼するよ。早く場がおさまるといいな」


「そうですね。お話聞かせてくれてありがとうございます」


 話の分かる人で助かったわ。さりげなく私たちの周囲から人を遠ざけてくれたので、リマの腕輪に通信文で計画を送った。


「……ミヤちゃん、ときどき思い切ったことするよね。もし命中したら……それでも事故で押し通そう。分厚い日記帳は鈍器にもなり得るけど、これは日記帳であって鈍器ではない方針で」


「命中しないから大丈夫よ。私にはAIの相棒がいることを忘れていないかしら。軌道計算と補正はすでに終わっているし、命中しそうになったとしても、リマが介入する理由になるでしょ。うっかり落ちてしまった分厚い日記帳が誰かを怪我させる前に、蹴り飛ばしてくれればいいわ」


「了解。蹴り飛ばした後は、ミヤちゃんが怪我をさせかねないものをうっかり落してごめんなさい、一応治療局で検査をって言って会場から連れ出す計画に戻ればいいだけだしね。分かった、じゃあやろうか」


 合意に至ったのでマークに通信文を送ったら、すぐにマークが会場に入って来て、私たちを見つけて手を振った。


 修羅場になっている方をまったく気にしていないけど、マークはヒミコとリリアが騒いでいるときにも気にしていなかったので、少なくとも同年の人たちには違和感のない光景に見えるはず。


 せめて私は演技力を見せようと、マークに手を振り返しつつ、少し焦った様子で修羅場に気づくように合図をしたふりをして、慌てていたせいで手に持ったままの日記帳がすっぽ抜ける演出をしたわ。


 我ながら見事に飛んで行った日記帳が、泣き騒いでいる元恋人すれすれに落ちたけど、そちらに気を取られていたのがまずかった。


 上手く日記帳を飛ばすために身を乗り出すような体勢でいたから、私の体も手すりから飛び出したわ。

 リマが慌てて支えようとしてくれたけど、薄地のひらひらしたドレスだったのがまずかったのか、リマが掴んだ薄い布地は破れて、私は勢いのままに落ちた。


 長く感じる一瞬の間に何とか受け身を取ろうとしたけど、思ったより衝撃を受けなかった。受け止めて貰えたから当然だけど、マークは結構離れた位置にいたのに、よく間に合ったわね!?


 周囲から拍手が沸き起こったけど、飛び降りて来たリマが言う通りすごい実力よ。でもマークはいつも通りの顔で言ったわ。


「俺は飛び跳ねたララが着水に失敗したときに、いつでも受け止められるよう訓練していたことがある。今のララは着水に失敗しないけど、訓練が役に立って良かったよ」


「ありがとう、マーク。助かったわ、ララのおかげね」


「そうだね、あたしも対応しきれなくて本当に焦ったけど、さすがドルフィーのためなら何でもできる男だよ!」


 いい感じに盛り上がって、場の空気も変わって良かったわ。


 でも私は自分を鍛え直すことを決めた。うっかり落ちるのはまずいわ。積み重なれば、ユレス捜査官のように事件に遭遇し続ける体質になってしまうかもしれない。事件は起こさせないに越したことはないわ。


 なので、思わぬ事故が追加発生したとはいえ、当初の計画通り、私がうっかり日記帳を落してしまってごめんなさいと謝って、元恋人を会場から連れ出した。

 リマが支える感じで連行しているとも言うけれど、リマの目配せで気づいたわ。まだ、続きがありそうだと。


 だから、会場から離れたところで手を放した時、元恋人が胸元から折り畳み式のナイフを取り出して、よくも邪魔したな!と叫んでも驚かなかったし、拾って回収しておいた日記帳をリマに放り投げて指示した。


「旧世界的に、ぶ厚い書物は防護盾になるわ!」


「了解!」


 新婚夫の元恋人は手料理を作るだけあって、慣れた手つきで刃物を操ったけど、警備局特務課のリマはあっさり制圧した。


 でも日記帳には結構深くナイフがめり込んだから、もしかして殺傷性が高くなるように研いでいたのかしら。

 警備局の捜査案件になるから、いらん手出しをするつもりはないけれど。


 私たちについて来ていたマークが、折り畳みナイフを見た瞬間に通りに飛び出して警備局の巡回警備を呼んできてくれたので、駆けつけて来た警備局職員も遠目で一部始終を目撃していたから、事情聴取と報告もすぐに済んだわ。

 凶器のナイフがめりこんだ日記帳は、証拠品として警備局に一時提出することになった。


「ミヤちゃんごめんね。人権尊重の観点から日記は読まないし、内容は記録に残さないって約束するから!」


「宴会会場でも言ったけど、読まれて問題になるようなことは最初から書いていないし、あの日記帳は本日をもって任務完了したのよ。事件を起こさせないための予備武装として、そして防護盾として立派に任務をこなしたわ」


「確かにそうだけど、ミヤちゃん、あれ、日記帳!本来の任務はどうしたの!」


「本来の任務も、日記帳としての真理に辿り着いて終わったわ。日記帳は持ち歩くものよ。予備武装として、もしくは防護盾として。でも、旧世界的小説だと二度ネタ禁止という縛りがあるから、一度使われたらもう使えなくなるわ。それに、一日一行であれ、日記書くのが面倒で」


「本音はそれか。まあ、ミヤちゃんが納得しているならそれでいいけど。ところで、ミヤちゃんはドレスが破れちゃったから着替えたのはいいとして、何でマークまで着替えに行ったの?」


「マークは私からの通信文を見て、万が一に備えて防護力の高い服に着替えてから宴会場に来たからよ。それで、これから可愛い動物型人形がたくさんいる交流場に行くわけだから、ふさわしい服に着替えに行ったわけ」


「えっと、うん、マークの行動は間違っていないけど、何かを根本的に間違えている気がしてきた。マークの事件対応力が高すぎるというか、そこで自然に防護力の高い服に着替える発想ってどうなんだろ」


 マークは事件捜査のための協力者になっても、捜査する側ではないことをリマは気にしていたのか、マークが着替えて戻ってきたらまずその話をした。


「協力してくれてありがとう。あと、今さらだけど、マークを突然事件に巻き込んでごめん」


「え?あれくらいなら事件って呼ぶほどのことじゃないよ。あ、でも警備局的にはあれも事件として報告書作るのか」


「そりゃもちろん、だって未遂に終わったとしても障害未遂事件だし。いや、その前に、あれくらいなら事件って呼ぶほどじゃないの?」


「リマ、自然区の猛獣が爪をむき出しにしたり牙を剥いたくらいで事件と言っていては、自然環境課の研究者としてやっていけないよ」


「あ、うん、なんかそう言われてみれば、そんな気もするような……?」


「リマ、そもそも自然区の猛獣に人の規制や取り決めは適用されないわ。それに、猛獣の話をしたいなら、猛獣型人形がいるところでするのが様式美だから、交流場に行ってからにしましょう」


「言われてみればそんな気もするけど、それもなんか違う気がする!」


「そうだよ、ここはドルフィー一択だと思う」


 持ち歩いていた日記帳と共に、起こりかけた事件のことは手放して、楽しいことに思考を切り替えた。


 日記に記さずとも、こういう日常って意外に忘れないものだし、本当に大事なことや忘れたくないことは心の奥底に記しておく方がいいわ。


 だから日記帳の任務は今日で終わりでいいのよ。

 完璧に任務をこなしてくれたしね。


間章 完。

ここまで読んでくれてありがとうございました。

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