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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第七章 神人と黒猫
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18 両親の話


 捜査官に捕まったというより、凶悪犯に捕まった気分で野外広場に連れて来られたが、たくさんの人がいた。しかもバトルドレスが多い。

 

 不穏すぎる会場の雰囲気に早くも帰りたくなったが、アレクは会場近くの喫茶店に入って行った。

 案内されつつ教えてもらったことによれば、会場が良く見える屋上に野外広場の見物席が用意してあるそうだ。


 ゆったりとしたソファが屋上に点在していて、軽食も用意されていた。防音装置のようなものも備わっていて、二人で静かな時間を過ごせるようになっている。どこからどこまで仕込んでいたのだろうか。


「会場ではぐれては困りますから、ここで見物しましょう。ユレスがうっかり落とし穴に落ちたら困りますし」


「イベント前に会場は点検されているから、落とし穴などあるはずがない」


「旧世界では恋に落ちるという言い方をしますよね?」


「恋に溺れるとも言うが、オレはどちらにしても、恋愛は下手すれば死ぬくらいに危険なものだと解釈していた」


「間違っていないと思います。血族にとって、恋愛とか結婚関係は割と致命傷になりますから」


「え?」


 軽い牽制と雑談だったはずだが、妙に真剣な顔を向けられたので、真面目に向き合うしかなくなった。


「実体験談ですが、私の母は古代王国の遺跡に調査に行った際に事故で亡くなりました。<知識の蛇>の拠点と確定した旧王国遺跡のことです。拠点の入り口か不都合なものを発見して殺された可能性もあるかもしれませんね。

 当時の私は警備局に勤務し始めたばかりの新人でしたが、<知識の蛇>のことは両親から聞いていました。ですが、蛇の関与は疑わず、母は事故死だと納得していました。不審な点は見当たらなかったのと、母はしっかりしているようでいて、うっかり怪我をする人だったからです。父は母に対して過保護なくらいでしたが、そうするだけの理由もあったと今は思っています。

 父は、母の旅立ちを見届けた後、躊躇いなく人生を終えて旅立ちました。母は、血族は結婚相手に拘るし後追いすることもあるから、父がそうしようとしたら止めるようにと私たちに言ったことがありますが、止められませんでした。私もそうするかもしれないと思って、気を付けて行動してください」


「母の教えを尊重しろ!それから、こういうところで重い個人的事情を話すな」


 いくら汎用品の防音装置があっても、誰が聞いているか分からない。だが、警備局製の防音装置が作動しているのを見せられた。


「早めに念押ししておいた方がいいと思いました」


「念押しではなく脅しだと思うが、だったらオレも似たような話をしてやる。言っておくが、重い個人的事情になるぞ」


 野外広場の入り口で配られていた、旧世界で言うところの団扇というものをアレクに突きつけて宣言した。


 団扇は火宴祭で公開される新作映画の宣伝も兼ねていて、オレはバトルドレスが描かれているのを貰ったが、アレクは団扇に翻るバトルドレスに微妙な顔をした。


「あの、あなたの個人的事情を話してくれるのは歓迎しますが、バトルドレスが重い個人的事情ではないですよね?」


「オレの個人的生活にも絡んで来るのがバトルドレスだ。無関係とは言えないかもしれない。オレの母親のエレンは警備局特務課の班長だったが、今もまだ生きていたら、第三のバトルドレスとして団扇を飾ったに違いないからな」


「……あなたが局長とクレア捜査官には素直に従うのは、エレン班長に似ているからですか?」


「母の面影を求めているわけではないが、オレが本能的に逆らえない原因でもある。リック博士が言うところの動物の刷り込み効果だ。オレの母親は、ばばあにとっては自分の後継者にと見込んだ女であり、姉御にとっては親友だったのもあって、二人ともオレを構ってくる」


 ゆえに、母親が生きていたら、確実に三人お揃いのバトルドレスだっただろうし、オレは重い個人的事情では無いが、直視したくない個人的事情としてバトルドレスを眺めていたかもしれない。


 今も眼下の野外広場に翻るバトルドレスたちを直視したくない気分でもある。

 色々と誤魔化すために、火宴祭に出す防犯映画制作をすることになったわけだが、もっと平和的で啓蒙的な映画作品が人気でもいいはずだ。


 人権倫理委員会がそういう啓発のための映画でも作ってくれないだろうか。

 変態系特殊性癖を啓蒙してくれる、未分化型に対する配慮に満ちた人道的な映画を期待したい。


 人権倫理委員会に要望のメッセージを送ろうと思いながら、続きを話した。


「オレの父親のフォウは、世界研究局自然環境課の研究者だった。デルシー海洋遺跡の環境に与える効果を研究していたので、デルシーの支配人とも馴染だし、ジェフ博士とリック博士とも仲が良かった。だから、そっちの関係者もオレを構ってくる。オレの両親はもういないから、その代わりにと思っているのかもしれない」


