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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
間章 新人捜査官ミヤリの日記
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喧嘩するときは観客を味方につけるべきね・3


 理不尽な女心の話から逸れてきたので、話を戻すことにしたわ。


「取りあえず、理不尽な女がまた絡んでくるかもしれないから、要注意というのは理解したわ。あまりにもしつこいようなら警備局に訴えるつもりだけど、その前に返り討ちにするかもしれない」


「その場合は、あたしに連絡してくれればいいから。でも、班長の続報からすると、ミヤちゃんにはもう絡まないかも。交流会の会場に人権倫理委員会の人も来たみたいで、ケイト監察官はお説教されたんだって。

 遺物管理局の捜査官に思うところあるような言い方をしていたと聞いたが、それは人権侵害行為に当たりかねないとか、遺物管理局に対する差別問題についてとか、監視役がついていることで偏見の目を向けるようなことでは監察官としての職務遂行に問題があるのではないかって、かなり厳しく言われたみたいだね」


「助かるけれど、面倒な女は意固地になって余計に攻撃的になると思うわ」


「そうなんだよね。班長が監察局関係者に探りを入れたら、ケイト監察官はまだアレク監察官のこと諦めてないし、恋人関係に戻ろうとあの手この手で頑張ってるみたいだよ。なんか、監察局はケイト監察官の味方っぽい。上手く周囲の協力を取り付けたのかな」


「喧嘩に限らず、目的を達成したいなら観客とか周囲を味方につける方が成功率をあげられるから、妥当な戦略判断だと思うわ。ただ、監察局としての戦略的判断かもしれないわね。

 監察局は新たに設置されたばかりだし、各局から優秀な職員を集めて監察官にしたけど、しっかりした基盤と体制ができているわけではないわ。実績と実力と知名度とすべて揃っているアレク監察官がいるから、一見するとしっかりとした体制が整っているような印象で受け取られるけど、だからこそアレク監察官に抜けられると困るわよね?

 警備局としては実力もあって宣伝にもなる英雄を持っていかれて面白くないし、今でも警備局の人員だって考えている人が多いのであれば、警備局に戻らないよう監察局に引き留めようと手を打つでしょうね。ただ、それが元恋人とよりを戻すことだとしたら、あまりにも安易で稚拙だけど」


 リマが腕組みして難しい顔で頷いた。


「確かに。安易すぎる発想だから、本当にそう考えていたら監察局にがっかりするかも。うちの局長みたいに絶妙な取引とか駆け引きしないと、アレク監察官は動かせないよ。そう言えば、課長がベルタ局長より、遺物管理局のボーディ前局長の方が絶妙って言ってたけど、何か取引しているのかな」


「ちょうどいらっしゃるから、直接聞いてみたらいいわ」


 <菩提樹>の主人にして、遺物管理局の前の局長が各テーブルを巡ってくるのが見えた。


 <菩提樹>は、遺物管理局職員のために設置された交流場であり、監視役がついていて引きこもりがちな職員が交流したり、悩み事を相談する場として作られたわけなので、細やかに見回ってくれる。


 リマが難しい顔をしていたのが見えていたようで、心が落ち着くお茶の差し入れまで持って来てくれたわ。

 そして、難しい顔の原因を聞いて、優雅に頷いた。


「なるほど、女心はときに複雑に迷走して周囲も巻き添えにしますからね。心理的駆け引きが上手い方ですと、常日頃の発言や態度で、周囲を思うように操ることもできますよ。恋人を取り戻そうと、ケイト監察官が公私混同して上手く立ち回っている可能性も十分にあると思います。

 余所から冷静に見つめると安易すぎて稚拙な手法であれ、その渦中にいる方は意外に気づかないものです。実害があると問題ですが、そうでないのであれば距離を置いて冷静に観察して、巻き添えを回避する方が賢明でしょう。相手と同じ立ち位置に立つということは、相手の思惑に巻き込まれるということでもありますから」


「なるほど。だからベルタ局長は、監察局のことは基本的に放置という態度なのでしょうか」


「指導するにしろ対処するにしろ、アレク監察官がやるようにとぶん投げただけだと思いますけどね。わたしも見守っております。うちの子を持って行きたいのであれば、それなりの実力を見せてもらわないと困りますので、ちょうどいい案件ではないでしょうか」


「えっと、あのー、ボーディ前局長としては、アレク監察官に思うところがあったりするんですか?」


「さて、どうでしょうか。隠居の身ですので、お若い方たちの自然な交流に口出しするのは無粋と思っておりますが、よく分かっていない子に強引に迫るのは隠居の身でも見過ごせません。アレク監察官は大変できる方ですので、わたしも期待しています」


 どこか惑わせる発言をして去って行ったので、リマが混乱してうーんと考え込み始めたわ。


「……ミヤちゃん、絶妙過ぎる言い回しで、あたしは解読しきれなかったけど、どういうことかなぁ?」


「ボーディ前局長は状況次第でアレク監察官の味方になるけど、すぐに敵に回りかねないということよ。アレク監察官が、可愛い孫を持って行かれたくないユーリ捜査官とは相いれないのはどうしようもないとして、それに加えてボーディ前局長までそっちについたら大苦戦は間違いなしね。という状況で駆け引きしているのだと思うわ」


「高度に戦略的過ぎて、あたしには解読不能だよ」


「高度に戦略的なことは得意な人にお任せして、それぞれが自分にできることをすればいいだけよ。それから、面倒な事態をひっかき回さないためには、ボーディ前局長が言っていたとおり距離を取って冷静に見守る方が賢明ね。恋愛問題は当事者以外が手を出すとろくなことにならないわ。ただし、ケイト監察官がしつこく私に絡んで来たときには、理不尽をそのまま受け入れる気はないから喧嘩するけれど」


「結論それなの!?でも分かってるよ、ミヤちゃんは勝算が無いなら喧嘩吹っ掛けないし、喧嘩する前に観客を味方につけておくために説得とか根回しをするしね」


「平和を維持するには、地道な積み重ねが重要よ。観客が他人事と思わないで味方になってくれるようにね。正論であっても、相手が立場や権限でもって押しつぶしてくることもあるから、声を張り上げるだけでは通らないわ」


「そうかもしれないけど、でも、それが本当に正しいと心から納得する言葉なら、その場で聞いただけでも、あたしは味方になりたいと思うよ」


「……リマのそういうところ、立派だと思うわ」


「ミヤちゃんが喧嘩仕掛けるときは、なるべくあたしがいるときにしてよ。あたし一人しか味方にならなくても、味方がいるだけで心強くない?」


「そう言ってくれるだけで心強いわ」



【 喧嘩するときは観客を味方につけるべきね 】


 今日の日記に一行記して、ただし、それがたった一人であっても、という言葉を付け加えようかどうか悩んだけれど、心の中にそっとしまった。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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