喧嘩するときは観客を味方につけるべきね・2
遺物管理局職員に馴染みの条件型交流場<菩提樹>に行ったら、内装や調度が少し変わっていたわ。
<菩提樹>の入場資格を変更することになって改装が必要になったから、ついでにカクテルカウンターも設置したことは知っていた。
デルシー勤務をした遺物管理局職員の中にはカクテル作りを習得する人もいる。同期の職員がカクテルカウンターにいたので、カクテルを頼んでテーブルに戻ったら、リマが注文した軽食がちょうど届いたところだった。
「お勧めの新作って聞いて頼んだけど、これ、美味しい。交流会の料理って見た目も綺麗で美味しかったけど、あたし、こういう素朴で豪快に食べられるものの方が好きだな」
「入場資格を変更して以降、警備局職員が結構来るようになったから、見た目より味と量と食べやすさを優先した新メニューを作ったと聞いたわ」
「動き回ると消耗するから仕方ないよ。でも、精神的に消耗する方がお腹が空く気がする。あたし、女の戦いとか苦手」
「知ってる。私も得意では無いけど、負けるつもりも無いわ。相手が理不尽な言いがかりつけてきたり、妄想の思い込みで暴走する女ならなおさらね。ケイト監察官は、もっと冷静で賢明な女だと思っていたけど、そうでもないのかしら?」
「うーん、できる女なのは確かだけど、でも、恋って人を狂わせるんだよ」
「恋したことも無いのに、語るものじゃないわ」
「恋したことなくても、警備局職員なら語れるようになっちゃうんだよ!先輩も嘆いていたけど、性犯罪とか恋愛とか結婚絡みの騒動で出動することが多いし、痴話げんかの仲裁とか浮気問題の相談とか数をこなすと、分かるようになっちゃうんだって!」
「旧世界のように凶悪だったり救いようのない事件で緊急出動するより、ずっといいと思うわ。でも、旧世界事件もその根底には根深い愛憎や感情的問題が潜んでいたりするし、残虐な事件って大体そうかもしれないわね。
旧世界の映画とか小説のような作品には、えぐい描写や、泥沼まっしぐらの恋愛表現が胸焼けするくらい盛り込まれていたりするから、職務上そういうのに触れざるを得ない職員ほど、恋愛に夢も希望も無くなるのと同じことかしら」
「ミヤちゃんは遺物管理局に入る前から、夢も希望も無かったじゃない。まあ、ヒミコとリリアの騒動に巻き添えになって、後始末してるとそうなるのは分かるけど」
「何故か知らないけど、私とリマが後始末することが多かったものね……」
だから、面倒な女相手の経験値は高いけど、だからこそ、あえて面倒な女の相手をしたくないの。
それでも、相手せざるを得ないとリマが判断した事情について聞く態勢を取ったら、リマが頷いて話し始めた。
「これも似たようなものかなぁ。元凶って言うのは変だし失礼なんだけど、原因は同じ人だし。あのね、アレク監察官ってもてるじゃない。ヒミコも惚れ込んだし、リリアもそうだったみたいだし、でも鉄壁というか、寄せ付けない誠実さで身を守っていたわけだけど、恋人がいたことあるんだって。それがケイト監察官ね。先輩が言うには、あたしが警備局に勤務し始めるより前に別れていたけど、付き合っていたときは恋人がよく警備局にも来ていたんだって」
「……何となく話が見えて来た気がするけど、その前に、付き合っている男の職場にまで押しかける恋人って、鬱陶し過ぎないかしら」
「先輩も、ああいう女はめんどくさいぞって言ってたよ。ただ、別の女の先輩は、班長はものすごくもてていたから、恋人として気が気じゃないから、牽制しに来る気持ちは分かるって。課長の見解では、恋人関係はあったけど交流の延長であって、班長は本気じゃなかったし線引きして付き合っていたから、不安になったんだろうって話ね。
