5 旧世界管理局警備担当
旧世界管理局の入局管理室に久しぶりに入って、更衣室で着替えた。
髪の染料を落すのに手間取っていたら、監視猫がにゃあと鳴きながらオレの肩に飛び乗って、すり寄って邪魔して来た。
旧世界管理局の外に出ない日々が続いたから、こっちも久しぶりだな。監視猫に邪魔されつつ、久しぶりに元の姿に戻って受付館に出た。
転送装置の前に警備局の警備は立ちふさがっていなかったが、オレを見て腕輪を少し操作したのが気になる。
ここの警備はオレを逃がすなとか、連行しろとかいらん指示ばかり受けているようなので、オレの動向を報告しろとどこかから言われている可能性もある。
問題は誰がそういう指示をしているかだが、心当たりが多すぎて、どうでもよくなってはいる。
ベルタ警備局長が危険人物を旧世界管理局の警備に回すとは思わないくらいの信頼はあるので、関係者各位のうちの誰かの指示だろう。
何となく見張られつつ転送装置で移動した。
本当は自宅に直行したいが、局長が、ジェフ博士が心配していたから、まずはジェフ博士のところに顔を出してから行くようにと言ったので仕方がない。
局長はボーディ前局長が絡まない限りは、理性的な指示をするからな。
だが、博士の屋敷の転送装置の部屋の扉を開けた瞬間に、思わず閉めてしまった。
局長の指示は理性的だし、采配も理性的なのだが、ときにオレの意見も同意も無視して手配することはよくある。
オレを心配して、警備局に警護をつけてもらった方がと言っていたが、局長が行くよう指示したジェフ博士の屋敷に警備局の捜査官を用意しておくのは作為しか感じない。
オレの幻覚でなければ、扉の向うにアレク捜査官が待ち構えていた。
特別療養所に連れて行ってもらった後、通信文で少しやりとりはあったが、旧世界管理局に引きこもっていたオレは会って話をすることは無かった。
マイクルレース場の最難関コースに不意打ちで出場した件についての尋問や説教は関係者各位から受けたが、一番迷惑を被ったかもしれないアレク捜査官からはまだだった。
潔く尋問か説教を受けるしかないと覚悟を決めて、そっと扉を開けたら幻覚では無かった。
何か言いたげな顔をしているが、どう切り出すのが一番怒らせずに済むのかが悩ましい。
「……」
「お話があります」
「分かった。警備局の取調室でも付き合う」
「笑えない冗談を言わないでください。いえ、私が待ち構えていたような状況ですので、警戒したのは分かりますが、連絡をいただいてのことです」
「やはり、局長か」
「旧世界管理局長のことですか?違いますけど」
「その方が怖い。まさか、オレの動向が逐次監視されていたり」
「逐次監視はしていません。旧世界管理局の警備担当の職員に、あなたが受付館に出て来たら連絡してくれるようお願いしています」
確かに、受付館に出たときに、警備局職員が腕輪を操作していた。
思えば、遺物展示交換会の前に女装から逃げようとしたオレの前に立ちふさがって、アレク捜査官のところに連行した職員だった。
警備局なのか、アレク捜査官なのかは分からないが、オレの監視要員を仕込んでいたとはな。
二階に向かいながらアレク捜査官が説明したところによれば、旧世界管理局長に、オレの外出制限を解除するときには、まずジェフ博士のところに顔を出すよう言ってくれるように頼んでおいたそうだ。
そして、オレが博士のところに行ったら、博士がいれば博士がオレを確保し、博士がいなくてもアリアがオレを確保する手はずだったし、二人のどちらかからアレク捜査官のところにも連絡が行く予定だった。
旧世界管理局の警備職員にも頼んでおいたので、ちょうど警備局にいたアレク捜査官はその通信文を見て、即座に博士の屋敷に移動してオレを待ち構えていた。
オレの身柄を確実に確保するための見事な包囲網だと思う。
つまりそれだけ言いたいことがあるというか、お説教するつもりなのは理解したので、潔くお説教されることにした。
「分かった。説教される覚えはある。存分にやってくれ」
「あの……私があなたにお説教したいがために、ここまでしたと思っていますか?」
「違うのか?」
「違います。あなたが心配だったんです」
「分かっている。説教する人たちは、オレのことが心配だから説教せざるを得ないと言うからな」
「合っていますけど、違います……」
二階に行ったらジェフ博士とアリアが迎えてくれたが、やはりお説教された。
幸いと言うべきか、二人は時事情報放送をなるべく見ないようにしていたし、アレク捜査官もアリアが興奮したり心配して体調に影響しないように、アレク捜査官が職務で最難関コースに出場することを伝えてレースは見ないように言っておいたらしい。
ジェフ博士は気になるから、時事情報放送は見ないが結果は確認しようと思って注意していたが、隠居と孫が出場して大暴走の果ての優勝である。
