16 支配の王冠
※残酷表現にご注意ください。
アレクはよく、自分は普通の男だと言うが、魅了の能力持ちの神人の血族で、警備局の英雄で、しかも未分化型に結婚を迫る男が普通と主張するのはいかがなものかと思う。
オレの視線からそれを読み取ったのか、アレクはすっと視線を外して、オレの膝に乗ったままのオレ色の猫型人形を見た。猫型人形に寄り添っている監視猫がにゃあと鳴いた。
「そろそろ……アリス事件のことを話しますが、大丈夫ですか?」
「アリス事件の話になると、配慮や気遣いをされているのは分かっていたが、オレは、アレクが思うよりずっと割り切っている」
「そうですか?あなたはアリス・ノートやアリス事件の話をすると、泣きそうな顔をしていますよ。今もそうです」
そう言いながら、オレ色の猫型人形を撫でているが、どういう状況だ?オレの疑問を感じ取ったようで、説明された。
「本当はあなたを慰めるために撫でたかったのですが、人権倫理委員会に未分化型に手を出したと言い掛かりをつけられたら困りますので、あなたの代わりにユレス猫を撫でていました」
「想定外すぎる発想で思いつかなかった!?それから、人権倫理委員会が頼もし過ぎる。盾として優秀だな!」
「特殊な事例については柔軟に対応して欲しいと心から思っています。では、アリス事件の話をしますが、私も事件を解明できるほどの情報は持っていませんが、あなたが6年間昏睡させられた原因と理由は分かると思います」
「え?分かるのか?」
「はい。まず原因の方ですが、古代王国の研究者だった母から聞いた話にある、支配の王冠という道具を使われたものと推測します。あなたはアリスがティアラのようなものを被ったのを見たのですよね?」
アレクの説明によれば、支配の王冠とは古代王国の宝物で、女王に受け継がれるものだ。
支配の王冠によって魅了の能力を増幅させれば、人の精神の支配も可能という記録もあるらしい。
旧世界の遺物で言えば特級危険物に該当するような機能だが、滅びた国の歴史書に乗っている宝物の情報であり、実在するかどうかも怪しい代物だった。
だが、本当に存在したら血族の能力を悪用できてしまうかもしれないので、そういう道具を見つけたり渡されても絶対に使わないようにと、アレクの母親は子どもたちに教育した。
人権倫理を尊重した立派な教育だと思う。すでに両親とも故人だそうだが、惜しい人たちを亡くした。存命だったら、息子の暴挙について訴えて、追加の人権倫理の教育を懇願したのに。
支配の王冠は血族しか使えず、能力が強いほど強力な効果を発揮するが、使ったら呪いを受けるとか心が壊れた狂王になったという記録も残っているそうだ。
親として、子どもが破滅しないようにと思って教育したのかもしれない。
支配の王冠は古代王国崩壊による混乱の最中で、行方不明になった。
悪用されたら危険な品が行方不明なのが怖いが、幸いなことに、王国の末期に支配の王冠の機能に制限をかけて、発揮できる効果が、眠れ、というものだけになったという記録が見つかっている。……眠れ?
「機能を制限して特化させた代わりに、広範囲に影響を及ぼせるようになったのか、女王を取り囲んだ敵対集団を一斉に眠らせることもできたようです。特定の個人に絞れば、三千日眠らせることもできたとする記録もあると母が言っていました。年に換算すると7年ほど眠らせることができたのでしょう」
「……不可解なことが多いアリス事件だが、特別教育舎内のほとんどの人が殺されたというのもその一つだ。アリスが凶器を持って近づいて来たら、さすがに抵抗したり逃げて当然だし、狂って暴れるくらいに錯乱状態だったとしても、逆にそういう状態ほど、殺すのは大変だったはずだ。
特別教育舎の中で殺されていた人のほとんどは、アリスが持っていた凶器で致命傷を受けていた。不自然なくらいに抵抗した様子がなかったので、鎮静剤か睡眠薬かを散布して無抵抗の状態にして殺したのではないかとも推測されたが、生存者からも死体からも、そういう薬剤の痕跡は確認されなかった。
治療局が投与した薬も確認されなかったから、治療局が隠蔽工作したのか、それとも、薬剤として検出されないような特殊な薬だった可能性はある。<色欲>も検査機器で薬物判定されないし、<知識の蛇>が関わっていると、何でもありそうで、逆に推測しきれない」
「はい。数少ない生存者は、急に意識が途切れたとか、起きていられなくなったと証言しました。だから、アリスが殺戮している姿を目撃した人はいません。偽証して自殺した捜査官も、自殺する前に、子どもたちを殺した後、急に意識が途切れたと証言しました。偽証していたので信頼度が低い証言ですが、精神的負荷が大きすぎて耐えきれずに気絶したとも考えられます。
だから、あなたからアリスがティアラのようなものを被ったと聞くまでは、支配の王冠のことは意識にのぼりませんでした。母が解読した記録の通りならば、女王と認められるくらいに強い能力を持つアリスが支配の王冠を使えば、施設内の全員を眠らせて……殺して回ることも可能だったでしょうね」
「なんで、殺して回る必要が……」
「それは分かりませんが、あなたを6年間眠らせた理由なら分かると思います」
「分かる……のか?」
アレクがオレ色の猫型人形を撫でた。
オレはまた、泣きそうな顔でもしているのだろうか。アリス事件の話をしているせいで、腕輪の中で子守猫がふしゃーとしているが、アレクの話を邪魔するつもりは無いようだ。
