7 森の家
オレは警備局の理不尽な扱いに抵抗はするつもりはあるが、警備局長には基本的に従うことにしている。
オレの身の安全に関して、ベルタ警備局長はしっかり配慮してくれるし、鬱陶しかったり過保護だったりするじじいたちと違って、放置しているようでいて適切な手配をしてくれるからだ。
オレを警備局で保護する必要がある場合、ベルタ警備局長は強権使って命じるし、オレもその場合は素直に従うが、その気配はない。
つまりこれは、じじいとアレク捜査官の独断である。
ばばあの指示ではないというオレの指摘に対して、二人はぐっと黙った。
「旧世界管理局は情報攪乱しているし、局長も警備局に警護をつけてもらった方がと言っていたが、積極的にそうしろと言わないくらいには自信がある。警護役がついていないからこそ、情報攪乱が効果を発しているようなものなのに、警護役なんかつけたら、狙われる対象であると宣伝しているようなものだ。
だからこそ、ベルタ警備局長は余計な手配をしない方が安全度が高いと判断していらんことを言わないし、うちの局長もその方がオレの身が安全だと理性的に判断した」
「ばばあの判断が間違っているとは言わんが、儂らが心配するのも分かれ。せめて儂の屋敷に引っ越せ。ユーリの精神が回復したってなら、記憶を再構成したほうが確実だ。あの家にこだわって住み続ける必要は無いだろ」
「それは……そうだが、新婚の家に住み込むのは嫌だ!」
「我儘言うんじゃない!」
「ユレス、せめて最低限の安全対策はしてください。旧世界管理局の中にいれば安全でしょうが、それでは個人活動の時間もとれませんし、いつまでも引きこもっていることもできません。ほとんど出歩かないあなたでも、通勤途中に襲撃される可能性はあります。せめて、転送装置のある家に移っていただけませんか?」
それは結局博士の屋敷だろと思ったが、選択肢は3つあった。
ベルタ警備局長も、オレを今の家から移した方がいいという意見には賛成らしい。それをオレに指示しなかったのは、まずはジェフ博士が説得すると主張したので任せたからだそうだ。旧世界管理局長も了承済みで、それもあってまずは博士のところに行けと指示されたのは分かった。
そんなわけで、三択は、局長の家に等しいようなボーディの家である<菩提樹>か、警備局長宅か、ジェフ博士の屋敷だ。
どれも家の中に転送装置が設置されているが、オレは迷わず選んだ。
「……<菩提樹>ですか」
「三択から選んだのに、何で不満そうな顔するんだ」
「私は入れないのですが?」
「安全対策だろ。入れる人が限られる場所の方がいい。それに、<菩提樹>だと旧世界管理局の転送装置から直接行けるから楽だし、ボーディに祖父さんのことを相談したいからな。祖父さんの職務関係のことは、ボーディ前局長に聞くしかない」
「そりゃそうなんだが、素直に儂のとこに来ればいいものを」
「転送装置があるから<菩提樹>から博士の屋敷にすぐ来れるだろ。じゃあ、まとめるほどないが、家から荷物を回収してくる」
「私もお手伝いします」
「いや、そんなに荷物無いし」
「警戒した方がいい状況なのはわかりますよね?同行します」
アレク捜査官に妙な威圧感と迫力で押し切られた。
何度か家まで送って行きますと言われたが、一緒に来るのは初めてだなと思いつつ自宅に向かった。
森林地帯の一角にある森林管理事務所の転送装置から出たところで、アレク捜査官がため息混じりに言った。
「……博士から聞いてはいましたが、本当に人の気配がない場所なんですね。危険すぎます」
「森林管理事務所への転送許可が下りる人以外は来ないから、かえって安全だと思うが」
「この場所を突き止められて森に潜まれていたら、助けを求める相手もいないということだと思いますが?」
それは否定できないし、だから関係者各位が引っ越すように言うのも分かるので、素直に受け入れた。
オレの自宅、ということにしている場所は、実のところは研究拠点の扱いで自然区の中にある。オレは世界研究局自然環境課の臨時職員に登録されているから、使用許可が出た。
最寄りの転送装置のある森林管理事務所は、この周辺の森林地帯の調査や研究のために設置されているが、基本的に無人で仕事のあるときだけ人が来る。それ以外は人がいない静かな環境だ。
森林管理事務所から森の奥に続く細い道を歩いた先に、森に馴染む小さな家が建っている。
オレが昏睡した後、祖父さんが拠点にして活動していた場所であり、オレは祖父さんが残した手がかりか痕跡がないかと思って、成人した後はここに住むことにした。
祖父さんが拠点にしていただけあって安全度は高いと思う。警備局職員はまずそこを確かめて、不備がないので一応は納得したらしい。
