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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
間章 新人捜査官ミヤリの日記
152/371

料理には愛情の前に技術が必要よ・3


 転送装置を2つ経由して移動した先にある生産局の施設は、広々とした倉庫のような場所で、多くの人が来て賑わっていた。


 甘味の店からもリマの家からも遠い位置にある施設だけど、転送装置はクラフターで数日かかる距離でも一瞬に縮めてくれる。


 私が所属する遺物管理局遺物調査課は、世界各地で発見される旧世界の遺跡調査に赴くことが多い。

 旧世界遺跡のほとんどは自然区の中にあるし、転送装置で近くまで移動したとしても、そこからかなりの距離がある。だから、調査に行くだけでも、移動行程の選定や補給の手配など、多くの仕事が発生する。


 警備局特務課は、新たに発見された旧世界遺跡調査に同行したり、現地の安全確認も含めた警備を請け負うこともある。

 最近発見された旧世界遺跡の調査にはリマも参加する予定らしい。


 私は知識も技術も経験も足りないから、物資の手配を任されて遺跡調査には行かないことになったけれど、ある程度の安全が確認されたら、経験を積むために行くことになるかもしれないわね。


 リマが自分も調理をすると言いだしたのは、遺跡調査に行くなら調理技能がある方がいいと先輩に言われたからだと白状したわ。


「調査部隊の装備品の中に自動調理装置は当然含まれているけど、それが万が一の事態や事故で破損したら、食生活が悲惨なことになりかねないんだって。そのせいで全滅の危機に晒されることもあるって言われたら、さすがに考えるよ」


「確かにそうね。旧世界遺跡では、何があるか分からないのが当然と思って慎重に行動しないと死ぬわ。それに加えて、自然区での生活は便利な生活区とはかなり違うから、安全な食事を用意することですら重要任務になるようね。どんなに食事に困ってもクレア捜査官に調理させてはいけないそうよ。斬新かつ野性味あふれる料理を提供して、警備局を悶絶させたことがあるみたい」


「え……もしかして、全滅の危機ってそれ?あれ、でも、遺物管理局の捜査官が同行していると、食材も自動調理装置なしでも問題ないみたいなことを言っていた先輩もいるけど」


「ユーリ捜査官のことじゃないかしら。食材も何も持たずに自然区に行っても悠々と生き延びられると聞いたことがあるわ。マークのように自然区での生存技術を習得しているのだと思うけれど」


「俺もそういうの習得した方がいいんすかね。姉ちゃんの料理食べてのたうちまわ、っぐえ」


「食べてから言え」


 ライルはリマの料理を食べる前にのたうち回ることになったけど、いつものことだから、私は食材選びに集中した。



 見たことの無い珍しい食材がたくさんあるけれど、生産局の提供食材のリストに載っている品だったわ。

 新しい食材よりも馴染みのある食材や、食べたことのある食材しか使わない人の方が多いと言われると、確かにその通り。


 こういう場を設けたのも、実際に見てみたら、新しい食材にも挑戦して、それでもって新しいレシピを作る機会になると見込んだそうね。


 世界は常に新しいものを、新しい情報を求めているし、行き詰って発展も進化も無くなった時、世界は終わりを迎えて崩壊して、崩壊した旧世界の情報を元に新しい世界を再構成して、再び始める。


 だから、新しいレシピに挑戦するのは、微々たるものであっても、世界の進化に貢献することになるわ。


 料理のレシピに関してはそれほど警戒しなくていいことから、旧世界のレシピの多くが公開されている。でも、ときどき倫理観に反するとして非公開となるものもあるわね。


 旧世界では生物を生きたまま食べることもあったようだけど、それは自然生物を無用に苦しめて恐怖させるものと判断されて、非公開となったわ。

 旧世界の食材に関しては、残虐だったり問題のあるものが多かったりするので、料理のレシピと違って慎重に扱う必要があるのよね。


 旧世界では食肉用の家畜という自然生物を育てて食材にしていたけれど、今の世界では自然生物に対する虐待行為と判断されて禁じられている。

 その代わりに旧世界の肉関係の食材を模して、植物素材から作られた合成食材が提供されている。


 この世界でも過去には、自然生物を狩猟して肉を得て食材にしていたし、自然生物も他の生物を食事にするために狩るわけなので、そういうものは問題ないと判断されるわ。

 ただ、食材の肉を取るためだけに、自然生物を狭い場所に押し込めて無理やり育てるのは、自然の在り方に反しているし、生物の自然な生き方を踏みにじるやり方でしかない。


 狩猟して肉を得ることも、自然環境の生態バランスも考えなければならないので、今は生産局の専門職以外は、陸上の動物を狩猟する許可が下りない。

 罠を仕掛けたり、狩猟用の道具で自然区の環境を傷つけるのを防ぐためでもあるけど、この世界でも精神異常を抱えた人が動物たちを虐殺した事件があったから厳しく規制された。


