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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第七章 神人と黒猫
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19 人権倫理委員会


 少しの沈黙の後に、アレクが言った。


「あなたにとって辛い記憶を私に話してくれたのは嬉しいのですが……もしかしてわざとですか?」


「最初に重い話をしたのはアレクだろ。アレクの両親の話を聞いたわけだし、オレの両親の話もしておかないと公平ではないからな。ちゃんと、アレクに向き合ってる」


「視線が泳いでいますよ。あえて重い話を持ち出して、いい雰囲気に持ち込めないようにしましたね」


「気のせいだ。バトルドレスを見て、母親が恋しくなって感傷的になったんだ」


「全部は否定しませんが、ユレスはバトルドレスに引き気味ですよね」


「想像してみろ、バトルドレスを着たばばあと姉御が大暴れしている中に、自分の母親も混ざった状況を。収拾不能だし、即時撤退推奨としか思えない」


「どこが感傷的ですか」


「遠くから見守るか、時事情報放送の映像を見て、何でこうなったんだと感傷的な気分になると思う。あ、ほら、バトルドレスだ」


 野外広場に設置された大画面の前で、新作映画の優秀作品の発表が始まった。


 最優秀作品は予想通りバトルドレス、いや、警備局と旧世界管理局合同制作の防犯映画に決まった。分かり切っていたくらいに、会場のバトルドレス比率が高かったが、歓声があがった。


 大画面に最優秀作品の映像が映し出され、会場のあちこちでバトルドレスが踊り始めた。遠くから見る分にはいいと思う。


 腕輪に通信文が来たが、ローゼスだった。

 派手な服と巨大な監視蝶を探したが、火宴祭のために派手に装った人が多くて見つけられない。


「どうしましたか?」


「ローゼスが会場にいるようだが、見つけられない。最優秀作品の上映が終わったら、関係者というか警備局と旧世界管理局に取材があるそうだ。旧世界管理局有志で歌った<私たちは世界だ>の音楽映像をお披露目しつつ取材に応じることになったから、猫を貸せと連絡があった。オレはいらないらしいが、オレと猫は切り離せないのに」


「マイクルレース場に来る前に<私たちは世界だ>の音楽映像撮影会をしていたのはお聞きしましたが、ユレスも歌ったのではないのですか?」


「オレは歌っていない。ボーディに天啓だか閃きが来て、歌手の入れ替わりの間に、にゃあを入れると言い出したんだ。前半を旧世界の言語で歌って、後半を今の言語で歌うが、両方ともに共通言語である、にゃあを入れて統一感を出すんだと。オレは猫係として、撮影会に参加させられた」


「もう少し突っ込んでお聞きしておくべきでしたね。他に気になる案件が多すぎて流していました。それなら猫型人形でもいいと思います。ユレス猫を特注した職人の方に連絡しておきます。試作で他にも猫型人形を作ったようですし、宣伝か取引のいい機会になりますから」


 しばらくして、ローゼスから通信が来た。オレはいらないらしい。


「どうせオレは猫係に過ぎないが、こうもあっさり捨てられると微妙な気分になる」


「猫係を理由にして、私とのデートから逃げようとしましたよね?」


「……いや、そんなことは無い」


「デートの邪魔をされないよう、打てる限りの手は打っておきました。ですが……私たちが出かけると、どうしても邪魔者がやって来るようですね」


 そう言ってアレクが立ち上がりながらオレを背後に庇ったが、二度あることは三度あるという旧世界的格言のとおり、もはや必然だと思う。


 今回は仮面を被って来たので、オレもすぐにわかった。

 だが、何故か仮面を外した。外したら仮面を被ってきた意味がないのでは?