「一応は警戒していたんですね?」
「元々は祖父さんの拠点だと聞いていないか?本当なら客に茶を出すところだが、警戒しているつもりなので、すぐに持ち出す物品と荷物を用意するから待っていてくれ」
祖父さんがこの家に置いていたものは、旧世界管理局の捜査官室とジェフ博士の家に移した。ここが<知識の蛇>の標的にされないと思うほど、オレは楽観的ではない。
だから、この家に残っているものは、がらくたとか玩具のようなものばかりだ。オレが家のあちこちから集めて箱に入れたものをテーブルの上に置いたら、アレク捜査官が覗き込んで来た。
「小さい置物ばかりですね」
「祖父さんは子どもの玩具を手作りしていたんだ。自分で作ったものだし、記憶を再構成するきっかけになるかもしれないと思う。この小鳥は違うが」
「遺物展示交換会のときに入手したものですね」
「祖父さんは鳥の巣箱に加えて、小鳥の置物も作ったんだが、監視猫の方のワトスンが隠すんだよ」
監視猫がにゃあと鳴いた。
監視役は旧世界管理局の外に出ると職員から離れることは無いが、職員の自宅ではその限りではない。
自宅内でもずっと張り付いて監視されるのは、個人生活を著しく侵害すると人権倫理委員会に判断されたため、登録された自宅の位置情報の範囲内に限って、監視役は職員から離れるし、職員も自宅内であれば監視役を置いて自由に行動できる。
家を移るなら、自宅の登録設定も変えないといけないな。
監視猫は自宅でもオレからあんまり離れようとしないが、ときどき気まぐれな猫っぽく一人遊びしているし、悪戯のつもりなのか小鳥の置物を咥えてどこかに隠すので、いっそ自由行動させない方が楽かもしれないが。
「ワトスンの玩具と言っていましたが、隠すのですか。捜索しなかったのですか?」
「諦めた。ワトスンは外出中はオレから絶対に離れないが、自宅内では自由行動可能に設定されているし、旧世界の猫の設定を忠実に再現しているのか、気まぐれ猫の行動をするから読めない。何なら監視猫に事情聴取してくれ」
「やるだけやってみてもいいですが……ワトスン、小鳥をどこに隠したのですか?」
警備局捜査課の捜査官としての使命感からか、アレク捜査官が監視猫に事情聴取し始めた。
だが、猫というものは事情聴取したところで、にゃあとしか回答しないものだぞ。監視猫はにゃあと鳴いて、オレの肩から飛び降りて棚の方に歩いた。
「……これはどう解釈すればいいのでしょうか」
「オレに聞くな。猫は気まぐれなんだ。オレは荷物をまとめてくるから、相手してやっていてくれ。まとわりつかれると邪魔だし」
「はい」
オレの私物や服は少ない。
祖父さんのように万が一があることも想定して、あえて何も持たないようにしているし、旧世界管理局の捜査官室に置いてある物品の方が多い。
職場の私的利用にあたるが、旧世界管理局職員は他の局に移動することはできないし、保管する遺物に異常事態が発生すると泊まり込みで勤務することもあるので、大目に見られている。
オレが私室にしている部屋から当面の間必要なものをまとめて袋に突っ込んだ。当面の生活に必要なものだけ持って行けば、後は正式にここを引き払う手続きをするときでいいだろう。
部屋を出たら、棚が動いているのが目に入った。重くてオレには動かせなかったが、成人した男の力だとさして負担ではないのかもな。
動かされた棚の後ろの壁のくぼみから、いなくなった小鳥が発見されていた。
「ここに隠していたのか」
「棚と壁の間に、ワトスンなら入り込める隙間が空いていました。棚を動かしてくれと言うようにひっかいていたので動かしてみたら、壁のくぼみに小鳥がいましたよ」
「さすが警備局の捜査官だな」
「いえ、棚を動かせばあなたもすぐに発見できたと思いますが……動かせなかったんですね?」
「オレは自分の実力を弁えているし、無理はしない」
監視猫がオレの肩に飛び乗ってにゃあと鳴いたので、一応壁も調べておくことにしたら、くぼみの上のところに薄いものが張り付いているのを発見した。
「……旧世界製情報記録媒体だ。中身が空ならいいんだが、入っていた場合は遺物の規制にひっかかる」
「私は、子猫が隠した小鳥を見つけただけということにしてもいいですよ」
「別に重大犯罪ではないし、祖父さんもオレも旧世界管理局職員だから、遺物管理者であればさして問題にもならない。だが、めんどくさい案件かもしれないし、黙っていてくれるのは助かる」
「沈黙の対価を要求するかもしれませんよ?」
アレク捜査官が、壁に手をついて囲い込むようにしてオレに微笑みかけて来た。
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