12 古代王国の神人
次々にオレの知らない情報が出てきて、ついていけない。それに、アレクがこれからしようとする話は、聞いたら逃げられなくなる話に違いない。
この家からの逃走が最善手だが、アレクがオレを逃がしてくれるとは思えない。
取りあえず、情報を整理するための時間稼ぎに耳を塞いだが、あっさり両腕を取られてしまった。
「ワトスン!」
監視対象が拘束されたら、監視役の出番だ。やる気のない子守猫と違って、監視猫の方が特定状況においてはしっかり仕事をこなしてくれる。
だが、監視猫はオレの膝に乗ったままの猫型人形にすり寄って、にゃあと鳴いただけだった。
「監視猫のワトスンに警戒を解いてもらおうと思って、この家の警備警戒システムへの接触を許可しました。あなたは監禁されたり拘束されているわけではないと認識してくれていると思います」
「オレを罠にはめるために、そこまでするか!?」
「します。それから罠とか言わないでください。口説いているだけですから。結婚相手には私の秘密を打ち明けるつもりでいたので、どうあっても聞いて貰います」
「結婚の許可を貰ってからにしろ!」
「最終的には同じことです。ユレスは旧世界のことに詳しいですが、この世界の歴史については、遺物が関わらない限りはあまり詳しくないですね?」
「旧世界遺跡かこの世界の遺跡かの見分けはつく。旧王国遺跡のことはデルシーの支配人からある程度聞いたが、その歴史的背景は知らない。知らなくてもオレの仕事に影響はないから、語らなくていい」
オレの言葉を無視して、いまだに握ったままのオレの手首をソファの背もたれに押し付けるようにしながら、アレクが話を続けた。
世界管理機構が成立したのは、古代王国が<知識の蛇>に内側から食い破られて崩壊したのが発端だった。
<知識の蛇>は、<色欲>の元となった旧世界の製法による薬を用いた結果、小国とはいえ一国を滅ぼしていたが、それ以後も国をいくつも滅ぼしている。
古代王国は<知識の蛇>と取引と協力関係があった。すでに一国を滅ぼしている<知識の蛇>に対する警戒心はあったとしても、両者が手を組む利点があれば取引は成立する。
古代王国は優秀な研究者集団としての<知識の蛇>の知識と協力を必要としていたし、<色欲>も欲した。
古代王国では、神人と呼ばれていた特殊な能力を持つ一族が、儀式や行政などを上手く取り仕切っていて、王国の運営が長く安定して続いていたのは、その能力があったからだとされている。
神人は人々の心を惹きつけ、取りまとめて支持を得る、魅了と呼ばれる能力を持っていた。
加えて、思考と推論に長けた賢者や、身体能力が高くて敵対勢力を追い払うのに向いた英雄など、個人差はあるが人々を守り導くのに適した能力を持つ者が多かった。
神人でなくても能力の高い人はいるが、魅了と合わせると絶大な効果を発揮するので、人とは違う種族、人を超えた超越した存在として、旧世界の遺物資料から見つかった神という概念を借りて、神人という特別な存在として敬われていた。
だが、神人は子どもに恵まれにくく、子どもが生まれても、神人としての特別な能力を保有していないこともあった。
<色欲>を使用すれば子どもに恵まれやすくなることと、神人の能力が受け継がれる仕組みを知りたいがために、古代王国は<知識の蛇>に協力を依頼したわけだ。
古代王国の研究者であるアレクの母親の見解では、調和した共同体を運営するために、人の精神に一定の影響を与える能力を獲得した進化した人が、神人ではないかとのことだ。
共同社会が発達すると共に、共同生活を送る人同士の間で軋轢や争いが起こって、殺し合いの果ての崩壊に至ることもあり得る。旧世界の崩壊要因の一つであるが、そういう事態を回避するために、世界が集団を統率して指導する能力を持つ人を生み出したのだとする考えだ。
古代王国の神人と<知識の蛇>が協力して研究した結果、神人の能力が受け継がれる仕組みが判明した。
男系の血統で受け継がれることから、歴史的記述では神人の血族と表記されている。男の血族の子どもたちは血族になるが、女の血族が生んだ子どもは、相手が血族でない限り血族にはならない。
血族の数を増やすためには男の血族が重要だが、魅了の能力は女の方が強く出るので、国を取りまとめて導く指導者には女の血族の方が向いていた。
経験的にそれが分かっていたのか、古代王国では代々血族の女が女王として国の代表を務めていた。女王の地位は血族の男たちより高く、尊重されるものであった。
女王は国をまとめる重要な立場であるが、国の運営に携わる重要な役を担う英雄や賢者の能力は男の血族に多く、血族を継ぐ子は血族の男の子どもに限定される。
女王以外の血族の女の扱いは軽くなりがちで、納得のいかない女たちは独自勢力を作ろうとしたり、女王の座を巡って熾烈な争いをしていた。
<知識の蛇>は血族の女たちの事情に付け込んで、支援して取り入ったり、逆に血族の女たちの協力を得て勢力を拡大し、古代王国を飲み込もうとしたが、上手く行かずに王国は崩壊した。
世界に最後に残った王国が崩壊したことで、世界全体を統一した管理下に置こうとする流れが加速し、世界管理機構が発足することになった。
「……古代王国は崩壊しましたが、神人の血族は全滅したわけではなく、世界管理機構の体制下で、普通の人として生きてきました。私はその末裔で血族です。姉のアリアもです」
アリアのことを言われて、会話に応じないわけにもいかなくなった。
「博士の子は、血族ではない?」
「はい。私の子は血族になりますので、結婚相手には話しておくつもりでした」
「結婚するために無理やり聞かせるのは、本末転倒だろ!?」
「これは、アリス事件について私が個人的に知っている情報でもあります。アリスも血族ですし、女王候補だったと思います」
情報量が多すぎてぐったりして来た。
「……続きはまた今度にしてもらってもいいか?」
「すべて聞いてもらうまで、この家から出すつもりは無いです。疲れたのでしたら、休憩して飲み物でもいかがですか?……私が戻って来るまで、ここにいてくれますね?」
いちいち脅すな、怖いだろ!
頷くしかなかったが、ようやく手を放してくれた。一応、逃走可能かどうか検討してみたが、この部屋を出る前に捕まるとしか思えない。
監視猫を掴んで揺さぶってみたが、警戒機能は起動せず、オレにじゃれつき始めた。役に立たない監視役だ。
ここまで読んでくれてありがとうございました。