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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第七章 神人と黒猫
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17 罠


 約束通りアリス事件の情報を開示されたし、血族のことも聞いたが、現状の緊急事態の打開策はまったく思いつかなかった。


 逃げずに向き合うとは言ったが、アレクはオレの逃げ道を封じてくるし、人権倫理委員会の存在が無かったら、もっと容赦なく追い詰めてきたと思う。


 人権倫理委員会には、感謝のメッセージを送ろう。


 紳士的な誘拐犯は、今度はオレが好きな青茶を持って来て言った。


「そろそろ、私たちの今後の話をしませんか?」


「……その前に、背景情報の確認をするが、アリアと博士はアレク側だな?」


 オレに女装させてアレクと外出させようとする共犯関係にある以上、間違いない。アレクもあっさり頷いた。


「姉については言うまでも無いでしょうが、博士もご自分のように300年縁がないのはまずいと言っていました。あなたを女の子にしたい野望を諦めていない博士は、私がそのきっかけになるなら全力で支援すると言ってくれましたよ」


「じじいめ!やはりオレの味方は、ばばあなのか!?」


 だが、いまいち、ばばあも信用できない。


 デルシーにアレク捜査官と一緒に休暇で来て、二人揃って断固たる態度で休暇優先を主張していたからな。

 仕事中毒の二人にあり得ない態度だったからオレも驚いたし、今思うと不審にしか感じない。案の定、アレクも認めた。


「局長の妨害が一番怖かったので、最初に局長にお話しに行きましたが、快くご了解いただきました」


「ばばあに裏切られてもそれほど衝撃は無いが、何故だとは聞きたい」


「局長はユレスに言われてドレスを着て交流場に行くことになりましたし、あなたにもそういう経験積ませないとならないと思っていたからです。その相手として私はちょうどいいかもね、という寛大な態度でした」


 オレが無茶振りしたことに対する意趣返しか。


 ばばあならやるので、むしろ納得した。

 あと盾に使えそうなのはいても、どれもいまいち信用できないと考えていたら、アレクがオレを追い詰めにかかってきた。


「デルシーの支配人は、ドルフィーに配慮するのであれば、静観してくださるそうです。デルシーでの私の態度は大変分かりやすかったはずですが、あなたが全く分かっていないので、これはまずいと危機感を持ったようですね。指導だけでは追いつかないので、体験させるしかないと頷いてくれました」


「……水中劇場誘拐事件が迫っていたのに、オレとアレクは何故かデルシー内浜辺に行かされたのは」


「支配人のご配慮ですが、私に対する試験も兼ねていたと思います。あの場ではドルフィー優先の態度を見せるのが正解と思って大人しくしていたので、合格をいただけました」


「水面下でろくでもない事態が進行していたとは、さすがに気づかなかった」


「ボーディ前局長が一番手強いです。マイクルレース場で牽制されましたが、昨日、一応の了解をいただけて安心しました。あなたは全然気づいていなかったようですが」


 ボーディの最後の良心は死んだから、さして驚きもない。


 残る盾候補は祖父さんくらいだが、記憶の再構成中で孫の存在まで行きついていない状況では無理がある。

 それに、ジェフ博士は祖父さんが出て来たら大騒動になるぞと言いたくて、あの映画を見せてきたのかもしれない。


 ボーディも暴虐覇王が覚醒するとか言っていたし、祖父さんは盾というより、爆発物になりそうだから却下だ。


 アレクがオレに微笑みかけながら、追い込んで来た。


「私から逃げずに向き合ってくれますよね?大人しく投降してください」


「オレには最後の盾がある。人権倫理委員会が黙っていないぞ!」


 人権倫理委員会には、応援のメッセージも送ろう。


 アレクが面白くなさそうに目を細めたので、最後の盾は有効であることがわかった。


「私のことが嫌いでは無いですよね?ただ……怖い?」


「怖いから圧力かけるな。嫌いではないし、真面目で職務熱心な捜査官だと好意を持っていたくらいだが、まさかの特殊性癖を自白されて、オレも動揺している。未分化型は結婚とか言い出す以前の状態だぞ、無茶振りし過ぎだ!」


「……仕方がないです、取引しましょう。私と結婚を前提にしてお付き合いしてください。その代り、アリス事件の捜査を手伝います。ユレスはアリス事件を解決する覚悟を決めたのですよね?警備局の捜査官であり、血族の情報を知る私の協力がないと無理があると思います」


「そうかもしれないが、オレが性分化して女になる保証は無いから、正当取引は成立しないと思う」


「その機会が欲しいんです。あなたを傷つけたり嫌われたくないので、性分化を強要するつもりはありません。ですが、今まで通りの関係では先に進めないのはよく分かりました。性分化するには、心の変化と経験が必要です。私にその機会をください。それが私に対する対価です。だから、当面の間は、結婚するかどうかは保留にしてあげてもいいですよ?」


 気遣いと配慮はあるし、一応誠実な対応だと思うが、どうあっても結婚がその先にありそうなのが怖い。


「……それを延々と続けるのは不毛だから、期限をつけるなら」


「早期の期限切れを狙われると困りますので、期限をつけるなら条件もつけていいのであれば」


「条件って、どんな?」


「10年経って、あなたが女に分化している、もしくはし始めているなら、素直に私と結婚してください。機会を活かした結果です。文句はありませんよね?」


「自信家だな。10年経っても未分化である場合、そこで諦めるなら、受けて立つ」


「……あなたこそ、自信家ですね。私は本気で迫りますよ?」


「分かっているが、このままなし崩しにされるよりましだ」

 

 なんとか合意に達して、ぎりぎりのところで最悪の事態は回避したと思ったが、何故かアレクの機嫌がいいのが不穏だ。


 強引に家に連れ込まないとか、周囲に誤解させるような真似はしないとか、節度を保った付き合いをすることも同意させたのに、何なんだ、この余裕は。


 アレクの家は、父親がアレクに遺したものだそうだ。慣れ親しんだ場所の方が心に余裕ができるのは理解できるが、それだけではない気がする。

 オレの両親がオレに遺した品は、何でそんなものを持っていたのか悩ましい品々なので、心に余裕ができるというより動揺する。だから、父さんの遺品はジェフ博士に預かってもらったし、母さん関係の品はベルタ警備局長の屋敷に押し込んだ。


 そろそろ火宴祭の最優秀作品が決まるから、野外広場に見に行こうと言われて出かける準備をしているが、アレクが自分にとって一番有利な場所とか言っていた家からオレを連れ出すということは、すでに勝負は決まったと思っているということだろう。


 オレが警戒している視線に気づいて、アレクが微笑んだ。


「どうしましたか?私のレディ」


「……妙に機嫌がいいので、何か罠にかけられたのではないかと疑っている」


「気づかれましたか。あなたは取引とか交渉は得意でなくて助かりました。最初に実現不能なことを要求しておいて、次に受け入れやすい要求をすると、ほとんどの方はそちらの方がましと思って、頷いてくれるものです」


「まさか、最初からずっと結婚結婚言っていたのは……」


「はい。了承してくれるならそれでも良かったのですが、あなたは抵抗するだろうと思いました。取りあえずの約束はいただけたので、とても満足しています」


 こいつ……!


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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