でもアレク班長は誠実だから、恋人でいる間は浮気は絶対にしなかったって誰もが証言するし、別れたときも周囲にきっぱり告げたし、女の側が納得したかどうかはともかくとして、アレク班長の側はその後付き合うつもりは一切ないって態度だったみたい」
「一方だけが望んで恋人関係が継続できるものでもないし、成人として自分の意志で行動している以上、未練がましく付きまとったら問題になるのはケイト監察官の方ってことね?アレク監察官はそういうところは、しっかりしていると思うわ」
「うん、警備局としても、誰がどう見てもアレク監察官に落ち度はないって判断されるって見解だし、どんなに厳しい人が見ても突っ込む隙すら無いと思うよ。
でも、それで納得できないのが女心ってわけよ。こういうときの女って、男に不満ぶつけるより、新しい恋人に敵意を向けて排除しようとするし、悪評流して貶めようとしがちだけど、ケイト監察官も典型的な女の行動取ってるかな」
「典型的な女の行動って大体が理不尽だと思うけど、アレク監察官が結婚すると公言している相手が遺物管理局の捜査官だから、同じ職務の私に対して絡んだのだとしたら、いっそ残念なくらいに正当性皆無ね」
「そうでないといいなと思いつつ、あたしと班長の見たところ、その通りって言うしかないかな。理不尽過ぎるけど、昏睡中の標的相手に何をどうすることもできなくて、誰か代わりに苛立ちをぶつける対象を求めてミヤちゃんに絡んだんじゃないかな。すごく駄目な女心だけど」
「全くだわ」
本腰入れて飲みたい気分になったから、酒瓶ごと貰いにカクテルカウンターに行って来たら、リマも追加のおつまみを頼んで用意していた。
少し踏み込んだ話をするので、防音装置を起動して重要な話をしていると分かるような表示を出して、リマに向き直った。
監察局はユレス捜査官の状態について探りを入れて来たし、嫉妬した女が何か仕掛けようとしてのことでないことを心底願うわ。
「参考意見を聞きたいけど、昏睡中の相手に何か仕掛けると思う?」
「やりたくても無理だと思うよ。だって、火宴祭襲撃事件の被害者だし、昏睡中の人に何か仕掛けるとか、悪質だし、何をどう言いつくろったとしても、悪女にしか見えないよ。それに、昏睡中のユレス捜査官の警備については、遺物管理局も独自に手配してるけど、警備局長が直接警備体制を采配してるから、鉄壁だよ。
特務課の強行突入訓練の想定問題であの警備体制を突破できるか検討したことあるけど、近づく前に全滅って予測だった。遺物管理局の名探偵を敵に回すくらいなら、最初から降参した方がましって課長も言ってたよ」
「確かにそうね。ユーリ捜査官とは敵対しないのが最善って言われているし。敵対しているような状況になっているアレク監察官を見ていると、それが実感できるわ」
「特務課一同としては、うちの班長に手加減してあげて!って言いたいんだけど」
「特務課から捜査課に移動したし、今となっては警備局から監察局に移動しているじゃない」
「でもいつか戻って来ると皆思ってるし、本人もそう言ってたよ。アレク班長が捜査課に移動したのも、本気の相手を口説くために同じ捜査官になった方がいいと判断したからだし、監察局に移動したのもその方が側にいられると判断したからだろうし」
「そういう動機が分かっていいのかしら」
「むしろ、普通の男だと実感できたとか親しみを感じたって意見多数だし、応援してるよ。本気だって分かりやすく態度に出してたし。ミヤちゃんですら分かったくらいじゃない」
「私はデルシーの支配人に、未分化の子どもに手を出すようであれば、即座に処刑と言われていたから、割と緊張感と警戒心を持って見ていたわ」
「さすがにそれ酷い!確かに、ベルタ局長も、男ってのは理性の限界もあるから、警備局職員として犯罪を起こさせないためと思って見守るんだよって指示していたけど」
それはそれで酷いんじゃないかしら。
ここまで読んでくれてありがとうございました。