アレクは少し沈黙した後に、言った。
「アリスはあなたが好きだったからです」
「え?」
「アリス視点で状況を考えてみてください。血族の女王であるアリスは、大抵のことは思い通りになったはずです。唯一の例外は白うさぎさんだけです。構っても逃げられるし、口説いても分かってもらえないし、そのくせ特別な贈物をくれたので、絶対に結婚すると心に決めていたはずです」
「いや……さすがにそれ、無理のある解釈じゃ」
「同じ血族で、同じくあなたを結婚相手に選んだ私には分かります」
とんでも系の推論だと思うのだが、アレクがアリスと同じ血族だから分かるというのであれば、血族ではないオレには否定しづらい。
オレが黙ったのを見て、アレクが話を続けた。
「あなたを殺せと指示したのは、アリスの形をした偽物だと思います。
母の話では、古代王国の時代に<知識の蛇>は、血族の女の顔を女王と同じ顔に作り替えて女王をすげ替えようと画策したことがあるそうです。別の蛇は、女王の顔そっくりの仮面を作って、それを血族の女につけさせて身代わりにしたこともあるようですね。だから、血族にも<知識の蛇>にも、何らかの事態に備えて、女王の身代わりのようなものを作るという発想はあったはずです」
「……うん。オレが見た二人のアリスは、見た目だけで言えば、そっくりだった」
「血族は、偽物の女王に惑わされることはありません。ですが、血族でないあなたは、偽物のアリスがしたことを本物のアリスがしたことだと思ってもおかしくありません。少なくともアリスはそう考えたのでしょう。
アリスの声であなたを殺せと放送があった事実は覆りようのないものでした。アリスにとっては、あなたに嫌われたり怖がられてもおかしくない最悪の状況です。しかも、あなたのところに駆けつけたら、自分とそっくり同じ顔をした人工物が白うさぎを殺せと言っていました。そんな状況で、あなたの誤解を解いて説明するのは無理があります。だから、あなたに眠ってもらうことにしたんです」
「……何故、その結論に至るのか理解不能なんだが、血族的にそういう発想なのか?」
アレクは、何で分からないんだと言いたげな顔でオレを見たが、血族に特有の発想だというなら、オレに分かる訳が無いだろ!
「あなたがアリスに不信感を持って拒絶しても当然の状況ですよ?あなたを保護したくても同意を得られず、逃げられるとしか思えません。あなたを傷つけず、ただ眠らせることができる道具を持っていたのであれば、私だったら迷いなく使います。
偽物のアリスを排除するためには戦うしかない状況の場合、破壊行為に励んでいるところを白うさぎさんに見せたくないでしょうしね。それから、自分のせいで、あなたが殺されかかったと知られたくないと思ったのかもしれません」
「アリスのせいで……?」
「不明事項が多すぎるので確信はありませんが、白うさぎを排除したいと考える血族がいたのかもしれません。血族の女王となるべきアリスが、血族ではない白うさぎさんを結婚相手に望んだ場合、女王の子どもは血族ではなくなります。勝手な思惑であなたを排除しようとして、白うさぎを殺せと偽物のアリスに放送させたのかもしれません」
「……勝手な思惑で考える前に、アリスに確認するとか、オレの意志を確認すべき話だと思うんだが」
「アリスに確認して、白うさぎさんと結婚すると宣言されたのかもしれませんよ?私の推測が当たっていた場合、アリスが特別教育舎の人たちを殺して回った理由も分かるかもしれません」
「っ、……なんで」
「女王の夫を殺そうとしたからです。アーデルの父親の捜査官が、白うさぎに襲いかかろうとする狂った子どもたちからあなたを守るために、子ども殺しをしたように、アリスも白うさぎさんを守るために、施設内の全員を殺すしかないと決断したのかもしれません」
さすがに、それは……暴挙過ぎる。そう言いたいが、オレの記憶と経験が、あり得ないことではないと告げた。
オレを気遣うように見たアレクが、ユレス猫を撫でた。
「納得してくれましたか?」
「……否定しきれないと思っただけだ。それに、そうだとしても、何でオレを6年も眠らせたのか分からない」
「私はあなたが6年間も眠っていたことから、推測しました。事件当時、アリスは18歳でした。6年経てば24歳の成人を迎えて、成人としての権利も持ちますし、行動の自由の幅が広がります。血族の女王も成人が務めるものでした。
アリスが状況を完全に制御できるようになるまで、成人の権利と実権を手に入れて血族を掌握するまでは、口説いても気付かないし、自分を避けて逃げようとする白うさぎさんが行動不能の状態である方が、都合が良かったのだと思います。
だから、アリスが成人するまでの6年の間、白うさぎさんには眠っていてもらうことにした。という推論では納得できませんか?」
暴挙過ぎると言いたいが、アリスならやると思ってしまった。
「……そもそも未分化の子どもと結婚を考えるとか、そこまでするかというあたりがオレには理解不能だが、アレクという事例もいるし、同じ血族どうし変態系特殊性癖の発想を踏まえての推論となれば、そういうこともあり得るとは思う」
「人権倫理委員会が聞いたら逆上しそうな言い方はやめてもらえますか」
ここまで読んでくれてありがとうございました。