「あのさあ、お嬢さん。仮面外してがっかりされると、さすがに俺も傷つくわ」


「仮面が無いと、人前に出て来れる顔ではない自覚があったのではありませんか?」


「言ってくれるね。英雄さんと違って俺は、無意味に女心を惑わせて煽らないよう、慎みを持って行動しているだけだって」


「ならば、慎みを持って仮面を被ってください」


 二人は話が弾んでいるようなので、オレは周囲の状況確認を優先した。

 屋上にいた他の人たちは、さっきここまで案内してくれた従業員がどこかに案内しようとしている。


 巻き添えにしないで済むのは助かるが、人質に取られるのは困る。

 どっちだろうかと思って、仮面を取った不審者であるゼクスを見たら、軽い調子で教えてくれた。


「心配しなくても、あの人たちは別の場所でイベントを楽しんでもらうだけさ。英雄さんがお嬢さんを連れてここに来たから、慌てて手配したんだ。我らが姫様は配慮とお気遣いがあるんでな」


 あちこちの席を回って挨拶していたドレス姿の女が、優雅な足取りでこちらに来た。バトルドレスでは無い。

 服装は自由だから別にいいのだが、大画面で暴れているのも、下で炎を囲んで踊っているのもバトルドレスなので、違和感を覚えてしまった。


 オレが見比べているのを見て、女が優雅に微笑んで言った。


「火宴祭にそぐわないドレスと思われてしまったかしら?あのバトルドレスはわたくしには似合わないと、却下されてしまいましたの。わたくしは着てみたかったのに」


「姫様とお嬢さんには似合わないと思うよ。ところで、いい加減、お嬢さんの名前くらいは知りたいから、自己紹介するぜ」


「不要です。デートの邪魔ですので、お帰りください」


「英雄さんに自己紹介したいわけじゃないから、邪魔しないでくれ。俺はゼクス・ゼット・ゼノン。以後お見知りおきを、お嬢さん。狩猟の仕事をしているし、狙った獲物は逃さない男と思ってくれ」


「わたくしも名乗った方がいいかしらね。わたくしは、マリナ・マーノ・マーレですわ。そうね、人権倫理委員会で働いていたと言っておきますわ」


 仮面の不審者なのに本名を名乗っていいのかとか、ゼクスは本名だったのかとか、狩猟の仕事してることまで言っていいのかと突っ込みたい。


 アレクが不機嫌になって殺気立っているのもどうにかしたいが、オレは今はそんなことよりも、姫様の名乗りに心を奪われていた。


 人権倫理委員会だと?


「応援しています」


「……え?」


「人権倫理委員会の尽力により、人々の倫理観と理性が保たれていることに心から感謝しています。今後も人が道を踏み外さないよう、厳しく指導監督してください。心から応援しています。それから、警備局の防犯映画のように、人権倫理を守るための啓蒙映画を作って欲しいです。特に特殊性癖とか未分化の子どもに対する性犯罪を防ぐような、人道に配慮した作品を期待しています。改めて、応援メッセージを送るつもりですが、人権倫理委員会のマリナさん宛てに送っていいですか」


「え、あの、お待ちになって?わたくし、人権倫理委員会はもう抜けることになり」


「人権倫理を捨てたら、人として終わりです!最後の盾なのに、そんなこと言わないでください!人権倫理を捨てた瞬間に、旧世界のごとく崩壊に突っ走ることになります、世界管理機構を捨ててもいいですが、人権倫理委員会だけは捨てないでください!」


「あの、ちょっと、落ち着いてくださいませね。ゼクス!あなた、恥ずかしがり屋のお嬢さんとか言っていましたけれど、何故か物凄い熱意なのですけど!?」


 オレが姫様に訴えている間、男二人は睨み合っていたのかどうか興味もないので見ていなかったが、気が抜けたような声でゼクスが言った。


「いや、俺に対してはそうだったんだが、うーん、これはこれで悪くないが、姫様、まさか、力使った?」


「変な疑いをかけないでくださる?旧世界管理局の方にはほとんど効果がないのは、ゼクスもよくご存じでしょう?」


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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