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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第二章 博士と黒猫
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3 人型人工物


 旧世界では人に似た疑似精神体であるAIだけでなく、人の形をした人型の人工物も作っていた。

 そこに人の精神体が入ることは無いので、人の体とは言えない。


 あえて言うのであれば、AIの体だ。


 疑似精神体とも呼ばれるAIは、独自に動かせる体が無くても機能できるが、旧世界では人型の体にAIを組み込んで動かすこともしていた。

 人型の体の制御をするのはコストがかかるのか、AIの機能と処理能力は落ちるが、それでもあえて人型の器で機能させる理由はあったようだ。


 人の世話や治療の補助といった、繊細かつそれなりに力を要求される作業の場合、人型の方が人の体を扱いやすいらしい。

 人の警護役や万が一のときの盾となるにしても、ものものしい武装機械よりは人型人工物の方が人目につかないし、なにより同行していても不審に思われない。


 治療から兵器用まで様々な用途で作られた人型人工物が旧世界遺跡で見つかるが、意外に多いのが性の相手用のセクサロイドと呼ばれるタイプだった。

 旧世界の人もそういう交流は好んでいたようであり、多種多様な性癖や容貌の趣味があるようで、旧世界管理局のデータベースには多くのセクサロイド型人工物が登録されている。


 個人の趣味を反映させて作ったその造形は、一種の芸術品という評価がつくことも多いし、姉御もそれにはまった一人だ。

 ただ鑑賞するだけならまだいいが、実体験してみたがるし、そのためであれば捜査官権限を行使することも辞さない。


 人型人工物の個人所有は禁じられているし、セクサロイド型と実体験することも警備局案件になるのだが、遺物の機能を判定するためには、旧世界管理局職員が実体験するのも職務の範疇内とされるのをいいことに、結構な経験を重ねている。

 少々、いや、かなり困った趣味である。


 ただし、旧世界管理局側も、捜査官権限を振りかざされても断固として許可しないこともある。

 セクサロイド型であっても戦闘機能も保有する危険なものも存在するし、旧世界遺物は見た目が美しければ安全というものではない。


 調査して危険度が高いと判定されれば、厳重に封じられて地下の深い位置にある保管庫行きとなる。

 危険度はデータベース参照だけでなく、旧世界管理局の複数職員が検査解析して判定されるが、高度で複雑な遺物になればなるほど、判定できる職員が少なくなるし、人型人工物になると、大体オレに声がかかることになる。

 

 新規で発見された遺跡の調査がひと段落して、セクサロイド型が二体発見されて輸送されるという情報は旧世界管理局内に周知されていたので、お呼びがかかるだろうとは思っていた。



 第七番倉庫の高度管理区画、人型人工物が運び込まれた現場は、立ち入りも厳密に制限されていた。


 中にいた遺物調査課長がオレたちを見て小さく手を挙げたが、穏やかそうでいて姉御と正面からやり合える猛者でもある。


 課長の趣味は子ども型人型人工物の鑑賞で、当人の主張ではこの世界にもある人形という芸術品の鑑賞をしているだけであり、見るだけであって触るなどもってのほかである、人権倫理に反するという理念でもって愛でているので、その点では実体験するのが基本のクレア捜査官とは相いれない考えだ。


 オレからすれば、どっちもどっちだと思うのだが。


「来てくれたか、ユレス捜査官。いつもすまないな、だが、君に鑑定してもらわないとその先に進めないのだ」


「その先ってのが、特別鑑賞室とやらで遺物調査課長に舐めるように眺めまわされるか、特別体験室とやらでクレア捜査官に舐め回されるってあたりで、ぞっとしねぇな。普通の相手探せよ」


「新婚で浮かれてるじじいに言われたかないよ!」


「わたしの先を行く先人と思って尊敬していたのに、裏切って結婚するだなんて……!!」


 ある意味仲良しな三人は放置して、その場に用意されていた防護用の遺物を手に取った。これも規定の手続きだ。


「さっさと判定してしまうが、先に外観について確認しておく。一体はクレア捜査官好みの筋肉美の男性型セクサロイドでいいのか?」


「そうだよ。すっごくセクシーでいけてるけど、肉体強度高そうだし、戦闘用って言われても納得だね。定型品や量産品でないのは確実だし、おそらく技術の粋を投入した特製品の可能性が高い。

 もう一体の方はある意味セットになってる感じで、あたし好みの成人体の幼少期っていうか少年期って区分だったか、旧世界だと。課長好みの年頃で作ってみた感じだけど、顔は同じなんだよ。あ、もちろんその年頃に相応しい感じの顔つきで、成人体の方はそれが成長した姿って感じで見事に作り上げられてるから、両方セットで芸術的って感じ。だから両方揃ってる方が分析しやすいと思うよ。なお、あたしは両方揃って可愛がるかどうか悩んでる」