 オレが6歳のとき、父親のフォウが新しく発見された旧世界遺跡調査に行くことになった。

 植物の異常増殖が見られたので、旧世界遺跡が与える環境効果の可能性があるとして、専門の研究者が派遣されることになったわけだ。


 <知識の蛇>が近くで目撃されていたので、警備局特務課のエレン班長も遺跡警備のために同行した。


 オレは祖父さんに預けられて、ジェフ博士の屋敷にいた。ゲームをして遊んでいたところに緊急連絡が来て、祖父さんと博士が青ざめた。

 当時のオレは何があったのか分かっていなかったが、祖父さんたちはジェフ博士のお隣の家のポーラ女史に来てもらって、オレを預けて現場に急行した。


 数日後に戻ってきた二人は、オレに両親は死んだと告げた。


 アリス事件で昏睡したオレが目覚めた後、両親に何があったのかを聞いたが、天使型人工物が二人の死に関わっていた。

 <知識の蛇>と<天使>関係の情報を詰め込み教育されたのは、オレに両親のことを話すためでもあったのかもしれない。

 

 調査対象の旧世界遺跡で天使型人工物が発見され、旧世界管理局から回収のための人員と装置が派遣されることになった。

 <知識の蛇>は、旧世界管理局が来る前に天使型人工物を奪取しようと襲撃して来た。そして、天使型人工物が起動してしまった。


 旧世界管理局は天使型人工物を特級危険物と認定している。

 高い性能を持ち、<天使の歌声>のような人の精神に干渉したり壊す装置が組み込まれているというだけでなく、その根本的な在り方が危険だからだ。


 旧世界のAIには倫理規定が設定されているが、天使型人工物に組み込まれた<天使AI>には倫理規定がない。


 旧世界のAIには、AIの思考基盤の構造自体に倫理規定が刻み込まれている。だから、兵器型の人型人工物であっても、誰かを殺せという指示に従うことは無い。


 旧世界でAIを開発した研究者は、高い倫理観を持っていたのだ。


 だが旧世界人の悪意は、一定の範囲を焼却しろというような指示を受け付けるような思考制御装置を兵器型のAIに組み込んで、結果的にその範囲にいる人も殺すことを可能にしていた。


 旧世界は崩壊する原因に満ち溢れているが、兵器型の人型人工物よりも最悪なのが、天使型人工物である。

 <天使>は、倫理規定による制限もなく、容赦なく人を壊して、殺戮する。


 オレの父親のフォウは、天使型人工物に殺された。それは、遺体の状況から確定している。

 アリス事件ほどではないが、混沌とした現場で何があったのか不明な部分も多い。現場にいたオレの両親は両方とも死んだので、証言が得られなかったからなおさらだ。

 

 エレン班長は夫を殺されて逆上して大暴れして、<知識の蛇>を薙ぎ払いつつ天使型人工物と交戦して大破させたものと推測されている。

 ボーディは、夫を殺されて相討ち狙いに切り替えて周辺被害も度外視して暴れ回ったとしか思えません、真似してはいけませんよとオレに語った。


 アレクの両親の話より殺伐としているが、オレの母親も後追いしたようなものだ。

 アレクは、アリスはオレを殺そうとした人たちを殺して回ったと推測したが、オレがそれを否定しきれなかったのは、夫を殺されて相討ち覚悟で暴れ回ったオレの母親の記憶があったからだ。


 ただ、父さんはそれを知ったら、やめてくれと青ざめる。

 オレも、アリスがそういう理由で、特別教育舎にいた人たちを殺して回ったと考えたくない。


 オレの話を聞き終わったアレクは、感じ入ったかのように頷いた。分かってはいた。アレクは確実に、アリスとかエレン班長側の人種だ。


「私にはエレン班長のお気持ちが、ものすごくよく分かります。新人研修で映像記録を見たときは、特務班長の鑑と思いましたが、更に尊敬しました」


「ボーディが真似してはいけませんと言った方を尊重しろ。ジェフ博士は何も語らなかったが、凄惨な現場だったのだと思う。博士はオレの父親のことも、本当に自分の子どもみたいに可愛がっていたんだ。だから……博士は天使が嫌いだ」


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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