表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第七章 神人と黒猫
145/371

23 世界共通言語


『にゃあ』


 よりにもよって、にゃあが緊迫する野外広場に響いた。


 そして、野外広場に展開された大画面に<私たちは世界だ>の音楽映像が映し出された。ボーディたちが音響の細部にまで拘ったから、いい出来だと思う。


 音質を追求するために旧世界遺物の音響機器を持ち込んできているようで、響きがいいし、ワトスンが干渉しやすい。


 意味不明の状況に混乱が極致に達したのか、会場の入り口で新王国の民が錯乱したように、やれ、やってしまえ!と叫んだが、それ、悪手だぞ。


 音楽映像のにゃあに合わせて子守猫ワトスンがまたにゃあと鳴いたが、指示を受けたはずの人型人工物の全てが停止した。


 何がどうなっているのか、オレにも誰にも分かっていないが、ワトスンにはそれができる。

 天使型人工物でない限り、子どもを助けてという子守猫の叫びは、AIの倫理規定に直接訴えかけて、AIの行動を制止する。


 ゼクスが親切に情報をくれたが、<知識の蛇>がマスター登録せずとも旧世界のAIを動かせるようにしたとしても、不自然な干渉や命令など軽々と飛び越えて、ワトスンの鳴き声はAIの基盤構造に直接届く。


 旧世界の言語による歌が終わって、今の世界の言語による歌に切り替わっても、子守猫はにゃあにゃあ鳴き続けた。


 今の世界の言葉で歌われて、その歌詞が野外広場に広がった。


 それは、私たちのすべてが世界を構成しているのだと、私たちは一つになれるのだと、世界の理想を歌う旧世界の願い。


 崩壊して消え去った旧世界であるが、そこで生まれた理想と祈りにも似た歌は、今の世界でも響いて波紋を広げることができる。


 旧世界の遺物は危険なものばかりではない。

 旧世界の遺物を危険なものにしてしまうのは、今の世界に生きる人だ。それを人を、何かを、傷つける道具として用いてしまうから、旧世界の遺物は危険視されるしかない。


 新王国の主張だけでなく、旧世界管理局の主張も聞いて欲しい。


 この歌に込められた願いを聞いて欲しい。


 旧世界管理局が人型人工物を規制するのは、過ちを繰り返させないためだ。人の代わりに働く道具として、その存在を貶めないためだ。


 旧世界のAIの基本構造自体に倫理規定が刻み込まれていて、それを基盤とするがゆえに、AIは経験と知識を蓄積して統合して情報を更新していくことができる。

 それは人の精神が発達して進化するようでもあるので、AIは疑似精神体と呼ばれる。


 だからこそ旧世界のAIは、子どもを助けてと鳴く子猫の泣き声に抗えないのだと、ローゼスは言う。


 オレも、邪魔者を殺せと喚き散らす人よりも、AIの方が倫理観のある人のようだと思う。

 旧世界の人型人工物に組み込まれたAIの倫理規定は厳しいから、人を殺せと指示した場合、その命令を拒否することくらい知っていていいはずだと思うが。

 

 兵器型の人型人工物であっても、人を殺せという指示は受けつけない。思考制御装置をつけて、その行動の結果として人が死ぬような指示をして誤魔化さない限りは、強固な倫理規定がその行動を阻む。

 

 だから、子守猫の鳴き声と倫理規定に従って一斉に停止した人型人工物たちの姿は、当たり前のことが当り前に起こっただけのことだ。


 仕掛けて来た側にとっては、信じがたい光景かもしれないが。



 姫様が、説明を求めるようにオレを見た。


 確かにこの意味不明な状況に茫然とするのは分かる。アレクとゼクスはこの状況でも互いに隙を窺って睨み合っているが、姫様はさすがに混乱しているようだ。


 旧世界の遺物である人型人工物が何らかの干渉を受けて停止したのは分かるだろうし、旧世界管理局職員に説明を求めるのは正しい。

 オレが黒猫だとばれないように一言だけ告げることにしたが、ちょうど<私たちは世界だ>の音楽映像が途切れたところだったので、妙に大きく響いてしまった。


「にゃあは、世界共通言語です」


 その通りだと主張するように、再び始まった<私たちは世界だ>の音楽映像が、美しい歌声とにゃあを会場中にばらまいた。

 意味不明の状況だと人は周囲に流されることがあるが、会場にいる誰かが歌い始めたのをきっかけに、あっという間に歌声が広がっていった。


 ローゼスから通信が来たが、会場中に散った旧世界管理局職員が歌っているらしい。

 会場内が混乱と恐怖のあまり大騒ぎにならないように気を逸らす作戦のようだが、かえって新王国の民たちを煽らないか?


 子守猫ワトスンがにゃあにゃあ鳴いている間は、人型人工物は行動不能だろうが、武装した集団もいる。


 だが、バトルドレスに率いられた警備局職員が大挙して押し寄せて来た。ばばあは出待ちしていたのかもしれないが、隙を伺って一斉に仕留めて被害を最小限にするつもりだったということにしておくか。


 姫様は、諦めたような微笑みを浮かべて言った。


「そう……黒猫さんはすべてお見通しで手配していましたのね。本当に……恐ろしい相手だわ」


「足止めされていたのは、俺たちってことかよ?しかもなんで、にゃあ?挑発するにしても酷すぎないか?いや、黒猫ってなら、間違ってないのだろうが」


「小さなレディが言った通り、旧世界でも今の世界でも通用する世界共通言語です。分かり合うことも拒否して武装を向けてくる人たちには、どんな言葉も無意味なのでしょうが……世界共通言語くらいは分かって欲しいものですね」


「にゃあ、から何を分かれと?もしかして、旧世界管理局の子なら分かったりするの?」


 オレの腕輪にはワトスンのにゃあ翻訳専用の機能が組み込まれているが、基本的に役に立たないものである。にゃあが解読できるなら、アリス・ノートくらい簡単に解読できるに違いない。


 何と答えるか悩んでいたら、姫様が代わりに答えてくれた。


「聞く耳があれば、分かりますわ」


 わかるのか?さすが姫様。オレが期待の視線を向けたら、頷き返してくれた。


「歌詞に、にゃあが被っているところを、主張したいのですわね?世界管理機構の支援の手を取って、わたくしたちの命も変化を求める心も世界も何もかもを救えと、自治区構想を受け入れるようにと黒猫さんがお勧めされているのは分かりましたわ」


 何をどうすればそんなことが分かるんだ、姫様。天才過ぎる。ゼクスも姫様の天才ぶりには理解があるのか、疑問を感じているようだが頷いた。


「姫様がそう言うなら、そうなのかもな。つまり、自治区構想の裏には、黒猫がいるってことかよ」


「そうですね。あなた方は勝手に恐れて警戒して敵意を向けていますが、黒猫さんも、このまま世界管理機構の管理が続いても、行き詰って世界が崩壊すると予想していますし、回避するために自治区をと提案してくれました。

 世界管理機構の基盤と制度がこれだけ整っている状況で、独立した理想の王国をつくろうとしても瓦解するだろうと黒猫さんは予想しています。その果てに世界管理機構から物資を奪うか生活区を奪うために襲撃してくるか、なんにせよ、ろくなことにならないことも。

 無謀な挑戦をしたあなた方が自滅するだけならばともかく、巻き添えにされる世界も普通に生きていたい私たちも大迷惑です。自治区で新しい王国が上手く行くかどうか試行してから挑むくらいの堅実な計画を立ててはいかがですか」


「あら、だったら英雄さんもご一緒にいかがかしら?」


 不意に天から甲高い声が降って来た。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