新たな伝説となってしまったレースは何度も時事情報放送で再放送されたので、結局見てしまった。
「あんなもん、即時放送で見てたら、儂の心臓がもたなかったぞ、妊婦に見せられるもんじゃないと止めたが、アリアも結局見ちまったし」
「そこは止めろ」
「だって、気になってならなくて、それなら見た方がいいです。ユレスが無事だって分かっている状態なら、何とかいけますわ。でも見るのは一度で十分です。本当に無事でよかったけれど、無茶しては駄目ですからね!」
「分かっているが、不可抗力だ。難関コースも不可抗力だが、何故かそっちは説教されないんだが」
「難関コースの方はまだ見ていられますわ!ドルフィー号がとっても可愛いですし」
「おいおい、アリア。ドルフィーに誤魔化されているが、難関コースでもかなりの危険行為をしていると言っただろ。まあ、ドルフィーに誤魔化されちまってるんだがな」
「……つまり、祖父さんの特製クラフターも、ドルフィー塗装をしていれば許されたのか」
「そういう問題ではありません。ところで、姉さん」
「ええ、わかりました。わたしは、お料理していますね」
お気遣いに長けた姉弟なので、少ない言葉で通じるらしい。踏み込んだ裏事情の話をしたいというのを察したアリアが、調理室に去って行った。
祖父さんのことについては、ジェフ博士はボーディから、アレク捜査官はベルタ警備局長から聞いていると言われた。
死んだふりをして、現在は記憶の再構成中であることも知っていたので、これ以上話すことは無いような気がする。
「今は、ボーディが祖父さんと話しているが、ジェフ博士にも協力して欲しい。オレは父さんのふりして話を合わせているし、祖父さんのやらかしたことをほとんど知らないから、全部聞かないと先に進めないんだが、博士なら一言二言で通じるんじゃないか?」
「そうだな……儂も親友のために語らねばならんか。子猫ちゃんに知られたら、のたうち回るに違いないネタが大量にあるからな。記憶がすべて再構成された後で、殺してくれと喚くに違いない。儂は親友の窮地を見過ごしたりはせんぞ」
「それ、窮地なのか?祖父さんの自爆だろ。だが、祖父さんの自白を聞いているとオレの精神も追い込まれて行くので、オレも知りたくない。だから、祖父さんの記憶の再構成のきっかけになりそうな物品を探しに家に戻る」
「その方がましかもしれんな。だったら、儂が預かっているフォウの私物を持って行ってもいいかもな。ユレスがフォウに変装するのも限界があるだろ。あんま似てないしな。てかユーリがよく納得したな?」
「祖父さんは自分の記憶が欠落している自覚はあるから、父さんは祖母さん似になったと解釈してるようだ。オレは祖母さん似なんだよな?」
「そうだ。だから、ユーリは可愛い可愛いとユレスにうるさくまとわりついて、エレンに追い払われていたぞ。……エレン関係の物品でもいいかもしれん。ベルタが預かっていたと思うから、言っておくか」
「エレン班長の映像記録を見せるのはいかがですか?」
え?アレク捜査官は黙って話を聞いていたが、オレの母親であるエレンの話題になったし、説明した方がいいのかと思っていたが、知っていたのだろうか。
オレの疑問が顔に出ていたのか、じじいが言った。
「エレンも警備局特務課の班長だったし、儂がアレクに話した」
「はい。もちろんお会いしたことはありませんが、特務課の新人研修でエレン班長の映像記録が使われています。制圧とか強行突入の見本のような映像でしたが、映画かと思ったら実録だったそうですね。失礼なことを言いたいわけではありませんが……あなたの母親と知ったときは、まさかと思いました」
オレの母親のエレンは、警備局特務課の班長であった。
一言で言って女傑である。オレとは似ても似つかない人だったので、ほとんどの人の感想はアレク捜査官と同じだと思う。
「うん、まあ、オレですら、似たところが何もないと思うからな」
「そうですか?脱走の隙を伺う仕草がそっくりだそうですよ。旧世界管理局の受付館の警備主任がそう言っていました。エレン班長の元部下だそうです」
そうだったのか。だから今までオレの拉致を見過ごし、逃走を妨害して来たのだろうか。
「……オレの逃走を阻止するのは、母さんに思うところがあったからなのか」
「いえ、その前に逃げないでください。警備主任もあなたのことを心配しているんですから」
「オレが博士に拉致されても見過ごすのに」
「おいおい、子猫ちゃん、警備局の警備は優秀なんだ、単に保護者に連れて行かれてるだけだってすぐに分かるからな」
「はい、状況を見極めて対応されていますからね」
優秀さを発揮するならば、オレの望む方向に発揮して欲しいと思う。理不尽だ。
ここまで読んでくれてありがとうございました。