15 新たな女王
アレクとベルタ警備局長は相性悪くないようだし、どうだろうかと思って聞いたら、呆れたような溜息をつかれた。
「まさか、私に局長をお勧めしていますか?私は局長を尊敬していますが、それだけです。魅了が効かないというだけで結婚相手を選んだりしません」
「れっきとした女であるベルタ局長を選ぶ方が、生物としてまっとうだと思う。未分化型を結婚相手に選ぶのは、さすがに変態系特殊性癖だ」
「私は今のあなたに性的欲求を感じていませんから、変態系特殊性癖はやめてください。ユレスが分化して女になれば、すべての問題は解決します」
「現時点の問題から目を逸らすな!」
「話を戻しましょう。父が私たちを血族会合から遠ざけたのは、壮大な理想の王国計画に関わらせたくなかったからかもしれません。父が、ろくでもない計画に巻き込まれたくないと言っていたことがあります。
天才少女アリスが大々的に宣伝されていた頃のことです。姉のアリアが特別教育舎に誘われましたが、父が拒絶しました。あなたと違って姉はあっさり解放されましたが、血族会合の介入があったのかもしれません。私は血族会合に関わっていないので推測となりますが、分かる限りはお話します」
アリスは血族だった。
血族の能力がどういうものかを聞くと、納得できる。
血族の女王候補だったと言われても当然だと思うくらいに、特別教育舎の子どもたちからも職員からもアリスは特別に扱われていたし、好かれていた。
アリスを巡っての争いが起こってもおかしくなかったのに、アリスがいる場で諍いが起こることは無かった。
アリスに特別に構われるオレに対して、やっかみや嫌がらせがあってもおかしくないのに、そういうことも一切なかった。……たぶん、アリスがそうさせなかった。
もしかしたら、オレ以外は血族の女王の魅了の能力の影響を受けていたのかもしれない。アリスに従わず、反抗的なのはオレだけだった。
だから、アリスに従わない白うさぎが、アリスの殺意の対象になってもおかしくないとする根拠にもなったわけだが。
アリスが血族の中でも特別視されていたのは、アレクも知っていた。
両親のところに来た血族が、最高の女王だと興奮して語っていたし、アリスのために特別な場所を用意すると言っていたのが、特別教育舎なのだろうと察していたそうだ。
当時のアレクは7歳で、まだ幼いし、姉弟二人を入れるのはどうかという判断もあり、12歳のアリアが誘われた。
アリアは行かずに済んだが、血族会合はアリアとアリスが争うのを危惧したのではないかというのがアレクの推測である。
アリアの能力も女王候補になれるくらいに強いし、アリスの対抗勢力になるのを避けたのだろうと。
血族会合に所属する血族は、世界管理機構内で重役を務めているし、世界管理局や治療局に多い。
魅了の能力に加えて、英雄や賢者のような優秀な能力を発揮するとなれば、重役に就くのも当然のことだろう。
そして、血族会合の者たちが、使える限りの権限を使って環境を整えて、最高の教育を与えて育てたのがアリスだ。
血族会合はアリスを新たな女王として扱っていた。
血族は人々を統率する立場になることが多く、誰かに従うことを苦手とするが、そういう血族が所属する血族会合の誰もが女王として認めたのがアリスだ。
「血族会合は、アリスを世界管理機構の女王にでもするために育てたのではないかと、私の母が言っていたことがあります。そのために、今後を担う特別な子どもたちを集めた特別教育舎を設置して、アリスの配下にするつもりではないかと。だから、姉がそんな場所に行くことに反対していました」
「賢明な判断だと思うし、鋭い洞察だと思う。ただ、血族会合の思惑がそうだったとしても、アリスがそれに従ったとは思わない。アリスはまさしく女王で、黙っていても従いたい奴は寄ってきたが、アリスは従えることに興味が無かった。
血族会合が将来の女王の配下を集めるために特別教育舎を用意しようが、興味がなければそこに行く気も無いのがアリスだ。だから、アリスを特別教育舎に行かせるために、オレという餌を必要としたのだろうな」
「血族会合に唯々諾々と従うようでは、女王とは言えません。アリスの態度はむしろ本物の女王のものだと、血族会合は喜んだかもしれませんね。ただ、思惑どおりに上手く行くものでは無く、アリス事件が起こりました」
特別教育舎を作ってアリスを行かせたのは、血族会合にとって重要な計画の一部だったのかもしれないが、悪い方向に大きく事態が動く結果になった。
アリス事件が起こって、何があったか分からないまま、アリスは自殺した。血族にとっては、期待の女王のまさかの凶行にまさかの死であり、絶望と恐怖で大混乱になったのだろう。
アレクの両親はアリス事件の前から血族会合と距離を取っていたし、アリス事件の後は交流も拒絶していた。
アリアとアレクの能力は強かったので、血族会合が二人を教育して次の女王候補とか女王の側近に仕立てようとするのを警戒したためだ。
かなりしつこく二人を血族会合に引き入れようとしていたので、アレクはアリスが死んだとしても継続される何らかの計画があったのだろうと推測した。
だから、オレが壮大な計画を語っても納得したのだと言って、アレクがオレに真剣な目を向けて来た。
「何だ?」
「私が追い詰められて、あなたの身柄を確保することを決意したのは、あなたの忠告があったからです。壮大な計画の一環として水中劇場誘拐事件の話をしていましたが、何故か子どもとか結婚の話をし始めたので、何が言いたいのかと思っていたら、私はこのままだと局長のように300年結婚できないとか言いましたよね?
私が口説いても全く分かってくれないし、あなたの言う通り、このままでは本当にそうなると危機感を抱いて、実力行使に出ることにしました」
「何でそうなるんだ!?危機感抱くなら壮大な計画の方だろ!」
「そちらは局長にお任せします。ユレスが今すぐに性分化が始まったとしても10年はかかりますので、事件や壮大な計画に邪魔されている場合ではありません。早急に私の人生計画に着手する必要性を感じました」
「まず着手した方がいいのは、事件とか壮大な計画に関わる不穏な状況の方だろ。そのために、対応策を聞きたかったんじゃないのか!?」
「私の人生計画のためだと言ったはずです。10年後には結婚したいので、血族のろくでもない計画などさっさと潰すため、血族会合に参加するふりをして全員の身元を突き止めて、片っ端から捕縛することも検討しました」
「それ……さすがに、暴挙だと思うんだが?」
真面目で誠実だったはずのアレク捜査官が、とんでもないことを言いだした。だが、レストランでオレに不意打ちを仕掛けて、更にこの家に誘拐して来たような状況なので、今さらだと思い直した。
ボーディの最後の良心が暴虐覇王に殺されたように、オレの分かっていない言動が真面目で誠実な捜査官を殺してしまったのだろうか。
オレが悩んでいるのが分かったのか、アレクが気遣うような目でオレを見て言った。
「あの、そんなに悩まなくても、今はやるつもりがありませんから。捕縛してもその後が困りますし、局長を見習って厄介払いする方が賢明だと思い直しました。血族にしろ蛇にしろ、面倒だったり厄介な相手は自治区に行っていただいた方が助かります」
「うん……真面目で誠実な捜査官だと思っていたのに、オレが追い詰めたから、こんなことに……」
「私は普通の男だと言ったはずですよ」
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