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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
間章 新人捜査官ミヤリの日記
162/371

宣伝とは、危険な行為よ・3


 治療局は人が生まれた直後から、健康状態を測定したり成長記録をつけて、必要な治療や助言をしているので、治療局のお世話になったことの無い人はいない。


 成人して健康状態を維持していても、治療局が提供する消化補助薬を毎回の食事のときに飲んでいる人は結構いるし、消化補助薬を一度も飲んだことが無い人はおそらくいないわ。


 治療局は生活と人生に必須の物資やサービスを提供してくれているわけだけど、旧世界の過ちを繰り返さないよう厳しい規制がかかっていたりする。


 何故厳しく規制されているのかが分からないと不満が募るだけなので、旧世界で何があってそういう規制に至ったかについて教育されることになっているけれど、かなり重苦しい話だったりする。

 だから、旧世界の過ちを繰り返さないためだと言って概要を説明して、あとは各自で公開情報を確認するようにと流したりする教官もいるわね。


「そのうち教育されると思うけど、旧世界では治療行為で対価を得続けるために、わざと体調を悪化させたり体に害のある薬を投与して、延々と治療が続くようにしていた事例があるからだったけ?それ聞いただけでも、旧世界って怖いって思ったし、教官も詳細を語ると吐き気がしてくるから、興味がある人は自分で公開情報を調べろって言っていたっけ。ミヤちゃんはしっかり調べていたけど、あたしは途中で吐き気がしてやめた」


「その方が健全だと思うわ。私はそのときにはAIの相棒を得ていたから、将来の職務で必要になることが確定していたので調べるしかなかったけれど。

 旧世界人は、生活に必要な物資を入手するときに貨幣というものを使っていたの。働いた分の貨幣を得て、食事とか住処と交換するわけね。社会全体が貨幣を基準に運営されるようになっていたから、多くの貨幣を持っている人が多くを手に入れられるし、誰もが多くの貨幣を手に入れたがったわ。

 生活に必要な物資を入手することではなく、貨幣を入手することが目的にすり替わったと言ってもいいのかもしれない。

 治療行為は治療して健康になったら、そこで完結するでしょう?だから、治療が終わってしまったら、その後は対価として貨幣を手に入れられなくなるのよ。つまり、貨幣を多く入手し続けるためには、治療すべき相手が多ければ多いほどいいし、その人たちが健康にならない方がいい。という思考になってしまった治療官がいたという事例が結構たくさん見つかっているわ」


 そこまで言ったところで、ライルが身震いしたので、どういうことか分かってくれたようね。


「うう、旧世界怖いっす。それって治療官がわざと治療長引かせたり、治療対象を増やすようなことをしてしまうってことっすか?治療じゃなくて、犯罪じゃないすか。わざと苦痛を与えたり、治療して対価を得るために傷つけるのって、治療官とか名乗るのが恥ずかしいくらいの背任っすよ」


「そうね、でも、そうと気づかれなかったら、延々とそれを続けられるのよ。だって、表向きは治療してくれる立派な仕事だし、苦痛を抱えた人が助けを求める相手でしょう?

 薬についても悪質な事例があるわ。旧世界の時事情報放送のようなもので、苦痛を取り払う新しい薬ができました、これを飲めば治療できますって大々的に宣伝するの。そして、多くの人がそれを信じて、素晴らしい薬ができたと喜んで対価を払って入手するわ。

 でも、治療されて健康になったら、誰もその薬を必要としなくなるでしょう?薬を提供する側は、そうなったら貨幣を入手できなくなるし、生活できなくなる。だから、治療できると宣伝しつつも、治療できる薬であっては困るのよ。ずっと、死ぬまで飲み続けてもらうのが理想ね。

 誰かが、薬を飲み続けていても健康になれないと気づいて声をあげたとき、その人を徹底的に黙らせることもしてしまうわ。それが本当のことだと皆が知ってしまったら、当然責められるし、貨幣を入手し続けられなくなるからよ。そうなる頃には、薬を提供した対価としてたくさんの貨幣を所有しているから、その貨幣で取引して声をあげる人を黙らせたり、それで黙らない人は貨幣を対価に使ってあらゆる手段で封殺するようになるわけ」


 静かに私の話を聞いていたライルが、吐き捨てるように言った。


「……吐き気がする思考っすね」


「そうね。もちろん、旧世界のすべての治療官がそうだとは言わないし、真摯に治療行為を提供していた治療官が大半だったと信じていたいわ。ただ、治療行為に悪意が絡んだ事例が、旧世界資料から結構たくさん見つかっている。特に、旧世界の末期には、人々が狂ったかのように、本来の職務の目的と真逆の行為をしていたかもしれない資料まであるわ。

 怖ろしい伝染病が流行っていると時事情報放送で大々的に宣伝して、すぐにその予防薬ができたからと莫大な対価を得て人々に投与するのよ。ただ、その予防薬には強い毒性があって、そのせいで人々は体調を崩して倒れていった。

