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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
間章 新人捜査官ミヤリの日記
150/371

料理には愛情の前に技術が必要よ・1


「料理には愛情の前に技術が必要よ」


「料理は愛情!っていう素敵な旧世界的言い回しをあたしに教えたのって、ミヤちゃんじゃないかなぁ!?」


「私は過去の未熟な自分の発言を見つめ直して訂正していくのも辞さない冷静な成人を目指しているの。いい、愛情をこめて作った料理であったとしても、消化補助薬も同時に飲まないといけないものだと、愛情も相殺されてしまうわ」


「う、うーん?確かに腹痛にのたうち回ることになる料理を、愛情がこもった料理と言いづらいのは分かる。でも、結論が技術っていうのは何か違わない?」


「調理の知識と技術を習得した上で、愛情をこめて料理すればいいだけのことよ。頑張りなさい」


「ライル、頑張って」


「うう、姉ちゃん酷い……」


 リマの弟であるライルが泣きながら食材を刻んでいるけど、別に私たちが苛めたわけではない。


 食材の中には細かく切り刻むことによって細胞内部の成分が空中に拡散し、人体に有害とは言わないけれど生理的反応を引き起こすものもある。

 それを実体験で学ぶことも人生体験だし、便利な自動調理装置に頼らず手作業で料理することも、人生の楽しみ方の一つね。


 成長期が終わって成熟期に入っているライルは、すでに男としての特徴がはっきりわかるくらいに性分化が進んでいるけど、泣き顔はまだ子どもだわ。

 姉のリマに振り回されたり、無茶振りされて半泣きの顔をよく見て来たので、ライルの泣き顔を見てもさして何とも思わないけれど、助言はしておいた。


 刺激性の食材を扱うときは目の保護のためにバイザーでもつければいいだけよ。

 それを聞いてリマがライルにバイザーを装着したけど、警備局仕様の予備を持って来たから、妙に緊迫感漂う光景になったわ。


「あ、これなら目に痛くない。さすが、ミヤリさんっす」


「見てるあたしたちの目に優しくないっていうか、料理しているというより、殺伐とした事件現場っぽい。でも、調理教育で出来上がった料理を食べた全員がお腹抱えてうずくまることになるのって、そもそも事件だったか。用意しておいた消化補助薬飲んでも、あまり効果なかったというのも怖い」


「そうね。少なくとも警備局への報告案件にはなると思うけど」


「教官が慌てて報告してたっす。でも警備局じゃなくて治療局の人が来て指導されたんすよ。胃の中で分解しきれないものって意外に多いんすね。組み合わせが駄目なのとか。開発中の新薬っていうのを貰って飲んだらすぐにすっきりして助かったっすけど、治療局で消化補助薬を常に新規開発するくらいに必要だとは」


「なんか、新薬の人体実験っぽいけど、警備局にも報告してるなら、承認済かな。そう言えば、ミヤちゃんが旧世界では物理的に体の外に出すのがどうとか言っていたっけ」


「旧世界の人の体は摂取した食事をすべて分解しきれなくて、残渣を体外に排出しないといけなかったの。

 今の世界の人の体は食事したものを胃で完全分解できるから排泄の必要は基本的にないけど、新しい食材や珍しい食材、食材同士の組み合わせや調理法を取り入れると、胃で分解しきれないものも出てくるし、体に悪影響を与えたりもするわ。新しいものを取り入れても、体がすぐに適応して対応できるわけでもないのよ。

 そういう場合は旧世界の人のように、物理的に胃の中から排出するしかないから、吐かせたり、胃を洗浄するので結構辛いことになるわ。それでも新たなものを食べたい人の欲求が、胃での分解補助のために消化補助薬を開発して対応するという方向を追求したのね。

 ただし、調理の過程で丁寧に処理したり、加工の手間をかけたら、消化補助薬の必要もなくなるようね。自動調理装置はそういう手間を工程に組み込んでいるそうだけど、手作業でやると大変よ。だから、すべて手作業で作った料理ほど消化補助薬が必要になることがあるし、結論としては、愛情の前に技術が必要よ」


「そう説明されると納得。手間と技術を費やすのも愛情の範疇だしね。頑張れ、ライル」


「姉ちゃんは、俺に愛情が足りないと思う!少しは手伝ってよ!」


「あたしは、お客様のおもてなし中だよ」


 ここはリマの実家だけど、私はお客様と言うには入り浸っていることが多いので、何をおもてなしされるのか逆に悩ましい。

 今回は一応、リマに招かれて食事をしに来たけど、ライルが調理教育受け始めて、手料理作る練習をするから、それを食べる手伝いして欲しいということだったから、なおさら微妙だわ。


 何故、練習をするかと言えば、調理教育で作った料理を食べた全員が腹痛に苦しんだので、きちんとした手順と素材と調味料を用いて作れば問題ないことを家で実体験してくるようにと指示されたからだし。

 調味料の量を盛大に間違えた挙句に、隠し味とか言ってレシピに無いものを投入したのが原因ね。人が手作業でやるとそういうこともある。


 手作業で料理するのは自由度が高いけれど、自動調理装置は設定された通りの手順と分量で正しく調理して、美味しい料理を仕上げてくれる信頼度の高い装置よ。


 調理教育の教官が自動調理装置で同じ食事を作って出来栄えを比べてみたら自動調理装置の実力も自分の調理の実力も分かると言っていたそうなので、自動調理装置でも作ってみたけれど、ライルが頑張った手料理とは比べてはいけない出来栄えだった。


「うん、自動調理装置って偉大だね」


「姉ちゃん、酷い!俺の頑張りを少しは評価しろよ!」


「ミヤちゃんの言葉を借りれば、潔く突っ込んだ方がその人のためになるってことかな。ミヤちゃんも、何か助言してあげてよ」


「食材を可愛く切ったのは高評価よ。自動調理装置では細部にまで手をかけられないから、こういう飾り切りを入れるのは手作業でないと無理だし、それだけ手間をかけた料理だと伝わると思うわ」


「俺、ミヤリさんの弟になるっす!」


「あたしの弟なのが、不満だとでも言うのか、ライル。それより、ライルにこういう可愛く切るという発想自体無かったと思うけど、調理教育で教わったの?」


「教官じゃなくて、一緒の調理班の女の子に教わった。姉ちゃんと違って、いかにも女の子って感じで頑張ってる」


「あたしに何か言いたいことがあるのかなぁ?」


「ぐえっ、ね、姉ちゃん、また筋肉ついたんじゃ、うえっ、な、なんで、締めるの!?褒めてる、褒めてるよ!脂肪は駄目だけど筋肉は褒め言葉って言ってたじゃないか!」


「複雑な女心を理解しろ」


「リマ、そこまで理解させるのは無茶振りよ。それに深淵な話題になるわ。いい、ほとんど筋肉でできた巨乳と薄い脂肪層でできた貧乳と、どちらが女らしいかっていう答えの出ない問題と同じ領域に辿り着くから」


「??……ミヤちゃん、なんか深淵というか、危険な話題してない?」


「そうね。この話題になったら、遺物管理局の男性職員は即座に全員逃走したわ。ローゼス管理官だけは残ってくれたけど」


「えっと、うん、まあ、ローゼスさんはどっちの立場でもいけそうだし、どっちにも理解深そうだけど、それはそれで深淵な感じ……でもどっちなの?」


「乙女心は肉体とは無関係という結論で、いい感じに話が終わったわ。ところで、そろそろ腕外してあげないと、ライルが危険な深淵に落ちるわよ」


「あ」


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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