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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
間章 新人捜査官ミヤリの日記
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日記帳は持ち歩くものよ・2


 元恋人は泣きながら辛い心情を訴え続けているけど、観客を味方につけようとしているのかしら。だとしたら、結構強かな女かもしれないわね。

 持っているものが、凶器にもなるけれど、食事のために用意されたナイフであることも、計算高さを窺わせる。


 こういう場に武装を持ち込んで来たら問答無用で取り押さえられるし、料理用の包丁だとしても介入する理由になるわ。


 料理のために包丁を使うのは問題ないけれど、出来上がった料理が配膳された宴会会場に包丁を持ち込むのは問題よ。

 正当な理由がなければ殺傷目的で包丁を持ち込んだと認定できるし、事件を未然に防ぐために警備局に通報もできる。


 ただ、食事のために使うナイフの場合、宴会会場にあって当然のものと判断されるわ。

 それを握りしめているのは問題だけど、動揺のあまりその場にあったものを手に取ったとか、食事の途中だったとかいくらでも言い逃れができる。


 食事用のナイフでも顔に傷を負わせることくらいはできるから、何かあったら飛び降りればすぐに介入できる位置に移動して、出来の悪い演劇を見るような気分で見守った。


 そう、出来の悪い演劇なのよね。


 元恋人は真剣だし、台本を練って来たのかもしれないけど、勢いも何もかもが足りないわ。


 新婚の妻の側の招待客は同年の子たちが多いけど、それはつまり、ヒミコとリリアという強烈な女たちに慣れているということよ。

 あの二人のめんどくささと騒ぎ方からしたら、穏やかな気分で見守っていられるくらいの騒動でしかないわ。


 それから新婚の夫の側の招待客にも動揺はほとんど見られなかった。

 何故かと言えば、夫が元恋人と別れた理由を知っている人が多いからのようね。


 私たちの近くにいた人が、警備局の制服を着ているリマを見かけたことがあったらしく、万が一のときに警備局の人がいたら安心と言いつつ、事件にならなくても先に事情を知っておいた方がいいからと語ってくれた。


「なるほど、つまり、料理が問題だったんですか」


「うん、手間と時間をかけてすごく見栄えのする料理を作ってくれるって青ざめた顔で語っていた。自動調理装置に任せない手料理を作ってくれる人って、恋人とか結婚相手として少し憧れがあったんだけど、あいつの話を聞いて、これは無理だと思ったよ。

 さすがにさ、食べた直後どころか、食べてる最中から腹痛とか吐き気がする料理だと、愛情より殺意を感じてしまっても仕方ないと思うよ。いや、彼女の方に殺意はなかったと思うし、本当に愛情手料理だったのだろうし、使う食材とか全部厳選されたもので毒性は無いことも確認したらしいけど、組み合わせ的に何故かそういう効果が出るようなものばかり作ってくれるのは辛すぎる」


「えっと、うん、潔く自動調理装置に任せてくれた方が親切だし、愛情を感じますよね、そういう場合って」


「だよな?でも、あいつのために心を籠めて手料理を作りたいって涙ながらに訴えるし、作った以上完食して欲しがるらしくて平行線。しかも、消化補助薬は料理の味を変質させるから飲まないで欲しいと要求するし、それでもこっそり飲んでおいても少しましになるくらいで、腹痛から解放されるまで結構時間かかったらしい。

 あいつは彼女と付き合い続けるために、結構頑張ったんだ。治療局で研究したいって申請して職場を変えて、消化補助薬の開発をしたんだよ。すぐに効果を発揮してすっきりできる新薬作って、そろそろ提供開始されるはずだ」


「あ、それ、一部で試験的に提供始まってます。あたしの弟も調理教育のときに調味料の組み合わせのせいで腹痛になって、既存の消化補助薬があまり効果が無かったんですけど、治療局から新薬貰ってすっきり解放されたって言ってました。効き目が素晴らしかったみたいですけど……そうか、開発者の人はそこまでするくらいに過酷な食生活を送っていたんですね」


「傍から見たら愛情手料理だし、過酷な食生活と言ったら失礼に当たる状況だから、なおさらきつかったらしい。新薬の完成に至る前に精神的に追い詰められててさ、もう無理だから別れろって周囲も勧めたんだ。

 あのままだと、精神異常になっていたよ。治療局でもそう判断したらしく、人権倫理委員会も間に入って彼女を説得して二人は円満に別れたはずなんだけど、全然納得していなかったんだな」


 元恋人の中では、今の妻が自分から奪い取ったことになっているようだしね。


「リリアみたいに都合の悪いことはなかったことにするか、自分に都合のいい妄想を夢見ている系かしら」


「うーん、あそこまでひどくはないと思うけど、彼が自分の手料理が大好きだと思い込んでいるのは、どうなんだろ。さすがに現実に向き合った方がいいと思うなぁ」


「実は彼女の手料理が大問題だと分かってもらうために、治療局と人権倫理委員会の人たちも参加して、会食までしたんだ。当然のことと言いたくないけど、腹痛にのたうち回ることになって、これを放置しておいたら虐待行為にあたるって結論にすぐに至った。

 でも、彼女はまったく顔色も変わらず、こんなに美味しくできたのに、どうしてそんな演技をするのか、そうまでして自分たちを別れさせたいのか!って泣きじゃくっていた」


「え、もしかして、あの人は影響なかったんですか?」


「そうでもなくて、調理の過程も映像記録に撮って検証していたけど、調理しつつ彼女は消化補助薬を大量に飲んでいたよ。何度も味見して完璧な味を目指しているから、食べ過ぎにならないようにするためだと言っていた。

 そこまで献身して作った料理だからこそ、全部食べて欲しかったし、消化補助薬を飲んで味が変質しないよう、食事中は消化補助薬を飲まないようにお願いしていたという主張だ。自分だけ大丈夫なのは、調理しながら大量に消化補助薬を飲んでいたからだということは、意地でも認めなかったかな」


「身勝手なお願いというか要求の押し付けというか、彼女の方の精神異常を疑いたくなりますね」


「うん、彼女以外のその場の全員、同じ意見だった。あいつもそれを聞いて、そうか、おかしかったのは元恋人の方で良かったのかとようやく気が楽になったらしくて、別れた後に割とすぐ新しい出会いがあったし、研究の方も精神的重圧がなくなったのが良かったのか上手く行って、今日のお祝いの宴会に至ったから、何とか上手く収まって欲しいんだけどな」


「あたしも事件にならずに、いい感じに結婚のお祝いの宴会に戻れればいいと思うんですけど、介入しづらい案件で困ってます」


「そうね。元恋人の方は、お祝いする気皆無で、むしろ二人の幸せをぶち壊してやりたい気分になってきているようだし。粘れる限りしつこく騒いで、この場を台無しにする気ね。……仕方ないわ、リマ、介入するわよ」

 

ここまで読んでくれてありがとうございました。

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