通信文で伝えられる情報はごくわずかよ・1
「通信文で伝えられる情報はごくわずかよ」
「知っているけど、だからこそ、簡潔かつ最大限の情報が伝わるように通信文を書くのが基本だよね!?」
「緊急事態中は、通信文を考えている余裕もないから、すべてを一言に凝縮したつもりよ」
「助けてって、確かにすべてが一言に凝縮されてるけど、他の情報も必要じゃないかなぁ!?事件発生かと思って慌てて駆けつけて来たのに!」
「そうよ、リマが慌てて駆けつけて来てくれたら十分だったから、目的は達成されたわ。マーク、もっと人手が必要ならデルシーにも要請するけど、どうかしら?」
「この大きさなら、三人でいける。リマが来てくれて助かったよ、滅多にかからない大物だ。釣り上げて、宴会しよう!」
ここはデルシー周辺海域にある釣りの穴場なので、なるべく秘密にしておきたかったので良かったわ。
三人の休暇予定が重なったので、デルシーで海釣りをすることにして集まったけど、リマは砂浜にある警備局の施設に挨拶しに寄ったので、私とマークは先行して準備をしつつ釣り糸を垂れていたら、突然ものすごく強い引きが来た。
二人がかりで頑張ったことは頑張ったけれど、微かに見える魚影が巨大だった。
私は、助けてという一言にすべてを凝縮した通信文をリマに送ったし、マークも本格的に自然との交流というか生存のための闘争をすべく、携帯型観測機器で相手の大きさと実力を測定し始めたわ。
そして、今、三人の総力を結集して、大物を釣り上げた。
「う、うわー、うわー、釣り上げておいてなんだけど、これ釣れていいものなの!?」
「大丈夫、俺とリック博士が海洋調査に行ったときにこれより小さいものを釣り上げたことがあるし、激闘を制して食事にするなら、自然生物保護規定には引っかからないよ。
この魚は釣り竿だけでなく、釣り人も海に引きずり込む手強い相手だから、手加減も情けも無用だ。なお、すごく美味しい。あ、でも、ここまで大きいものが釣り上げられるのは珍しいし、資料用に映像記録撮りたい!」
マークは世界研究局自然環境課の研究者として、携帯型の観測装置類を腕輪の空間拡張機能を最大限駆使して詰め込んでいるそうで、今度は映像記録装置を取り出したので、設置と記録の手伝いをした。
何度かやっているので、私もリマも慣れているし、手際もいい。
「あ、これ、最新型だ。特務課でも装備更新したいって候補にあがってたよ」
「自然環境課は研究用装置は常に最新型に切り替えるのが基本なんだ。動作確認試験も兼ねてるし、使い勝手の感想聞きたいらしくて。これは、旧世界の技術を流用して研究局で開発した自信作らしい。旧式のいい技術が見つかったんだって」
「旧世界の古い型の映像記録用装置のことかしら。旧世界の映像装置は崩壊間際の頃の最新型より古い型の方が高性能だったりするわ」
「え?最新型の方が進んでたりしないんだ?」
「旧世界は不合理で無駄で世界を消耗させる行為を当たり前にしていたし、おかしな逆転現象もあったのよ。貨幣というものを介在して取引をしていたことが、その大きな原因かしら。
例えば魚なら、貨幣の単位200と交換する取引ができて、貨幣200を入手した人は自分が欲しい果物と貨幣を交換することができるわ。魚と果物を直接交換すれば、貨幣が介在する必要はないけれど、互いに欲しいものが一致していないと直接取引は成立しないから、貨幣のように一時的な代理をするものを作って、取引しやすくしたのね」
「便利そうだけど、不合理で無駄だったりするんだ?」
「調理用の包丁も正当に使えば魚を捌けるけど、人を傷つける道具にしたら警備局の捕縛対象になるでしょう?