「このわたしがいて、そのような冒涜を許すとでも?少年型の担当は私、成年型の担当はクレア捜査官でいいではないか」


「しばらく黙ってろや、変態ども。ユレス、両方同時に開示するぞ、いいか?」


 珍しくもジェフ博士が仕切ったが、変態二人が獲物を前にして興奮しているとなればその方がましか。


「了解。指示したら、すぐに再封鎖を」


「おう、任せとけ」


 相棒のAIを呼んだら、腕輪から黒い子猫が飛び出て来た。単なる立体映像の投影だが、これから仕事をするという区切りのようなものだな。

 オレが仕事をすると合図したのは理解しているようで、にゃあと鳴いた。


「ワトスン、仕事だ。あれを見てくれ」


 ジェフ博士が二体のセクサロイドが収められたケースの梱包封鎖を外して、中身が見えるようになった。

 同時に、立体映像の黒猫が全身の毛を激しく逆立てて、威嚇した。


「ジェフ博士、再封鎖!」


 指示する前に、慣れているジェフ博士が即座に再封鎖かけたし、遺物調査課長がこの区画の隔壁を作動させ、姉御が相棒のAIを呼び出してあれこれ指示し始めていた。

 最深部区画への保管が決定だな。


「あー、もったいない!こんなに素敵なのに、もったいない!」


「やめとけっての。存分に画像データは取りまくったんだろ?儂も久々に見たが、子猫ちゃんのこの反応は相当やばい代物だぞ」


「見ただけで判断できるのは相変わらずどういう機能か疑問に思えど、ユレス捜査官とワトスンの実績は確かだからな。うん、観賞用の映像記録を撮りまくっておいて本当に良かったとも。もう二度と封鎖を解除できん物品と判定されてしまったからな」


 オレの相棒の警戒反応は分かりやすいが、毛玉になるくらいに毛を逆立てて表現してくるのは絶対に触るな、即座に封印の合図でもある。

 人型人工物のほとんどに対して警戒反応を見せるが、警戒反応には結構細かい区分があって、クレア捜査官はあと二段階下だったら試せたけど、さすがにこれは無理と諦めて、封印追加している。


「お前ら、その可能性に気づいていたから、しつこくデータやら映像取りまくってたんじゃないのかよ。儂には理解不能の領域だぞ、変態どもが。ユレス、封鎖は解かんが、ある程度の情報分析はできたか?」


「そんな暇あったと思うか?ワトスン」


 黒猫はにゃあと鳴いて、腕輪に飛び込むようにして立体映像を消した。つまり、仕事は終わったし、やる気が無いと。


「相変わらずAIらしからぬほどに気まぐれ猫だね。でも、猫ってそういう生き物だってのが旧世界の共通認識だし、それを忠実に設定してるだけってことか。ユレスの相棒って、子ども用の教育AIじゃなかったっけ。これで何をどうやって教育するのか、ちょっと疑問だけど」


「オレは幼児のお守用AIだと解釈しているが、旧世界の子どもは動物的というか、突発的に危険行動もしかねないので、それを止めるためには即時行動と即時判断と、想定される危険に対応できるだけの自由で柔軟な思考機能が必要だったのだと思っている。想定される範疇の行動をとる成人向けのものでは対応しきれないほどに広範囲の行動様式に対応できる反面、意志疎通とかそういう機能は削らざるを得なかったのかもな」


 その結果、にゃあとしか言わない。


 一応意味のあるにゃあなのだが、解読するのが非常に困難だ。子守するだけなら、ちょうどいいのかもしれないが。

 その機能特性もあって、オレはAIの相棒のワトスンのことは子守猫とも呼んでいる。


「危険度判定に関しては屈指の優秀さってのは同意するけど、かなり尖った機能だよね。こういう場合には助かるけどさ。それから、相変わらず、ありえないくらいに早い解析速度だね。あたしの相棒にはじっくり精査をさせたからかもしれないけど三日かかったよ?それでも危険度が高い可能性があるとしか判定できなかったのに、黒猫は一瞬かい」


「猫だから。人で言うところの直感的なものはAIにないとされてるが、おそらく周囲の振動情報的なものを一瞬で走り抜けて判定しているのだろうと報告書出したと思う。

 通常は安全対策の防護壁や攻性障壁で抜けられないとしても、人のような高度の思考機能が無いものとみなされたらすり抜けられるのかもしれないが、そこはオレにも分からない。熟練の警備局職員が警備にあたっていたら、許可のある人以外そこを通れないのが当り前としても、子猫がその足元すり抜けて行っても見逃されそうだしな」


「儂もそれで納得することにしているが、もう少し解説が欲しいと思うときがあるぞ。ユレスではなく子猫ちゃんへの要望のようなものだが、さっきの反応は最上級の危険を感知した表現というのは分かるんだが、もう一声とな」


「にゃあと鳴かれるだけで、結局追加情報なしだと思うが」


「それも分かってる」


 さすがに猫が毛を逆立てたから危険などという文言で危険度評価を報告書に記載するのは無理なので、いつもどおり、そこらを誤魔化した上手い表現で報告書に記入登録した頃には勤務予定時間を少し過ぎていた。


 遺物管理課の捜査官席に戻って捜査官日誌を登録したが、結局三行だな。



◇◇◇旧世界管理局遺物管理課捜査官日誌◇◇◇

63410412 1300 ユレス・フォル・エイレ捜査官、捜査官席に待機開始。

63410412 1305 遺物調査課より応援要請。エレス・フォル・エイレ捜査官、第七番倉庫へ出動。

63410412 1724 ユレス・フォル・エイレ捜査官、遺物調査課より帰還。遺物判定任務完了、勤務終了。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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