 食事とするために殺して食べるのであればまだしも、殺すことを楽しむために殺すというのは、精神異常としか言いようがない。

 旧世界人の多くは何らかの精神異常を抱えていたと言われるくらいに、今の世界の倫理観とは合わない世界だったのは間違いないわ。


 旧世界の映像記録資料の中には、旧世界の日常の場面のはずなのに、ぞっとする映像もあった。


 旧世界の時事情報放送を見ながら食事をしている光景だったけれど、旧世界の家畜を殺して肉に加工する場面を時事情報放送の画面で見て顔をしかめながら、なんて恐ろしいことをするんだと言いつつ、殺された動物の肉を頬張っていた。


 旧世界人が肉を食べるためだけに、自然生物が虐待的状況で育てられて残虐に殺された場面を見て、恐ろしいと言いつつ美味しそうにその肉を食べる思考が理解不能だし、その精神状態に恐怖したわね。


 旧世界人の精神状態がおかしくなっていても、旧世界の料理は美味しいものが多いので、割り切ってレシピを使う私の精神状態も人のことを言えたものではないかもしれないけれど。


 リマとライルは多くの食材を調達して、姉弟共同作業で手料理を完成させたけど、私は旧世界のレシピを登録して、自動調理装置の実力に任せて料理を作った。


 姉弟作の料理は手間がかかっているのが分かりやすいし、気遣いともてなしの心は十分感じ取ったわ。


 私も一番美味しそうな食材を選んで、姉弟が好む味付けを自動料理装置に登録するくらいのお気遣い的愛情は投入したつもりよ。

 見た目も味も完璧に仕上がった私の料理をがっつきながら、姉弟が割とそっくりな顔で言った。


「あたし、ミヤちゃんが言う通り、料理には愛情の前に技術だと思う」


「俺もそう思うっす。両方必要だとしても、技術は絶対必要っす」


「そうね。でも、食材を切った後は自動調理装置に任せる手法もあるの。可愛く食材を切ることで愛情をこめておいて、技術は自動調理装置に任せたらいいわ。ローゼス管理官が言うには、できる女はそうやって点数稼ぐそうよ」


「なるほど。それなら、愛情手料理っぽいのに、完璧な仕上がりで料理上手を演出できるってことか。女の隠し技っぽいけど、ローゼス管理官ってそういうことまで知ってるんだ?」


「乙女心についてはローゼス管理官に聞くのが一番よ。ローゼス管理官の相棒のAIは旧世界の女の手管や手口をたくさん知っているそうなの。ライルが成人するまでには、悪辣な女の手口に引っかからないよう、ある程度教えるわ」


「俺、今の段階でもう、かなり知ってる気分になってるけど、まだまだあるんすか!?そんな……女性不信になったらどうしてくれるんすか。俺、見た目も味も完璧な手料理が出てきても、ミヤリさんが言ったような方法で作ったんじゃないかって疑ってしまいそう!?」


「安心しな、ライル。そもそも、そういう関係に至れるかどうかすら分からないし、そうなったときに心配すればいいよ。それに、そこは割り切ってもいいと思う。愛情も技術も両方投入しているわけだし」


「そうね、何事もはじめから完璧を目指しても、上手く行かずに崩壊するだけよ。気になるなら、ライルが技術面も自動調理装置任せにせず自分でできるようになればいいわ。別に手料理振る舞うのは女の側でなくていいと思うし、料理ができる男は評価高いわよ」


「そうなんすか!?じゃあ、俺、頑張るっす!」


 ええ、頑張って。


 私は自動調理装置任せにするし、食べる専門の方が楽でいいと思うくらいにやる気がない女だから、食べて評価と助言するくらいは協力するわ。


 正直な胸の内を記録に残したりはせず、日記帳に本日の日記を一行記した。


【 料理には愛情の前に技術が必要よ 】


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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