貨幣も、初期のころはまっとうな取引に使っていたのかもしれないけれど、末期には貨幣制度の隙や制度自体を悪用して、自分だけが多くのものを所有しようとしたり、権力を手に入れるために使ったり、人に何かを強制するために利用されたわ。
貨幣を持っていないと人の社会で何も手に入れられないし生きられないという思想を、子どもの頃から教育で刷り込みするから、人は貨幣を入手するために過酷な労働を続けたり、人を騙したり傷つけて奪おうとするようになった。権限を持つ人に自分の思い通りに動いて貰うために貨幣を渡すこともあったし、指導者の立場にいる人たちは貨幣欲しさに貨幣を多く持つ人たちの言いなりだったという事例もあるわね。
その結果として、人々から搾取して行動を監視して拘束するような制度が次々にできて、人は生きづらくなり、世界は行き詰り、社会も世界も崩壊していった。貨幣制度は旧世界の崩壊要因の一つよ」
旧世界の過ちを繰り返さないように、成人するまでの間に旧世界の崩壊要因をある程度教育されるけれど、あまりにも多すぎるので軽くしか説明されない。
危険だったり理解不能だったり吐き気がするくらいえぐいものについては、情報制限がかかっていて、大半の人は知ることも無いわね。
旧世界の遺物を扱う遺物管理局の職員は、踏み込んだことも知っていないと仕事にならないし、警備局も必要に応じてかなりの情報を知ることもあるから、リマもある程度は知っている。
うんざりした顔をしてリマが言った。
「旧世界って崩壊要因多すぎだよね」
「だから、崩壊して今の世界に再構成されるしかなかったのね。映像記録装置の話に戻すけど、まっとうな職人や技術者は当然いたし、当時の技術を結集していい装置を作るのが当り前よね。でも、対価として貨幣を多く要求することになるから、他のことに貨幣を使いたい人は交換しないし、多くの貨幣を得ていない人たちは交換できないわ。
だから、技術や資材を削って、交換しやすい価値にまで落とすしかない。丈夫で長く正確に稼働するように装置を作ると、一度入手したらそれきりになる。だから、壊れやすく部品の交換や整備が常に必要なものを作って、その都度貨幣を得た方が、長く多くの貨幣を入手できる。
そういう不合理で無駄で時間と資材を無意味に費やして世界を消耗させるようなことをしてでも、旧世界人は多くの貨幣を入手したがったのよ。多くの貨幣を持っている人は何でもできる社会となっていて、それが当り前だと子どもの頃から教育されるから。
旧世界遺跡から遺物として発見される装置類は、末期の頃、つまり最新型の装置ほど雑な作りのものが多いわ。旧世界でも旧式と呼ばれていたような装置類の方が、部品の細部に至るまで緻密に設計されていて技術力が高いものが見つかったりするの。旧世界の映像記録装置も、古い型の方がしっかりとして、確かな技術が使われているという逆転現象が起こっているわけ」
「旧世界人って、色んな意味でひっくり返ったことしてるね」
私たちが話している間、マークは黙々と測定したりデータを取ったりしていたけど、巨大魚をひっくり返したいらしいので、手伝った。
「にしても、巨大だね。どうやって運ぼうか。いや、その前に、どこに運べばいいのかな」
「俺も今悩んでるんだけど、取りあえずデルシーの支配人に報告すれば何とかしてくれると思う!」
「ぶん投げ過ぎだけど、そうね。通信文を……送っても説明しきれないから、映像記録を持って行って、直接説明して来るわ」
職務で必要な場合、腕輪に組み込まれた通信機能は最大限利用可能になって音声通信や各種情報通信が可能になるけれど、人との交流は対面でするよう強く推奨されているので、個人活動の時間に使える機能は通信文で短めの文言をやり取りするくらいに限定されている。
腕輪に映像記録機能が組み込まれていないのは、隠し撮りをして個人の人権を侵害したり、情報漏洩を防ぐためでもあるからその方がいいと思うけれど、ときどき不便に感じるわね。
私が宿泊施設デルシーに行って、マークが撮った映像記録を支配人に見せたら、すぐに宴会の手配をしてくれた。
「もう少し柔軟に通信機能を使ってやり取りできるとよいのですがな。生活区内で完結するのであれば、直接対面して話す方が最善ですが、相手が自然区にいる場合、場所によっては転送装置を駆使しても数日移動せねば対面することもできませんしな」
「釣り場は生活区にかなり近い位置にありますが、意外に距離がありますしね」
のんびり釣りを楽しむつもりで移動していると感じないけれど、急いでいたり目的があって移動していると、かなり距離を感じるわね。
旧世界人は時間が足りないという表現を良く使っていたくらいに、職務に従事したり、移動する時間や生活のための日々の仕事をする時間に追われていた。
今の世界は、社会制度と必要な生活物資を全て提供できる体制を整えて、個人活動の時間も十分確保されるようになっているけれど、時間が足りないとか間に合わないことが無いわけでも無い。
時間は幻想で、合意時刻を用いて勤務の時間や待ち合わせの時間を整合させているけれど、生物の体は複雑で繊細なものなので、怪我をした場合、一定の合意時間が経過すると、治療の難易度が各段にあがったりするし、治療行為が間に合わず死亡することもある。
それから、自然生物を食材とする場合、死んだ後にすぐに劣化が始まるので、食材として余さずいただくためには、可能な限り早急に処理する必要がある。
魚は劣化が早いので、急いで報告しに来たし、宴会の手配を終えたデルシー支配人自ら大型魚専用の解体包丁を担いでマークたちの元へ急いだ。
ここまで読んでくれてありがとうございました。