通信文で伝えられる情報はごくわずかよ・3
助けを求めるマークを見なかったことにして、私はエビを焼いて貰いに行った。
マークを救出しに行くのは、助けてという通信文が送られてきてからでいいわ。私は、劣化しやすい食材を早く処理して、美味しくいただくための重要任務を優先する。
エビが焼き上がったときには自力脱出を果たしたのか、それとも見かねたリマが救出したのか、私の分のカクテルも持ってマークとリマが来た。ちゃんと二人の分のエビも焼いて貰っておいたわよ。
「あー、美味しい。毎回思うけど、デルシーで食べるエビって全然違うね」
「デルシーの食材は生産局が提供する食材リストには無いし、採取したその場で食べるよう、規制までいかない取り決めがあったと思うわ」
「自然環境課でそういう取り決めみたいの作ったのかもな。拘束力なくても何となく守ってることって結構あるよ」
「思考停止してそれを当然の規定だと主張し始めると問題だけど、ある程度の取り決めらしきものがある方が、社会も交流も上手く行くものよ」
「そうだね。取りあえず、働いて来た人たちがお食事しているときは煩わせないっていう取り決めは重要だと思う」
「そういうのあったかしら?」
「さっきできたんだよ。支配人がそう仕切って、礼儀と配慮について講義してくれたから、皆さん紳士淑女としての振る舞いを思い出した感じ。ミヤちゃんはエビ焼くのに忙しかったんだろうけど、さすがにマークが喰われかかっていたら、助けに来てよ!」
「マークより巨大魚とエビ食べる方が美味しいと思うわ」
「俺もそう思う。エビスープの方がずっと美味しいのにな」
私もエビスープは欲しいので貰ってこようかと思ったら、支配人が運んで来てくれたけど、少しお小言を言われたわ。
「ミヤリはもう少し積極的に交流なさい。実力はあるのに面倒がっておりますな?ただ、女の争いに首を突っ込まない姿勢は賢明です」
「はい。回避不能な場合は仕方ないと割り切りますが、めんどくさい女たちが起こす厄介な騒動は十分すぎるほど経験したので、もういりません」
「ヒミコとリリア以上に強烈な女ってなかなかいないから、あの経験は十分に役に立ったとは思うけど、ああいう女になりたくないって引いちゃいます。あと、恋人か子づくりの相手みたいな、深い繋がりをいきなり求めるのもなんか違和感だし、友達じゃ駄目なのかなぁって思います」
「友達でいいと思いますぞ。未成年に対する性教育の過程で、異性との交流の作法も教育するせいか、交流と言えば異性との深い付き合いと思ってしまう方が多いようですが、人どうしの関係はそれに限らぬもの。
むしろ、男女間の恋愛関係を至上のものと思い込んで行動する方が、どこか不自然で歪みのある関係となります。言葉によって限定する弊害でもありますな。人同士の関係は、固定されたものも変化しないこともありません。
恋人だからとか、結婚しているからという理由だけで、教本に乗っていたり、映画で表現されるような感情や振る舞いを期待して要求する方が、相手を尊重せず貶める行為でございます」
「分かります。俺も人は人と結婚しなさいというのは理不尽な固定観念だと思います」
「マークは少しは人に目を向けなさい。取りあえず、ミヤリとリマとは友情的な関係を築いているようで安心いたしました。共に釣りに行って宴会する関係でも良いのです。変らぬものなど何もございませんので、共に食事するだけでも何かが変化して流れていくものですからな。焦らず、良い交流を重ねることですな」
そう言って、支配人は他のテーブルに回って行った。
リマはさすが支配人はすごくいいことを言うと感動しているけれど、私とマークは言外の指令を受け取ったわ。
「ミヤリ、エビを焼いて配り歩けってことでいいよな?」
「そうね、積極的に交流しているように見せかけつつ、旧世界的に言えば、色気より食い気を強調しておくと、まだその気はないのだと遠回しに伝えられるという助言だと解釈したわ」
「え、ええっ?二人とも何でそんな、捻くれた解釈してるの!?」
「いいこと、リマ。これは私たちのためでもあるの。マークと一番仲がいい女と言えば、私とリマになってしまうから、探りを入れられたり絡まれたりすることもあるわけだし、友情だと答えてもなかなか納得してくれないわ。人は固定観念に縛られて、正直な言葉をそのまま受け取ってくれないことも多いのよ」
「えっと、まあ、それは分かるけど」
「俺も二人に迷惑かけたくないし、ドルフィー話をできる友人は貴重なんだ。だから、俺は色気皆無の駄目男だと遠慮なく強調してくれていいから!」
「マークもここまで覚悟を決めているわ、遠慮無用よ」
「むしろ、そこまで覚悟決めるようなことかなぁ!?」
恋人募集中の人にとっては色気皆無なのは不名誉だと思うけれど、恋人募集中ですらない私たちにとっては大した話で無い。
リマもなんだかんだ言いつつ同類なので、三人揃って料理を配り歩きつつ、爽やかな友情を演出していたら、宴会参加していた人たちは大体納得してくれたようで良かったわ。
ただ、どこかから情報が回ったらしい同年の子から、私とマークはやはりお付き合いしているのかという通信文が来たときは疲れた気分になった。
通信文で即座に情報が伝わるのは便利だけど、通信文で伝えられる情報はごくわずかよ。
誤解や思い込みで妄想したりせず、本当のことが知りたいなら、直接その場で見聞きするのが最善ね。
マークと私の間には友情しかないと返信しておいたけど、そのまま受け取ってくれないだろうなと虚しい気分を抱えたまま、日記帳に今一番伝えたいことを記した。
【 通信文で伝えられる情報はごくわずかよ 】
日記に記した言葉も、私以外の人が見たら、ごくわずかの情報しか読み取れないわね。
でも、日記を書いた当人である私は、この一文を見ただけで、今日一日のことを鮮やかに思い出すことができる。
ごくわずかな情報からでも、膨大な情報を呼び起こせる矛盾にちょっと笑いつつ、日記帳を閉じた。
ここまで読んでくれてありがとうございました。