 でも時事情報放送は、予防薬のせいだとは絶対に認めず、伝染病のせいだと事実をすり替えて放送して、そのための新しい治療薬ができたと宣伝して、多くの人が新しい薬を入手するために多くの貨幣を費やすように誘導するわけ。時事情報放送は、薬を提供する側からたくさんの貨幣を貰って、そうするよう依頼されていたからよ。

 新しい薬というものが、予防薬を作った人たちがこっそり作っておいたものだったとしても、そういうことに気づかれなければ、延々と貨幣を入手し続けられるわ。

 リマまで吐きそうな顔をしているから、ここでやめるけれど、そういう旧世界資料が多く見つかっているからこそ、治療局と時事情報放送には厳しい規制がかけられることになったのよ」


「……うん、そこまで聞くと、そうしてくれないとすごく怖いと思うよ。今の世界だと、必要な生活物資はすべて新世界推進機構が提供してくれるし、対価交換で取引はするけど貨幣のようなものは無い。旧世界の過ちを繰り返さないためだよね」


「貨幣は正当に使えば便利な道具だと思うけど、旧世界の貨幣制度が旧世界を崩壊に追い込むほどに悪用されたと解釈されているから、避けるに越したことはないという判断ね。便利なことは便利だけど、道具は使う人次第よ。豊穣祭のコインのように限定的に使うくらいなら便利な道具で終わると思うけど」


 イベントに招待されている人たちは、会場内で提供されるものについては対価は不要となっている。

 このイベント会場で食事なりサービスを提供している人たちとイベントの主催者の間ですでに正当に取引が成立しているから、こまごまと取引することもなくイベントを楽しめるのよね。


 貨幣は便利な道具かもしれないけれど、絶対に必要なものではない。

 少なくとも、旧世界の過ちを繰り返さないよう、慎重に制度設計してきた今の世界では。



 そろそろ、歌姫マリア・ディーバがステージで歌うので、席の方に移動する人が多くなってきたから、美味しかった屋台の品を再び入手してから遺物管理局の屋台に戻った。


 席が大混雑していたので、リマとライルも屋台の近くで聞くことにしたけれど、やはり歌姫は違うわね。


 ステージは結構遠いのに、ここまで綺麗に声が通るし、音域も広くて歌も上手くて、何よりも感情を揺さぶるような深い響きがある。

 だから、歌が終わったら、屋台の人たちも遠くから拍手していたわ。


「やっぱり、マリア・ディーバはすごいなぁ。あたし、なんか涙出そうになったよ。しかも、相変わらずものすごい美人だし。先輩が、結婚して子ども生まれた後の方が、さらに美人になったって言ってたけど、本当にそうかも」


「旧世界的に言えば、恋したら女は綺麗になるものだから、そうなのではないかしら。でも、旧世界的言い回しだと、結婚は人生の墓場っていうのもあったわね」


「何すか、その真逆な感じの言い回しって」


「説明すると長くなるから、旧世界は矛盾に満ちていたとだけ言っておくわ。ところで……」


 思わず言葉を飲み込んだのは、ステージを降りた歌姫がファンたちに笑顔で手を振りながらこっちに来るからよ。


 動揺した人たちが私を前に押し出したのでお迎えしたけど、一体何がどうしたのかしら。


「ごめんなさい、お邪魔してしまって。あの、子どもが眠くなる楽曲があると聞いたのだけど、どういう名前の楽曲か聞きそびれてしまって。メイリンさんの旦那様のレックスさんがこちらでいただいて来たと教えてくれましたの」


「ああ、はい。子ども限定ではないのですが、あまりの退屈さに成人でも眠気を誘われるものでしたらあります。子どもが楽しくなる子ども向け楽曲でしたら結構取り揃えています」


 色々楽曲を提供して、マリア・ディーバをお見送りした頃には、私は覚悟を決めていた。これから、大変なことになるわ。


 リマに視線をやったら分かってるというように合図をして、ライルを連れてすでに膨れ上がりつつあった行列整理に行ってくれた。


 あとはもう、ステージの楽曲を聞いている余裕は無かったわ。


 ひたすら、マリア・ディーバに提供した楽曲から、他のお勧め楽曲の紹介まで話し続けて、イベントの最後に<私たちは世界だ>の音楽映像が流れ始めたときには声が枯れていたわ。


「歌姫マリア・ディーバの宣伝効果がものすごかったわ……」


「うん、ここまでとはね。ライル、しっかりしな」


「うう……うかつに宣伝するのは危険行為だと身をもって体験したっす」


 音楽映像に合わせてあちこちから歌声が響いて来たけど、残念なことに遺物管理局の屋台担当の私たちはぐったりしていて、それに参加する気力も無いわよ。


 幸いにもいつの間にか来ていたローゼス管理官がステージで歌いつつ、いい感じに盛り上げてくれているから、そちらにお任せね。


 通信文が来たのに気付いて確認したら、ボーディ前局長が、本日の働きを労うために宴席を用意してくれているというご招待だった。


 酷使されていたリマたちもご招待して<菩提樹>に行ったけど、姉弟は身体能力が高いせいか、食べたらすぐに元気になったあたり羨ましいわ。


 完全に体力が尽きた私は、日記を一行書いて、寝台に倒れ込んでしみじみと思った。


【 宣伝とは、危険な行為よ 】


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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