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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第二章 博士と黒猫
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2 博士と姉御


 今の世界では、肉体が劣化する老化はなくなったが、旧世界における老化に相当するものがないわけでもない。


 体よりもその体でもって活動する精神体の衰えによって、人は体を放棄して死を選ぶ。

 それはこの世界での人生体験を、その体で望むことはやりつくしたので、再び新たな人生体験を始めようと決意したからかもしれないし、その体での人生体験が嫌になったからかもしれない。


 世界管理機構の指針としては、すべての人が、その体での人生体験に満足したうえで、新たな人生を始めるために祝福されて今の身体を放棄して去ることを推奨しているが、何事も理想通りに行くものではない。


 事故や犯罪で死ぬ人もいるし、そういうものは警備局の捜査対象になる。


 ただ、そういう体験であっても、あらゆる経験は魂の進化の糧になるというのが世界進化論の見解だ。人生体験で精神に多大な傷を負うこともあっても、それもまた、貴重な人生経験の一つなのだと。

 人を成長させ、進化させるのは変化も刺激も無い日常生活よりも、感情も意志も大きく動かざるを得ないような強烈な体験だということは否定しきれない。


 人は300年も生きていれば、ほとんどのことは経験しつくすと言う人もいるが、300年も生きると、次の人生に進もうと検討し始める人は多い。

 だがそれも個人の選択だ。300年を超えているのに、一年ほど前に新たな人生体験に突入した人もいる。


 目的地である第七番倉庫に到着したら、その人が、お馴染みのかっこいいポーズとやらを決めて、帽子を取って大げさな挨拶をしてきた。


「久しぶりだな、子猫ちゃん。一年くらいあっという間だが」


「新婚生活とやらを満喫してるからだろ。ジェフ・ロー・ウィル博士」


 博士と最後に会ったのは、特別療養所の祖父さんの部屋でになるが、唐突に結婚することにしたと報告されて、ぼんやりしている祖父さんはともかく、見舞いに来て同席していた警備局長の精神に強烈な打撃を与えてくれた。


 鋼の女と名高い警備局長ではあるが、その心は特定分野に関しては、非常に脆かったようだ。

 同年代が相手を見つけて恋愛したり、結婚して子作りしている最中、あくまでも職務に邁進し続けた彼女にとって、300年超えても浮いた話も無い最後の仲間が消えた瞬間だ。


 博士の腹に致命傷狙ってるとしか思えないきつい一撃を入れて走り去っていく後姿は通り魔犯のようであったが、かすかに涙が見えたように思えたので、博士のために治療官を呼んだが、転びかけたがためのうっかり事故と証言しておいた。



 ジェフ博士は、世界研究局の遺物専門の研究者であるが、旧世界管理局の職員ではないし、AIにも適合しない。

 旧世界の遺物が眠る遺跡が主に研究対象であり、旧世界に関しては一番の研究者と言われるくらいに知識と経験が深い。


 遺物を扱うには、AIに適合する旧世界管理局の職員が必須であるが、それは同時に旧世界に影響を受けすぎることでもあるので、旧世界の遺跡調査をする場合は、AIに適合しない者がリーダーとなることが規定されている。


 新しく見つかった旧世界遺跡の調査部隊は、大体が研究局の研究者と旧世界管理局の遺物調査課が参加する形で編成される。

 知識と経験からして、ジェフ博士が調査部隊に指名されることは多いので、新婚なのに忙しい生活を送っているようで、今まで会う機会は無かった。


「ご無沙汰と思うなら、本日の勤務終了後に儂の家に来い。どうせ、予定なぞ無いだろ?」


「あるかもしれないと気遣うのが年長者の配慮と言ってなかったか?それに新婚の家に邪魔する気はない」


「冷たいことを言うもんじゃない、儂の妻も会いたがってるし、礼を言いたがってる」


「?結婚祝代わりに指定遺物の個人所有認可に協力したが、あれは博士の趣味であって、嫁のではないだろ。そもそも紹介された覚えも無いが」


「そういやそうだが、ううん?ってことは、まったく気づいて無かったんか。まあ、子猫ちゃんだからな。ならばなおさら、儂の家に招待せんとならんな。泊まる予定にしとけよ」


「勝手に決めるな。何度も言うが新婚の家に泊まるとか、冗談じゃない」


「お前さんの部屋は残してあるから、何の用意もいらんぞ」


「話を聞け、じじい!オレの部屋ではなく、オレに作業させる部屋だろ!」


 何故にオレの周囲には、こうも強引に巻き添えにしてくるのばかりなんだ。


 第七番倉庫の中からも怒鳴り声がした。


「うるっさいよ!今は勤務時間、お仕事の時間だってことを忘れてないかい!?ユレスは仕事が終わったら、素直に博士のとこに行きな!で、今は、倉庫の中で仕事するんだよ!」


 怒鳴り声と共に登場したクレア・ラン・モード捜査官がオレと博士の首元を掴んで倉庫の中に引きずり込んだ。


 旧世界管理局に三人所属する捜査官の一人であり、遺物調査課の捜査官として、遺跡調査に同行することが多いので、会う機会はあまりない。

 とはいえ、旧世界管理局職員なので、博士よりは遭遇率が高いので久しぶりという挨拶は必要ないし、割と短気ですぐに本題に入る人なので、まだるっこしい挨拶する方が嫌がられる。


 旧世界の遺物映画ではこういう人は姉御と呼ばれるという証言が複数あり、遺跡調査の現場ではそのまま姉御と呼ばれている。

 オレは一応クレア捜査官と呼んでいたが、むずかゆいんだよと言われて以来、姉御と呼ばされている。


「姉御、今回の獲物は趣味だったのか?」


「聞いてよ、むっちゃ好み。肉体美の極致って感じ?そりゃね、人工物だから当然だと思うよ。人も、自然な筋肉を鍛えて肉体美を表現しようとしているけどさ、でも究極の理想には到達しえないんだよね。それが人工物だと容易くその壁を超えてくれるあたり、安直なようであり、それでも旧世界人が美意識を極限まで追求した芸術の証のようであり……」


 姉御は別に無駄話が嫌いなわけではなく、趣味の話は非常に饒舌だ。

 ときどき相槌さえ打っておけばご機嫌で語り続けてくれるので、姉御の周囲にいる人々はしっかりその作法を身に着けている。


 姉御と組む機会の多いジェフ博士は熟練の技だ。


 そうでないと物理的に危険だからな。


 姉御は筋肉も含めた女性美の極致を目指したような逞しくも美しい体つきであり、つまり物理的破壊力が高い。

 警備局の大抵の職員より強いとすら言われている。危険も多い遺跡調査に赴くには最適人材ではあるが、姉御の趣味は少々困ったものでもある。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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